１
学園の朝の風景はいつも賑やか、遠くから望めばこんもりと緑だけに覆われ
た広大な敷地へと、ホワイトとグリーンの混じった制服の群れが次々と吸い込
まれていく。
ちょっと見にも女の子の比率が高いその彩りは、百花繚乱、響き渡る声は鳴
き競う山鳥のようで。
敷地を囲う高さ数メートルのレンガ塀の西側、円形のバスターミナルにモス
グリーンのバスが停まると、タラップから順々に学生達が吐き出されてくる。
ふう、眠いなぁ……。
緑のリボンが回されたふくらみ気味の白い袖から伸び出た腕を目の前にかざ
すと、なだらかなやま型を描く目蓋の中で、薄い茶の入った瞳が眩しげに空を
見上げた。
「おはよ、桃子」
「はい、おはよ〜」
内側にバラパラ毛先が散った髪の下に手を入れると、肩をギュッ。
ああ、肩凝ってる。頭も、重いし。
焦点の定まらない気分を引きずって校門まで流されてくると……あれ、あの
人だかりは？
蔦の絡む威風堂々とした赤レンガ造りの柱の間、校訓の刻まれた石碑前に、
白とモスグリーンのワンピース型制服が群れている。
薄い唇が少し突き出されて、横を通り過ぎながら人垣の向こうへ伸びをする
と――。
見えたのは、周りよりポンと一つ高い頭に赤い毛先が散ったショートのワイ
ルドボブ、芝居がかった派手な手振りの後で、うんうんと頷く整った顔立ち。
「はいはい、了解、先生。どうぞ、これはあげますから」
少しハスキーな声が耳に届く。やっぱり、ね……。
見間違いも聞き間違いようもない姿と声。唇をキッと結んだショートカット
の女教師に何かを手渡すと、くるっと踵を返して、緑の広葉樹が影を落とす並
木道へ歩き出す。
桃子は、解け歩き出した人垣の間をぬうと、小柄な自分からは見上げるばか
りに高い背中に近づいて、緑色のスカートが翻る腰をポン！と。
「……お、」
普段よりひときわ薄茶の髪――まして、毛先は薄紅、その下で切れ長で大き
な瞳が視線を落とすと、
「桃、おはよ。なんだ、目ぇ赤いじゃない。また夜遅くまでベンキョー？」
「……はいはい。また何かやった？ 美悠、あんたは」
「ああ〜」
緑のラインの入った襟元に手を持っていってため息をつくと、美悠は小さく
伸びをした。
「たいしたことじゃないよ、桃。ジャンヌ先生にアクセサリーのプレゼント。
デートに重宝なんじゃないかなぁ、あれ、結構値が張る奴なんだ」
なるほど……。桃子は頭二つ分も高い、どこをとっても整った魅惑的な顔を
横に見上げると、紅い毛先に手を伸ばした。
「いろいろチャラチャラつけてきてチェックされたのはわかったけど、その髪
は？ いくらなんでも、ケンカ売ってるんじゃない？」
「そうかな……。ナイスアクセントだと思ったんだけど」
朝の穏やかな光が葉陰から注ぐ並木道、大人と子供ほども身長が違う二人組
みを遠巻きに、制服の学生達が歩き過ぎていく。
向けられる視線は、眩しげ、憧れ、親しげ、嫉妬、敵意まで。
天乃星（あまのほし）学園の最強コンビ、紅美悠と西涼桃子。モデル系とカ
ワイイ系、ボディとブレイン、大胆と緻密、そして、「シュミ」まで加えてま
さに最強の――。
「せ、先輩！」
東へ緩やかにカーブを切る並木道、背中から飛び込んできた声は、少し震え
気味だった。
「ん、何？」
差し出されたピンクのリボン付きの巾着袋は、おそらく……。
「これ、お昼の時に。お茶請けに食べてください！ 手作りですから」
少し身を屈めてお菓子袋を取り上げる茶目っ気な横顔を見遣ると、桃子の半
月形の目が、ちょっとからかったような色を浮かべる。
「うん、ありがと。手作りかぁ……。がんばったね」
淡いピンクの口元がニッコリ笑うと、駆け出していった花壇の向こうから、
「キャー、美悠先輩に〜！」と小さな叫び声。
V字に切れた襟から覗く豊かな胸元、緑のリボンを指先で玩ぶと、頭上で小
さな吐息が聞こえた。
「……桃も、食べるか？ たまには昼飯、一緒にどう」
「もし、余ったらね。だって、気持ちこもってそうじゃない」
桃子は丸い小鼻を指でさすると、唇を窄めて眉間をハの字に引き上げた。
「……なんか美悠、少しブルーじゃない？ もしかして、その髪も、気分？」
「うん？ いや、そうでもないよ。少しくそぉっ、て奴はあるかもしれないけ
どさ」
立ち並ぶ白亜の柱が見えてきた前庭、色とりどりの植物に囲まれた六弁の花
形噴水が静かに水を吹き上げている。
「ふうん……、珍しい。じゃ、付き合おうかな。あんたの取り巻きに刺される
のはイヤだけど」
「ハハハ、そうだな〜。ま、そんなこともないと思うけどさ。まあ、どっちか
って言うと、それくらいになってた方がわかり易いかもね」
乳白色に輝く段々を上ると、柱の間を抜けて吹き抜けのエントランスに。
幼稚舎の頃からイヤという程馴染みの顔。顎まで綺麗な流線型を描く稜線の
中、少しウエットな視線でカーブしながら昇る階段を見上げていた。
「……もう、どういう意味？ ちょっとやめてよ、美悠。あんた、トチ狂った
んじゃないでしょうね、今、背中がぞぞ〜っと……」
肩がボンと叩かれると、思いっきりな勢いの笑いがハッハッハッ。
「違う違う。いやさ、一歩踏み出す勢いのある子がいればな、ってこと。それ
ならさ、ああガックリくることもないんだろうけどねぇ」
ああ、あんたの話は相変わらず見えにくい――返した言葉の続きは、昼のカ
フェテラスから、午後イチの授業中まで繋がって……。
「……なるほどね」
緑のジャージの膝を抱え込むと、桃子はあきれた調子で、はあ〜っと声を出
した。
「まったく、真面目に聞いたわたしが馬鹿みたいじゃない。結局、ナンパ失敗
のイライラ？ くだらな過ぎ、いい加減にしなって」
この子は、まったく――白いラインに向けて足を投げ出した長身を横目に睨
むと、ハハハと軽く笑うすんなり切れた口元から、綺麗に並んだ白い歯がこぼ
れる。
結局、こういう女なんだから、美悠は。節操がないにもほどがある。
バスン、ドスンとボールが弾け、リングが揺れる音に続いて、ホイッスルの
甲高い音が体育館内に響き渡る。
「だいたい、まだ街角ナンパなんて続けてたわけ？ やめなさいよ、恥かしい」
「でもなぁ」
コート内のバスケットボールの行き交いから視線を外すと、後ろ手をついた
まま、ライトが眩しい天井へ頬を膨らませる。袖がグリーンの体操服の肩の上、
紅い毛先のはねた顔は、確かに真剣そのもの。
ああ、亜衣ちゃん、なんでワシントンになんて行っちゃったかな……。いく
ら長い付き合いとはいえ、これを止めるのはわたしには無理。
「どうもシャキっとしなくてさ。寂しいってのとは違うけどね……。ああ〜、
でも、ホントに可愛い子だったんだぞ。もう、こう、ナチュラルって言うのか
……」
「はいはい……、わかった、わかりました。わたしに言ったって、どうなるも
のなの」
「そうだよなあ……」
そのままゴロリと床の上に仰向けになると、ダークグリーンのブルマーから
伸び出た足を組み合わせる。
「桃には雄志がいるし、こういう気持ちはわからんだろうなあ、いつも傍にい
る誰かがいないって言うのか……」
だ・か・ら。
「そういう問題じゃないでしょ、オンナの子ＬＯＶＥなあんたと何をシンクロ
すればいいのってこと……それより、美悠、寝てる場合じゃないでしょ」
ミニゲームの笛吹きに夢中のジャージ姿を見遣ると、桃子は美悠の脇腹を突
ついた。
「あ、うん……。でもさ、何か変わりあるのか？ あたしは昔っからオンナが
好きってだけで……、ああ、わかったって」
相変わらず、陽光降り注ぐ公園の芝生状態の美悠の脇腹を、今度はゲンコで
突ついた時。
「こら、紅！ 何寝てる!! 試合を見ろ！」
――ほら、言わんことじゃない。
サイドラインでジャージの膝を抱えて並んだ休憩組からクスクス笑い、汗を
流す試合組は腰に手を当てて呆れた目つき。
「こっちへ来い！」
「あ、はいはい」
肩を回しながらゆっくり立ち上がると、交代を促された一人と替わってコー
トに入る。
「紅。オマエな、見るっていうこともしろ」
はいはい、そう口元が動いて見えた直後、ジャンプボール。
腕一本分も高く飛びあがった身体がボールを弾き飛ばし、相手ボールになっ
て放たれたミドルシュートのリバウンドへ。
「うわ、すげぇ」
隣コートからの男子の声が届くほど高くリング近くまで飛び上がった手が、
ボールを確保、肘をがっちり張ってガードをすると、素早いパスを――の瞬間、
反転してドリブル、目の前をダンダンダン、猛スピードで通り過ぎ、ペナルテ
ィエリアの外から２次曲線を描いて舞い上がると、差し延べた手が、リングの
中にボールを流し込む。
薄い茶が毛先の紅と合わさって揺れて、ふっと瞳に笑い。そして、隣を走る
男の体育教師と遜色ない長さの手が飛び伸び、すぐさまエンドラインからのボ
ールをカット、今度はその場で垂直にジャンプシュート。
タン、軽やかに床に舞い降りると、リングをくぐってワンバウンドしたボー
ルを手に乗せ、エンドラインで立ち尽くす同級生に、軽く会釈。
隣のコートから感嘆のうなり、サイドラインからは割れるような歓声が上が
る。
ふぅ……、本当、こうして見てるとカッコイイよね、美悠は。この世のもの
には思えないもの。
幼なじみに抱いたいつもながらのインパクトは、部室でのストレートな問い
かけに形を変えて――。
「ね、雄志、どう思う」
マウスをクリックしながらディスプレイを覗き込んでいた丸いファッション
グラスの下の細い目が、作業から離れてこちらに向けられた。
「う〜ん、どうだろうなぁ。オレは、ナンパとかしようって気、まったくない
からな。その話って、美悠ちゃんのことだろ？」
「そうなのよ。やっぱり、あれぐらいできちゃって、人が寄ってきちゃうと、
誰でもいいから恋人いないと寂しい〜、とか思うのかなぁ」
夏の太陽がキラキラ輝く緑なす前庭を見下ろすと、桃子は窓枠をコツコツと
叩いた。
デスクをぐっと押してOAチェアーを転がすと、短く刈り上げられた髪の下の
穏やかな面長の顔が、隣まで滑り寄ってきた。
「それはまあ、いないよりいる方がいいのは誰でもそうだろうけどね。ただな
あ、男でナンパするって奴の場合、取りあえず遊んどけってのが９５％だと思
うよ」
「……あ、ゴメン。編集、邪魔じゃない？」
なだらかな眉毛と半円形の目が寄せられると、視線の先で手が軽く振られた。
「ちょうどキリついた。今日はここまでにしとくわ。……でもさ、美悠ちゃん
の場合、取りあえずは女の子だからなぁ。そういうのとは違う気も……」
「そうなのよ」
長机をボンと叩くと、端に載せられたカメラやランプやらの機材が揺れて小
さく音を立てた。
「……まあ、いいんだけどね。知り合いとしてはなんとなく考えちゃって。ほ
っときゃいいのかもしれないけど……」
「ま、お前と美悠ちゃんの間柄だもんなぁ」
「ホント、腐れ縁。こういうのをそう言うんだろうね」
薄目の唇をムゥッと引き結ぶと、もう一度校庭を見下ろす。立ち並んだ柱に
流線型のオブジェ、乳白色の石畳と、花に囲まれた六弁の噴水、すべてが初夏
の陽差しに照らされてキラキラキラと……。
まったく、美悠とはずっとだからなぁ。
父親同士が大企業のトップとその顧問弁護士の間柄。家族ぐるみの付き合い
もはや十数年、まだよちよち歩きの頃からの「お友達」。
せめて、あのシュミさえどうにかなれば……、ううん、それは無理か。
小さい頃から好きになるアイドルもキャラクターも全部オンナの子、小学校
高学年になって交換日記を始めれば、仲間になった子に「スキスキスキ」の猛
アタック。オンナ同士の愛憎、完全に踏み越えた領域のこだわりだった……。
中学生の頃にはすっかり「本物」になっていた。
「ナブラチロワさんてすごいな、憧れる！」。恋人（もちろん女性）を試合会
場に同伴してひときわ生き生きする鉄のオンナに、ひとかたならぬシンパシー
を抱いて、目標とまで言い切ってたんだっけ。
そう言えば、中学校の頃、部屋に遊びに言って見せられた……、これがオカ
ズとかなんとか………、
ああ、やめやめ。
いろいろ考えてもしょうがない。いくらなんでも、日常ナンパして歩くよう
なことはやめさせないと。十年来の友達としてのせめてもの忠告……考えた瞬
間、見下ろした視野に、エントランスから出る小さな影が入ってきた。
五階からでも見間違いようがない抜群の長身に、ライトブラウンの小さな頭、
片手で背中にひょいと担がれたカバン、軽やかな足取り。そして、その隣には
――。
「……雄志、前言撤回する」
「ん？ 何が」
しばらく無言でいた彼女に顎を突き出すと、白いＹシャツに緑のネクタイ姿
が、横に並んで緑に包まれた前庭を見下ろす。
高めに結ばれた両お下げの黒髪が肩を窄めて一緒に歩いていて、伸ばされた
長い手が緑のラインの入った肩に回されて、ギュッと引き寄せて……。
「うわ、大丈夫かいな……。ジャンヌに見つかったら、停学もんじゃん」
ああっ、もういい。あれはやっぱりああいう女なんだから。結局、本能だけ
だわ。いろいろ考え回すだけ、こっちが疲れちゃう。
おとなしそうな下級生（たぶん、今日朝お菓子をくれた子に違いない）の頬
に身を屈めてキスした幼なじみの姿を意識の外に追い出しながら、桃子は部室
の中に振り返って肩をぐるりと回した。
その仕草を見て、斜め後ろで椅子に座る少し彫りの深い顔がくすっと笑った
けれど、桃子の半円形の目は「何？」って感じで横に向けられただけ。
スチールの衝立の向こうでガタンと音がすると、足音と共に、高っ調子の女
の子の声が響き渡った。
「部長ぉ、桃子先輩、ロケ行きましょう！ 今日なら、いい夕日が撮れそうです
よ!!」
うう〜ん、何だかうまくいきすぎて面はゆい。捨てる神あれば拾う神あり…
…、いや、違うかな。
一糸纏わぬ裸身が映る、ドレッシングルームの大きな姿見。ポーチから出し
ておいた香水の瓶を並べると、鼻先に指を当て、フム。
やっぱり、柑橘系にしておこうかな。優希ちゃんだと、ほんのり甘い感じが
ゼッタイだ。あと、今日はこっちは用なし。できればあまり使いたくないし、
もしかしたらあの子、ハジメテ、かも……。
桃色に薄紫、可愛さと妖しさが相まった樹脂製の道具をポーチの奥に押し込
むと、美悠はウンと唇を結び、手のひらに香水を落とし揉んで首筋へ。腕から
脇の下、そしてもちろん、もっと下った場所にも香りを散らしていく。
ツンと上を向いた豊かな乳房と薄紅色に突き出た雄弁な乳首、緩みのない曲
線を描く腰に、張り詰めた太腿。ほのかな甘い匂いと共に、身体の全てがミュ
ーズ像のように白く輝き……。
「あ、あの、美悠先輩、あの……食べてもらえました？」
気分も乗らないし、体育館や道場には顔出さないで帰るかなあ――ラウンジ
を抜けてエントランスへ下りようとした背中に声を掛けられたのは、もう夕方
も近い頃だった。
ワンピース型の制服の前、ベージュにグリーンのラインの入ったトラッドな
カバンを両手に捧げ持ち肩を窄めているのは、黒髪をちょっと高めの両お下げ
にまとめた……間違いなく、今日の朝手作りクッキーを手渡してくれた子だっ
た。
「あ……、うん。もちろん。おいしかったよ。キミの手作りだろ？ すごいね」
ニッコリ笑うと、緑のリボンの前で組み合わされる両手、そして……。
「なんかお礼しないとさ。何がいい？」
「何にもいらないです！ 美悠先輩に美味しいと思ってもらっただけで」――
おっとり系の丸い顔をうつむき加減にしていた「優希ちゃん」は、「じゃ、デ
ートでどう？」と指先を振った瞬間、カッチンコッチンに固まってしまって。
「あそこのスコーン、なかなかいけるだろ？ ま、優希ちゃんの心づくしには
負けるけどさ」――行き付けのカフェでお茶をした後、欄干に肘をついて、夕
焼けの川面を映しながら隣を伺うと、寄り添った身体はさっきまでよりずっと
近くなっていて……。
おずおずと、でも先に閉じていた目を見下ろすと、最初のキス。手を添えた
肩が小刻みに震えているのがわかった。
「もっとイイ事、する？」
答えは、大きく見開かれてすぐに伏せられた瞳と、握り締める指先の震えで
充分だった。
そして。
シャワールームから淡く光るベッドルームに足を踏み入れた今、シーツのふ
くらみだけがベッドの上に見えて、美悠は頬が緩むのをどうにも止められなか
った。
「ほら、どしたの」
黒い頭の先だけが見えたブルーのふくらみの端っこを持ち上げると、横を向
いた狭い額と、ちょっと下がり気味のネコちゃんな目が。
「……う、うん……」
全部見えかけた丸い顔へまたシーツが持ち上がると、その下で身体も丸くな
るのがわかった。
カワイイ！
さっきから胸の中で鳴っていたドキドキが、もうお腹の当たりから盛り上が
るみたいに切なく燃えたぎる。
「ホラ、ここまできて隠してもダメだぞ、優希。カワイイから、見せて。ね」
「……ホント？ 笑わない？」
「笑わない、笑わない」
するするとシーツを取り払うと、横向きに膝を抱え込んだ小さな身体が、淡
い光の中に浮かぶ。
少し肉付きのいい感じの白い身体には、ライトグリーのチェックが入ったプ
リントのインナーが着けられたまま。
「……ヤダ。やっぱり、恥かしい……。わたし、太ってるし……、幼児体型だ
し……」
「そんなこと、ないよ。すっごい、き・れ・い」
お下げのクセでナチュラルウェーブした髪をすき上げると、耳元に口を寄せ
て、密やかに。
「どうやって、愛してあげようか」
耳たぶに、吐息とチュッ。胸の触れた腕の辺りが、ビクッと震えるのがすご
くビビット。
それだけで腰の後ろにジンと広がる切なさに、美悠はすんなり切れた眉を寄
せて、肩口に当てた手に少し力を込めた。
後は、とめどなく溢れる流れのままに。
「可愛いオッパイ。チュッ、してあげるね」
甘い吐息と握られるシーツ。
「ここは……？」
静かに脇腹に唇を下ろすと、絡めた指先が動き合って。
「いや……。恥かしい」
「ダァメ。ほら……優希の、イッパイ欲しいって……」
抜き取った下着から香る甘さ。触れた指先には、溢れる潤いが。
「後ろ、向いて。こっちから愛してあげる」
後ろから抱え込むように合わせた胸と背中。もう一度耳たぶにキス。舌を忍
び込ませながら、指先を滑らせて、うっすらとした草むらの生え際へ。
「優希」
「せんぱぁい……」
掠れた声と、荒い息遣い。
そして。
身体を引き起こすと、後ろから両手で抱きしめる。顎に手を添えて、また唇
を合わせると、今度は貪るように激しく。
うん、そうだよ、優希。うん……。
さっきまでとは裏腹に積極的に突き出されてくる唇と舌。伸ばされて首に巻
き付けられる腕。
自由になった両手で、身体全体を愛撫する。
首筋から爪を立てるように線を描き、ふもとから頂きへと。さっきよりずっ
と窮屈に尖り出したそこに届くと、軽く摘み上げるように刺激を送る。
そして、もう片方の手は、膝立てをした太腿の外から内へ回り……。
開いた口腔の中を激しくなぞっていた舌先が、喉の蠢きを感じ取った。
「う、うぅぅ……」
胸に当てた手をそのままに、もう一方で腰を支えて小さな震えを抱え込む。
可愛い……、もう感じちゃたのか。
「せ、先輩……」
そのままうつ伏せに倒れ込んで、乱れた髪の中で虚ろな目とハアハアと荒い
息遣い。
チュッ。
首筋にキス。
チュッ。
背中にキス。
チュッ。
腰にキス。
チュッ。
お尻にキス。
「……先輩、ダメぇ。もう……。くすぐったい……」
ううん、まだまだ。大丈夫、もっと感じられるよ。
そのまま少し歯を立てると、手を添えた外腿がビクッと動く。強く愛撫しな
がら仰向けを促すと、イヤイヤの素振り。
「ダメ、先輩。もう、イッパイ……」
「ううん、優希。正直になって。もっとよくなれるよ、あたし、わかってるか
ら」
うつ伏せのまま、内側へと指を回すと、少し緩んだ腿を割って、揃えた指で
外側の肉の厚みの中へと……。
滑らかさに誘われて一本が内側のひだの中を抉った時。
「いたぃ……」
小さな声が頭上から。
……やっぱり。
「……優希」
ゆっくりと身体をせり上がらせると、頬っぺたにもう一度キス。
「こっち向いて。ホラ」
「うん……」
髪の毛の中に手を差し入れると、正面から身体を合わせて少し眦の下がった
目をのぞき込む。もう片方の手を腰に回して、強く引き寄せる。そして、キス。
喉から吐息が漏れると、足の間を膝で割り、身体全体を隙間なく包み込む。
美悠の身体の中にすっぽり収まってしまう小ささ。唇を離してゆっくりと身
体をすり合わせると、膝に当たった場所を基点に、腰がゆっくりと動き……。
「そう、感じて、優希」
「う、うん……ジンジンする……」
手を伸ばして膝との間に指を入れると、さっきよりもっと溢れ出している泉
のほとりの真珠に添えて。
「う……。そこ……」
感じやすい子。ホントにカワイイ！
そして、自然に立てられる形になった優希の膝に自分の中心もあてがった時、
「あ、いやいや……」
耳元で途切れ途切れの声が弾けた。うん、もう限界だよね、思いっきり、切
なくしてあげる。
胸と胸とを攻めぎ合わせ、耳朶の中を舐めとり、小刻みに震わせた膝に添え
た二本の指で、しこった根元をなぞり、押して剥き出しにした真珠の先を軽く
弾く。
「あん、あああ〜ん」
細い声が響くと、ブルブルと足と腰が震え、美悠の中心に当たった膝先も小
刻みな連動をする。
う……。あぁ……。
入口を過ぎる軽い痺れに奥歯を噛み締めると、腕の中の小さな身体は次第に
弛緩して、深いため息をついた。そして、ぼんやりとした瞳が天井に散らされ
る。
自分の身体の中にもじんわりと広がっていくさざなみ。
手を付いてもう一度小さな唇にキスをあげると、目蓋をパチクリ、照れてす
ぐさま視線を逸らすとシーツをまとめて背中を向ける。
美悠は、裸のままで横臥してひじ立てをすると、抑えても零れる笑みを頬と
瞳の中に浮かべて、無言の背中を見つめた。
いい子だよな……、ちょっとおとなし過ぎかもしれないけど。いや、ここか
ら育つ恋もあるよな、亜衣とだって、最初はこんな感じだった気もする。
解けた黒髪の流れ落ちた小さな肩に手を伸ばし添えると、美悠は仰向けにな
った。
少し汗のにじんだ、どこにも緩みのない乳白色の裸身。
紅い花の散らされた天井に目を細めて少しの間――。
勝気で可愛く、七色にクルクル変わる縮れっけの悪戯っ子の顔がほわんと浮
かび、小さく弾ける。
チクッ。
唇を軽く結ぶと、小さな息を吐いて目を閉じているのだろう背中へ軽く視線
を流し……。
『どっちが先に見つけるか競走だよ、ミユ。わたしもあっちで絶対にベストパ
ートナー、見つけるから。だからそんな顔、しないで。いつものかっこいいミ
ユ姉でいて』
少し陰りを帯びて伏せ気味になっていた目蓋がパチッと開くと、一息で満ち
るダイヤモンドの輝き。
ダメだよな、こんな時に他のオンナの子を考えてるなんてさ。邪道、邪道。
白くて丸い肩口に唇を寄せると、チュッ！
「……先輩？」
ぼんやりと薄目を開けて振り返ったまだ少し紅潮する頬にも、チュッ。
「もう少し、愛してあげる。いいだろ、優希も」
「え……。う、うん……」
戸惑い混じりの表情に、ニッコリ。鼻を指でさすると、美悠は密やかに、で
もはっきりとした言葉で言った。
「どうやって愛してあげる？ キスからにする？ それとも、いきなり激しく
してあげちゃおうか」