Love Spreads番外編 その後のふたり(プラス1)

 さっきまでの激しい泣き声が嘘みたい。
 微かな寝息を立てて上下する小さな胸の上に乗った、丸くてすべすべした顔を見ていた。
 お腹が一杯になれば満足するところ、ほんとにパパみたいだね。そう言えば、だんだん顔もパパに似てきた気がする。
 眉毛もうんとはっきりしてきて、それに、この大きな鼻。みんな、わたしに似てるって言うけど、最近はちょっとずつ変わってきた感じがする。
 ……愛してるからね。
 下着とオムツだけで眠る小さな身体にタオルケットをかけると、はだけた自分の胸元のボタンを填めながら布団に横になる。
 胸も、大分楽になったみたいだ。ほんと、英ちゃんはたくさん飲んでくれるから助かるなぁ。良く寝てくれるし、六ヶ月を超えると大変、て聞いてたけれど、うちの子には当てはまらないのかもしれない。
 月明かりだけの部屋で、わずかに開いたカーテンの外に広がる星空を見ていた。最近、こうやってホッとできる時間が増えてきていると思う。1〜2ヶ月前まで、英ちゃんが泣く度に右往左往していた自分が馬鹿みたいに思えた。
 乳房の張りが引いた素軽い感覚を味わっていると、蛍光で光る置時計の針が目に入った。11時、まだ、パパは起きてるかな。
 静かに身体を起こすと、子供部屋をすり足で後にする。居間のドアを開けると、TVの音が小さく聞こえた。
「ママ。大丈夫か、こんな時間に起きてきて。」
 スポーツニュースの映る画面から視線を離すと、細い目がこちらを見た。
「・・・うん。なんか目が覚めちゃった。」
「ヒデ、泣いてたみたいだな。」
「うん。」
 わたしは頷くと、青いパジャマを着崩したままの格好で、座椅子に座る彼の横に腰掛けた。
「・・・どしたの。」
 肩をもたれ掛からせると、少し驚いたように声を上げた。
「いいでしょ?たまには。」
 なんとなく身体をくっつけていたかった。あの子が産まれてから、こんな風に思うことなんてなかったのに。
 肩の上に乗せられる温かい腕の感触。
「お疲れさん。」
 胸の辺りに頭を預けると、自然に息が抜けて身体の中がほのかに熱くなっていく。
「わたし、こんなに幸せでいいのかな。」
 英ちゃんが生まれてから、ずっと母子二人だけの空間に浸っていればよかった。子供を産んで、そして共にいること、それだけで全てが完結しているような気さえしていた。
 何も繕わなくてもいい、この幸せ。でも、彼がここにいてくれるから、この時間があったのだと思う。
「ね、パパ。」
「何?」
 低い声で彼が言う。変わらないその声を聞くと、久しく兆すことのなかった感情が、胸の中ではっきりと形を取るのがわかった。
「……愛してる。武史君。」
 胸に頭を預けたまま見上げると、少し見開かれた目が、可笑しそうに輝いていた。
「どうしたの、ママ。急に。」
「ちょっと、いい気分なんだ。」
 唇が軽く合わさった。忘れていた感覚が頭の奥から蘇って、自然に身体を預けていく。
「いいのか?」
「うん。胸とかだけ、あまり触らないでくれれば。ね、少しだけ恋人同士、しよ。多分、英ちゃんも起きないと思うから。お乳を飲んだばっかりだし。」
「腹一杯で、後は寝るだけ、か?ほんと、親そっくりだな。」
「そうかも。ね、パパ…、じゃない、武史君。お風呂まだあったかい?」
「湧かし直せばすぐだと思うよ。」
「一緒に入ろ。」
 彼はにっこり笑って頷いた。
「そうだな、亜矢。」


 湯船に二人でつかっている時から、自然に身体が反応し始めていた。後ろから抱きしめられて、唇を求め合っている内に、背中で勢いを増していく熱い昂まりを感じると、身体はじわじわと広がる快感を思い出し始めていた。
 バスルームを出ると、裸で横たわった彼の剛直を真っ先に唇の中に押し入れていた。
 凄く、元気。だよね、一人でしてるだけじゃ、溜まっちゃうもの。
 子育てで手一杯のわたしを思いやって、時々自分でしていた彼。育児中に浮気、なんて話はちょくちょく聞くのに、いつもこちらを見つめていてくれる心は、出会った時の武史君のままだ。
 だから、今日は一杯愛してあげる。
 気持ちいい?
 すべすべとした頭に舌の表面を押し付ける。そのまま、裏側の敏感な辺りを念入りに……。
「あ、亜矢・・・。」
 え?
 根元で押さえ込んだ手の中で、剛直がビクリ、と脈動した。突き出した舌の上に、ねっとりした液体が噴出する。押し殺したうめき声と共に、間欠的に精の迸りが続いた。
 あ、すごく、沢山。やっぱり、溜まってたんだ。
 舌に残る少し苦い感触とともに、この人が愛しくて仕方がなくなる。衝動的に、樹液で濡れた幹を唇で包み込むと、念入りに舐め取った。
「あ、亜矢……。」
 仰向けになったまま、こちらに視線を下ろす武史君。
 柔らかくなり始めたと思った幹は、唇の中で再び勢いを取り戻しつつあった。
「ふふ、すごい、元気。」
 唇を離して見上げると、彼がわたしの肩に手を伸ばした。
「いや、久しぶりだったもんだから・・・」
「全然いいよ、まだ、元気みたいだし。」
 上腕にあてがわれた手が、身体をすり上げるように促した。胸元からおへそへ、そして更にその下へ、彼の舌が辿り下りていくのがわかった。両腕が腰を捉えると、顔の上に跨るような形にさせられてしまう。久しぶりなのと相俟って、身体が一気に熱くなるほど恥ずかしい。
 でも、立膝をして開いた足の間に吐息がかかった瞬間、その気分は押しのけられていく。舌が、内側の襞を念入りに舐め上げ、さらに奥へと忍び込んで来た。
「恥ずかしいよ・・・。」
 何処へ視線をやったらいいのかわからず、目を閉じて、所在のない手をお尻のあたりにあてがっていた。
 や、やだ・・・。
 舌が、どんどん奥へと潜り込んでくる。ざらざらした感触が中で動き回ると、頭の中で火花が飛び始めた。
 まだ頂きは見えてこなかったけれど、このまま感じてしまうのが嫌で、一度身体を離して横になった。
 彼は、手を伸ばすとベッドの横の小さな引出しを開いた。
「あ・・・。」
「どうしたの?」
 小さく舌を出した表情は、しまったなあ、という感じでしかめられていた。
「スキンがないよ。」
「あ。」
 そうだった。妊娠してからこっち、必要なかった上に、出産後はしてなかったから・・・。
「そのまま、する?」
「う〜ん。」
 即答に困ってしまう。まだ六ヶ月目だと、すごくできやすいと思う。それはそれで嬉しいんだけれど・・・。
「・・・やっぱ、今二人目はまずいよな。」
 そうだよね・・・。もう少し、余裕ができてくれば何の憂いもなく、ちゃんとできるんだけど。
 横臥して考え込んだわたしの足の間に、彼の指が忍び込んでくる。
「亜矢も、イきたいだろ?」
「う、うん・・・」
 なんとなく拍子抜けしてしまって、感覚が掴めなくなってしまった。身体と心の何処かが、久しぶりの充足感を求めて動き始めてしまっていたから。
 それでも彼の指が草むらを掻き分け、秘められた核の根に触れた時、再びじんわりとした快感が身体の中心に点るのを感じた。
 そしてもう一方の手が、腰を引き寄せて抱きしめる。優しく剥き出しにされた真珠の先端に指が触れた時、強い痺れとともに、お尻の双丘を割る別の指の感触があった。
 ・・・もう、そこは弱いから。
 お尻の間の奥まった場所に、彼の指が触れる。少し前に回って、溢れ始めた泉の水をすくい取ると、やわやわと固く閉まった中心に押し付けられる。
 あ・・・。
 指先が、少しだけ中に侵入した。核を摩擦する指と共に、忘れていた激しい感覚への入り口が蘇ってきていた。
 また少し、指が奥へと入っていく。結婚したててで、一番情熱があった頃、そこへの愛撫で何度か感じてしまったことを思い出す。親指を入れられて、ちょっと悶えちゃったりしたり。
 もうすっかり固くなっちゃったと思ってたけど、そうでもなかったみたい。
 ……あ、何を考えてるんだろ、わたし。
 意識の中に、不意に浮かぶ未知の官能への囁き。
 ユビガハイルンダモノ、モシカシタラ、カレノダッテ。
 以前にもちょっとだけ考えたことがあったけれど、あまりに恥ずかしすぎて、言葉にできなかった。
 でも、更に奥に忍び込み、愛撫の速度を増していく指、そして、彼を体内に受け止めたいという長い間忘れていた衝動が、頭の中を桃色に染め上げて行く。
「・・・来て・・・。」
 ただ一言、そう言った。
「いいのか?」
 手を離し、足を割って丘に沿うように押し付けられる彼のモノ。いつもの入り口に僅かな侵入を感じた時、わたしは首を振った。
「・・・そこじゃなくて・・・」
 小さな声で言うと、彼の目が大きく見開かれる。
「マジ?大丈夫かな・・・」
「うん、多分。だって、一度、指2本・・・」
 もう、恥ずかしいこと言わせないで。それをしたのはあなたでしょ。
 おそるおそる指を伸ばすと、泉の水は溢れ出して凄い状態になっていた。お尻まで流れ落ちて、身体の方が、そこにしてくれ、って言っているみたいで。
 足が、高く持ち上げられた。(ドキドキ。)
 張り詰めた先が、そこに押し付けられる。(ドキドキドキ。)
「行くよ。」(ドキドキドキドキ。)
 あ、……。
 めり込んでくるような感触。息が詰まるような感じがして、お腹が苦しくなる。
「ちょ、ちょっと待って。」
「・・・大丈夫?やっぱ、やめようか。」
 ううん、そうじゃなくて。
 痛みはなかった。ただ、じわじわと広がる快感と、こんなところで・・・と思う気持ちが入り混じって、息が出来なくなりそうだった。
「大丈夫。来て。」
 あ、入ってくる。ウソ・・・・。
 いつもは出て行く場所に、異物が入ってくる微妙な感覚。でも、でも、これは・・・。
「入ってる?」
「うん、半分くらい。ちょっと、きついかも・・・。」
 少しだけ、彼が動いた。
「あ。」
 声が漏れる。
「痛い?」
「ううん。でも、あんまり動かないで。」
 また、彼が少し動く。捲り上げられる感覚が、戦慄に近いような危うい快感を呼び起こして、どうしていいかわからなくなりそうだった。
「あ、あ、あ・・」
「いい?」
「う、ちょっと・・・。いい感じかも。」
 出入り、してるのがわかる。イヤだ、わたし感じてる。お尻でなんて、もう・・・。
 でも、その感覚は、一気に頂きに上り詰めるような激しいものではなくて、中空をさまようようなじりじりした感覚で、もどかしかった。
 い、イきたい・・・。
 暫く、浅くゆっくりとした抽送が続くと、堪えきれなくなった身体と心が同時に声を上げる。もどかしくて、自分の指をクリトリスに添えて高めようとした時、彼が先に気付いてくれた。
 ・・・うん、触って。
「いいよ、亜矢。俺も・・・。」
 二本の指が、敏感な核を軽く摘み上げた瞬間、身体中に痺れが走った。
「い、イク!」
 自然に締め付けを始めるわたしのもう一つのパーツ。そして、彼のものがビクッ、ビクッと脈動した瞬間、腸壁に迸りを感じ取っていた。埋まるべき場所が埋まらず、その後ろに微妙な異物感を感じながら、じわじわと広がって消えて行く官能の波に身体を浸していた。
 う・・。
 抜き取る時に、ちょっと痛みが走る。
「・・・大丈夫だったか、亜矢。」
「うん。」
 でも、やっぱり。
「そんなに痛くはなかったから。でも、」
 ちょっと息を吐いてから言う。
「ちゃんとするのが、やっぱりいいな。」
 背中から抱きしめた太い腕が、わたしの身体を包み込む。
「そうだな。なんか俺も、違和感あった。ま、前からちょっとしてみたいってのあったけど。」
「やっぱり?」
 廻された腕に手を添えると、軽くキスをした。まだ少し、お尻の奥がひりひりする。
「こういうのは、たまにでいいなぁ。もう、できてもいいや。どうせ夢は、子沢山なんだから。」
「……家族で野球チーム、でしょ。パパ。」
「そういうこと。」
 彼の手が、足元に畳まれていたタオルケットを持ち上げて、わたしの身体にかけた。
 もう、そんなことされたら、眠くなっちゃうよ。
 頭の中に、靄がかかり始める。英ちゃんが生まれてから、ちょっと油断するとうとうとしちゃうから・・・。
 その時、廊下の向こうから、甲高い泣き声が唐突に響き始めた。
 ……あ、泣いちゃった。行かなきゃ。
 起こしかけた身体を、大きな手の平が押し留める。
「寝てな、ママ。どうせ、オムツだろ。」
「うん、でも・・・」
「俺も、明日休みだしさ。」
 でも、リトルの試合が・・・。
 肩までかぶせられるタオルケットの温かみと、寝室のドアを開けて出て行く彼の足音。そして、小さく聞こえる、「よしよし」の声と、やがて小さくなっていく英ちゃんの泣き声。
 もう、追えなくなってきた。意識が遠くなって、眠りの静寂に落ちていく。
 ありがと。愛してるよ、英ちゃん。そして、パパ。
 身体がとても暖かくて、わたしはとても幸せだった。そして、後は何も聞こえなくなった。  
おしまい

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