あとがき

(2002年2月に発行した同人誌からの転載です)
 去年の夏、避暑に訪れていた連れ合いの実家で、この話の冒頭部
分を書き始めました。この話の舞台となる大山村とはかなり違った
風景の場所ですが、因習が深いという意味では、少し似通った傾向
のある地域です。
 蝉の鳴き声と近くを流れる川のせせらぎを耳に、本当に久しぶり
の鉛筆書きで綴り始めました。書き始めにあの場所を選んだことに
間違いはなかったようです。
 再び筆を取ってから、いわゆる『十八禁もの』については、完全
に新しくストーリーを組み立てて何作かを完結させてきましたが、
『全年齢向け』については、以前書いていた頃の焼き直しばかりで、
構想を新たに書き終えたものはありませんでした。
 個人的にはそういったたて分けにあまり拘っていないのですが、
性描写で物語を引っ張ることができる傾向のものより、対象となる
描写の幅が広がる「普通の」作品の方が、いろいろな面で手間がか
かります。そんな訳でしばらくは手をつけることに躊躇していたの
ですが、「さて、そろそろ、一般作でも新しい着想のものを書いて
みよう」――いよいよにしてそう思った時、意外なほど簡単にテー
マは決まっていました。
 それは、『都会ではなく、ある程度因習が深い農村での、現代恋
愛もの』。
 本格的に小説を書き始めた高校生の頃から、幾度も書きかけては
投げ出してきた、奇を衒わない恋愛小説。『Love Spreads』で一部
分は実現しましたが、あの話には「性愛のファンタジー」のバイア
スが大きくかかっています。恋の成就、二人の関係の深化を追うの
は楽しい作業ではありましたが、「二人だけ」の世界の表出には、
浮世話のイメージが付きまといます。もう少しだけ現実に寄せて、
若さゆえの恋愛模様を中心に、社会や周辺の人々も含めて描いてみ
たいと思ったのです。
 そんな風に自分の中にあったテーマを掘り起こしてみた時、舞台
を都市部に置いた場合、物語のトーンが『十八禁もの』で書いてき
た内容に隣接してしまうのでは、と考えました。そもそも都会での
恋愛は、周りと没交渉的になってしまう傾向が強いと思うのです。
 合わせて、自然の豊かな場所を描きたい素直な欲求が重なり、着
想した瞬間には緑豊かな山間の村が舞台に決まり、物語の概要もそ
の日の内にはまとまっていきました。
 あまり深くは考えすぎず、主人公の思いと大山村の景色を丁寧に
綴っていこう。きっとそれでいいものが書けるに違いない――執筆
の間持ち続けていた根拠のない自信は、五ヶ月以上の長きに渡った
連載の終わり、実際の手応えとして残りました。
 この話は、オンライン小説サイト『プリズムオフィス』にて公開
していたものなのですが、連載終了した十二月から現在に至るまで、
定期的に感想が届き続けているのです。年齢層も、十代半ばから五
十代まで幅広く、内容も、雪生と美紅の恋情に的を絞ったものから、
爺ちゃんやお母さんについて想いをいたしたものまで、多様です。
 「軽くて楽しいものを書くのが一番似合ってるんだろうなあ」―
―自己分析に変化はありませんが、年を取って、少しは幅の広いも
のを書けるようになったのでしょうか。感想を頂くたびに、「もう
少し書いていてもいいんだよ」と勇気をもらうような気がして、読
んでくれた方々に感謝するばかりなのです。
 こうして、執筆の動機から完結後の反響に到るまでを振り返ると、
この話は間違いなくわたしの執筆活動の大きな区切りの一作になっ
た、と思わざるをえません。
 いえ、そんな客観的な自己評価だけでなく、雪生と美紅は、いつ
も何処か胸の内で懐かしい存在になりました。第三章の展開を煩悶
したことも含めて、自分の内面の何者かを切り出した二人になった
のでしょう。最終章の後も、それぞれの場所で生き続ける姿をはっ
きりと思い浮かべることができます。
 本当に、最後まで書き切ることができて良かった。久しぶりに心
から声にすることができる話になりました。
 またこんな話を書いてみたいと思っています。若い一途な想いを
描き出す熱情はまだ冷めていない。いや、一層強くなったのかもし
れません。
(2002.2.12)

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