Love Spreads 番外編 英ちゃんのおねだり
今日は凄くいい天気だなあ。これならオムツも乾くし、ちょっと
湿りがちだったお布団もフカフカになりそう。梅雨の晴れ間って、
格別な感じがする。やっぱり、雨ばかりだとどうしても気分までふ
さぎがちになっちゃうから。
Sunshine on my shoulder〜♪
パン! シワを伸ばして角型の物干しにかけると、白いオムツが
一杯に並ぶ。
それでもひところより随分減ったと思う。だいたい去年の今ごろ
は、こんな量じゃ到底済まなかったから。
「ママ〜」
腰の下から響いた、大きな声。半開きにしてあったサッシの間か
ら、ツンツン頭がグイッと突き出されていた。
「ん、どしたの、英ちゃん」
「ぶー、わん。ぶーわん、いるよ」
「あ、そっか」
くりくり丸い目がわたしを真っ直ぐに見上げている。指差す先に
はTVの画面。いつも見ている教育テレビの子供番組が大写しになっ
ていて、車を擬人化したキャラクターが右へ左へ走り回っている。
「ママ、ぶーわん。ぶーわん」
「うん、ちょっと待ってね、もうちょっとだから」
黄色い繋ぎの幼児服の腕でわたしのズボンを引っ張る表情は真剣
そのもの。急がなくっちゃ。
カーテンを全開に、南の空に姿を見せ始めた春の陽ざしを部屋に
導き入れて絨毯の上に腰を下ろすと、当然の特等席に乗っかってく
るちっちゃな身体。あごの辺りにツンツン毛がくすぐったい。ほん
と、髪質はパパそっくりだから……。
「うわ、すごいね〜。今日のぶーわん」
身を乗り出して、まばたきももったないくらいに画面に集中して
いる英ちゃん。今日のストーリー展開はちょっと派手で、突然現れ
た強盗四人組を追いかけて、男の子と喋る車がてんやわんやの大騒
ぎ。最後は、重ねもちになった強盗達を上からボンボンと押し潰し
て……。
ひっくり返ったみたいな笑い声が胸の辺りで響き渡ったのは、そ
の時。車と男の子が上下に飛び跳ねるのに合わせて、オムツをつけ
た大きなお尻が、ボンボンとわたしの膝の上で跳ねる。
「ぶーわん、バンバン! バンバン!」
ちょっと意味のわからない叫びを上げると、立ちあがってテーブ
ル脇の細長いクッションにまたがった。
「バンバン! バンバン!」
「うんうん、そうだよね。行こうね」
いつもとリアクションはちょっと違うけれど、公園へのお散歩の
催促のはず。アニメを見た後で、幼児用の足こぎ四輪車に乗って出
かけるのがわたしと英ちゃんの日課。
壁に掛けてあるお出かけ用のナップを取り上げると、上着と紙オ
ムツを確かめて、台所でおしぼりを……。
「ママ、バンバン! バンバン!」
「はいはい。もう少し待っててね」
適当に返事をしたつもりはなかった。でも、不機嫌になり始めた
時の「うーっ」という声が響いた後で、もう一度大きな声。
「マァマ、バンバンして。バンバン」
流しから振り返ると、車にまたがる格好で、クッションを前後に
揺らしている。パパ似の口元がへの字になって、たっぷりしたほっ
ぺも膨らみ加減。
……ああ、もう。今日はやけにせっかちだなぁ。
髪を軽くブラッシングしてカチューシャで止めると、カーディガ
ンを羽織った。不機嫌そうにうーうー言っている様子に、化粧をし
てる暇はちょっとないかな、と思いつつ。
「はい、お待たせ〜。行こうね」
柔らかい手を握って玄関へ引っ張ってきた時、普段は素直で聞き
分けのいいこの子の機嫌が、すっかり斜めになってしまったことに
気付いた。
「イヤだ!」
「ほら、ぶーわん乗るんでしょ? 行こ?」
「ぶーわんいらない! 行かない!」
握った手を凄い力で引っ張ると、繋ぎの上に羽織らせたばかりの
白い上掛けを着たまま、ちっちゃな身体が台所の床の上にひっくり
返った。
「英ちゃん。どうしたの。お外行こう?」
「いらない! いらない! いらない!」
寝転がったまま、激しく振り回される手と足。押し殺した声は、
結局甲高い泣き声に取って代わられて、わたしにはダッコするしか
方法が見えなくなっていた。
「よしよし、違ったの? ママ、わかんなかったね。ゴメンゴメン」
どこかでボタンを掛け違ったんだ。こういうこと、最近なかった
のに。
背中を撫でながら長い事ダッコしていると、少し腕が痺れてきた。
でも、まだ大丈夫。
じっと待っていると、肩口でヒックヒック言っていた息が収まっ
て頭がもたれる感触、そしてすぐに定期的な息遣いに変わる。
ゆっくりと奥の子供部屋に運ぶと、二つ折りにしてあった子供用
布団を足で広げて、小さな身体を横にした。
「ふぅ……」
息をつくと、頬っぺたを真っ赤にしたまま目を閉じている、まだ
少し険の残った顔。オムツをちょっと触ってみて、毛布をお腹から
足元までかけてあげる。
肘を枕にしてぼんやりとわが子の姿を目に映していた。
久しぶりだったなあ、こんなにおへそが曲がっちゃうのは。
二才を超えてからだいぶ言葉の通りもよくなって、歩き始めた頃
みたいなどうしようもないむずがり方はしなくなっていたけれど、
やっぱり全部分かるってわけにはいかない。みんなは、「英ちゃん
はおとなしいし、よくわかる方だよ」って言ってくれるけれど……。
それにしても、どうしよう。午前中のお出かけはなしになっちゃ
ったし、少しタンスの整理でもしようかな。う〜ん、でも、このま
まわたしもちょっと早いお昼寝で……。
ほんとにいい天気。公園、気持ち良かったと思うけど。でも、お
昼過ぎならもっと暖かくなっていいかな。今の内にスパゲッティで
も柔らかく煮ておいて、外で食べるのもいいかも……。
窓を開けると、春の匂いが部屋に入ってくる。
大きく息を吸って吐き出すと、手足の先に実感が戻ってくるのが
わかった。
……Makes Me Happy〜♪
少しだけささくれ立っていた気持ちは、すぐに解けていく。だっ
て、こんなに元気で育ってくれて、この間まで右往左往していた育
児も、どんどん楽になってきたんだから。
うん、今日も頑張ろう。
わたしは勢いをつけて起き上がると、離乳食を作るべく、台所に
向かった。
「ふ〜ん。英、言い出すと聞かんからな」
夜、一息ついた後で今日の様子を話すと、パパは訳知り顔で頷い
た。
「顔立ちは結構ママ似になってきたけど、そう言う所は俺そっくり
かもな」
「そう? わたしもちっちゃい頃はきかん気だったと思うよ。パパ、
覚えてない?」
背中にくっついた大きな身体にゆっくりともたれると、胸元から
上目遣いに顔を見る。湯船の中の太い腕がわたしの胸の下辺りで軽
く組み合わさっている。
「う〜ん、どうだったかな」
たぶん、わたし似だと思う。パパは昔からドンと構えてたよ。わ
たしはいつも跳ねっ返りだったから。
でも、こうしてるとやっぱり落ち着く。英ちゃんに振り回されて
ばっかりだったけれど、目を吊り上がらせて育児育児って言わずに
済んできたのは、パパのおかげだ。週末のたびに一緒にお風呂に入
ってるなんて言ったら、周りの奥さんには凄い顔で睨まれちゃうか
もしれないけれど。
……あ。
お尻の辺りに弾力のある感触が伝わってきた。もう少し背中を押
し付けると――やっぱり。
視線だけで昂まりを確認した事を伝えると、ちょっと照れ臭そう
に細い目が逸らされて、
「生理反応」
「あ、そういうこと言うんだ。じゃ、今日はなし、でいい?」
「う〜ん。……ま、いいけど。寝たい気もするし……」
嘘ばっかり。
わたしは顎を反らすと、軽く目を閉じた。
すぐに重なってくる唇。胸の下に当てられていた手が沿い上がり、
柔らかく乳房を包み込んでくる。
ね、したいよね。本当は今日、わたしもちょっと待ってたんだ。
やっぱり、春先で暖かいせいなのかな……。
後ろ手に伸ばした指先が届いた先には……あ、凄く大きい。
彼の剛直はお湯の中でも元気いっぱいで、わたしの指が回らない
くらいに昂まっている。少し上下に動かすようにすると、前に回っ
た彼の指先も、わたしの下腹部を越えてその下まで……。
あ、ダメ。
いきなり敏感な場所を捉えられるジンとした感触。絡まってくる
舌が頭の中をかき混ぜて、このままここでしちゃおうかな、なんて
……。
でも、やっぱり落ち着いてベッドの上で愛し合う方がいい。
唇を離してそう告げると、パパの頷きと共に急いでバスルームを
後にした。
「英、起きてないよな」
裸のままで子供部屋の引き戸を開けて覗き込むと、ディムランプ
に照らされた小さな胸は静かに上下して、紅潮した丸い顔は満足そ
うに閉じられたままだった。
可愛らしい姿とこのシチュエーションに、一瞬、何かを思い出し
そうになったけれど、やっぱり今は求め合いたい衝動が先に立って
しまっていた。
ベッドに横になった彼の昂まりに唇を這わせると、わたしの泉も
熱く捉えられて。奥まで唇で愛されてしまうと、どこでもいいから
彼の精を注ぎ込んで欲しい衝動が込み上げてきて、必死に舌を這わ
せてしまう。
今日、すごくいい感じ。こんなの、久しぶりだ……。
張り詰めた彼のモノを受け止めて、何度も身体を合わせる形を変
えた後で、わたしが彼の上にまたがる形で頂きを目指し始めた。
無言のままでお互いの息遣いを聞く。下からぐいぐいと突き上げ
られる律動がお腹の中に伝わってきて、喉の奥から喘ぎが漏れてし
まう。
「あ、う……」
ダメ。あんまりうるさくすると、英ちゃんが目を覚ましちゃうか
ら……。
声を押さえようとした瞬間、今取っている体位と午前中の眺めが
不意に頭の奥で重なった。そして、ひっくり返って激しく手足をば
たつかせる姿が蘇る。
あ! そうだ。そうだったんだ。
「……どうした、ママ」
わたしがうわの空になっているのに気づいて、パパが身体の動き
を止めた。
「ううん、何でもない」
ギュッとお尻に力を入れると、身体を埋めた昂まりを実感しなが
ら目を閉じた。
「今は、一緒にイコ。話はそのあと」
身体を倒して胸を合わせると、激しい突き上げから呼び起こされ
る感覚が全ての色になっていく。お尻に回った手が激しく揉み上げ
てくると、もう……。
あ、イク。感じたい。
太い首に腕を回して肩に顔を埋めると、跳ね上げられないように
するのが精一杯。なんだか奥までかき混ぜられちゃうと、どうして
いいのか――もう、何にも考えれなくなって、出入りしている感じ
が全てで、もっともっと、それだけが頭の中の言葉で、あ、膨らん
で……。
「う、ダメ。イ……」
耳元で彼も激しい呻き声を漏らした。震えをはっきりと感じる。
そして、精をお腹の奥でしっかりと受け止めている自分。
あ……。
その時、思いもかけない二度目の波が襲って、足が突っ張った。
「イ、いい……」
しばらく、身体の震えが止まらなかった。それはとても長くて、
意識がなくなりそうな程だった。じっと腰を抱き締めてくれている
手が気持ちまですくい取ってくれているようで、全ての波が引いた
後わたしは大きな息をついて、心と身体の全部をパパに預けていた。
「……よかったみたいだね」
「うん、久しぶり」
高みに上り詰めた瞬間、心の奥で紡がれた言葉を口にしようとし
て、考え直した。英ちゃんができた頃に聞こえたのと同じ言葉だっ
た。でも、今は内緒にしておこう。きっと、このまま続けば間違い
ないと思うから。そしてそれは、今の瞬間だったかもしれない。
「さっきさ、何か言いかけなかった?」
裸の胸に身体を預けたまま耳元で囁かれた問いかけに、わたしは
顔を上げた。
「うん、英ちゃんの言いたかったこと、わかっちゃったから」
「え? 何が?」
引き締まった眉をさらに寄せると、怪訝な顔をするパパ。そりゃ
そうよね、エッチと脈絡なく思えるもの。
ベッドを下りて子供部屋を覗くと、英ちゃんはさっきのまま、深
い眠りの世界にまどろんでいる。下着を付けて、横になったままの
パパの脇に腰を下ろすと、種明かしを始めた。
「ほら、ちょっと前に英ちゃんが起きちゃったの、覚えてる?」
「……起きちゃったって、もしかして、してる最中に?」
「うん、そう」
一ヶ月か、それよりもう少し前のちょっとした失敗談。
「ほら、あの時も……わたしが、上、になってて……」
パン、と手が叩かれた。そして、押し殺した低い笑い声が続く。
「そうか。慌てて毛布で隠して……」
「そう。ママ、何? パパ、何?って。遊んでるの? 僕もバンバ
ン!って」
堪えきれなくなった笑い声が、大きくなって肩を揺らす。その後
息をついたパパは、わたしのはだけた太腿に手の平を添えた。
「それで、クッションにまたがって「バンバンして!」か。うん、
たぶん間違いないよ、ママの言う通りだ」
「……変なトラウマにならないかな」
もう一度横になって肩に身体を預けると、淀みない声が答えを返
してくれた。
「全然問題ないよ。それにしても、面白い奴。今度、思いっきり腹
に乗っけてやるかな」
「……跳ね飛ばさないでよ。パパの、筋力あって勢いありすぎなん
だから」
「そう? それ、実感?」
わたしは答えの代わりに、軽く握った拳を頬っぺたに当てた。鼻
から軽く息が吐き出されると、肩を抱いた腕に力が篭った。そして、
唇が引き寄せられて。
言葉はなくても、その意味は間違いなく。
……うん、いいよ。今日はわたしも。
英ちゃん、パパとママ、ちょっと羽目を外させてね。たぶん、英
ちゃんにとってもいいニュースになると思うよ。
わたしは身体を起こしてより深く唇を求めると、背中のホックを
自分で外していた。