第二章 花火の夜に

 久しぶりに朝から晴れた土曜日、みのりは夕方の店先に立ってい
た。
 新駅ができるまで繁華街だった仲町商店街は下町風情を残してい
て、夕刻になると買い物篭や大きなバッグを持った人々の行き来で
賑わしい。
 三軒先に並ぶ肉屋と魚屋を合わせて、車通りの少ないこの一角は、
夕食前のこの時間、一番の混雑を見せる。
「そこのホウレンソウ、そう、一番端っこの顔色のいい奴ちょうだ
い」
「はい、毎度」
「お、スイカ出てるね。一つ貰うよ」
「暑いからね〜。あ、多分こっちの方がおいしいと思うよ」
「トマトある? いやあ、ちょっと高いなぁ」
「うん、今年は陽が少ないから……。路地ものはちょっと高くなっ
ちゃうんだ」
「負からない?」
「う〜ん、どうしよっかな。そうだ、おじさん、ナスは好き?」
「おう、夏は焼きナスでぐいっと……」
「でしょ? じゃ、ナスと一緒なら三百円ポッキリでいいよ」
 緑のTシャツにベージュのソフトパンツ姿のみのりは、店先に並
んだ客を手際よく捌いていく。こうして忙しく立ち働いていると、
背中から胸元まで汗が滲んでくる。でも、長かった今年の梅雨もよ
うやく明けが間近に見えて、吹き込んでくる夕方の風は、汗ばんだ
身体に心地良かった。
「みのりちゃん」
 往来を行く人の姿が疎らになった頃、腰の曲がった小柄な老婆が、
店先に積まれたジャガイモの籠の所から声をかけた。
「いらっしゃい、ハナ婆ちゃん」
「いっつも元気だねぇ、みのりちゃんは」
 殆ど全てが白くなったひっつめ髪を見下ろすと、みのりは店の奥
に置いてあった丸い椅子を、くすんだ灰色のニットを身に付けた老
婆の腰の下に差し出した。
「ありがと。はぁ、ようやく涼しなってきたなぁ」
「うん。そだね」
 商店街の外れで一人暮しをしている森下ハナ。毎日この時間に店
先でよもやま話をしていくのが欠かせない習慣だった。
「雨が降らないと、腰の具合もいいよね」
 みのりは客が来ないのを見計らうと、ハナの前にしゃがみ込んだ。
「まあな。でも、あつなると、やっぱり同じ。しんどいわ」
「でも、今年はそんな暑くならんらしいよ」
「それはそれで、みのりちゃんとこがしんどいやろ」
 みのりはへへへと笑った。こうやって何と言うことのない話をす
るのが好きだった。
「そういや、納涼花火には出かけんのかい、みのりちゃんは」
「あ、行くよ」
 皺の寄った目尻に、少しからかうような光を湛えて、ハナは口を
開いた。
「こないだの、髪の茶色い男の子と、かね」
「な、どうして」
 左千夫と会う時、この街を使うことは控えていた。タダでさえ昔
堅気の父に、あの栗頭を見られたら、何が起こるか想像ができない。
「アーケード街でな。あんな目立つ兄ちゃんじゃ、わしの老眼でも
見えちまう」
「……オヤジには、黙っといてよ」
「さあな、人の口に戸は立てられんて……」
「ハナ婆ちゃん!」
 みのりは立ち上がると、腰に手を当てて睨みつけた。
「冗談、冗談。黙ってるよ」
 ハナも椅子から立ち上がると、みのりの太腿の辺りを軽く叩いた。
「祭りはええなあ。楽しんどいで」
 そして枝豆を一束買うと、曲がった腰に手を当ててゆっくりと通
りの西へ歩み去って行った。
 みのりは店先に出て、ハナの消えて行った西の空を見遣った。綺
麗に赤く染まった夕焼けが、蒼く浮かび始めた暮れの色とせめぎ合
い始めている。
 さ、店閉めて、ご飯の用意しなきゃ。
 地べたに並んだ野菜入りのダンボールを抱え上げると、みのりは
店の中へと運び込み始めた。
 
 日曜日。
 花火が上がる二時間前、みのりは左千夫“達”と待ち合わせをし
ていた。
 ピンクにえんじの水玉が散らされたタンクトップに、緑のカブリ
パンツ。待ち合わせの駅前噴水に座っていると、色とりどりの浴衣
や洋服に身を包んだ人達が、ざわめきながら河原への道へと歩いて
行く。
『最近お前、三瀬とよく一緒にいるみたいじゃん。花火に連れ出せ
ないか?』
 左千夫に言われた時、その意味はすぐにわかった。佳澄は転校し
て来た時から、二年二組だけでなく、学年、もしかしたら学校全体
の男子の注目を集める存在だったから。
 ただ、あの雨の日から三週間。佳澄と一緒にいることが多くなっ
ているのは事実だった。他の女子とふざけたり、話したりしている
時は相変わらずの『窓際の君』。でも、放課後一人でいる時や昼食
時には、なんとなく傍にいる存在になっていた。
 この所は下校も一緒にすることが多くなって、互いの呼び方も、
何時の間にか佳澄から『スミ』に、みのりちゃんから『のりちゃん』
に変化していた。
 ただ、花火に誘った時、どちらというと嬉しそうに頷いた佳澄の
表情に、みのりは少し戸惑ってしまった。一緒にいる時間が多くな
っても、いわゆる男談義になったことは一度もない。それどころか、
時々ドキッとするほど無防備な振る舞いに、付き合いの有無すら疑
う程だった。
 それが、あからさまな展開の花火への誘いに、「いいよ」と笑っ
た表情と釣り合わず、今もみのりは納得できない思いを抱えて、人
波を見つめていた。
 私、こんなにジクジク考える体質だったかなぁ。みのりは急に思
い返した。しかし、噴水の水を受けてひんやりとした風を背中にし
ながら、答えはすぐに集約していた。
 こんな風に取りとめもなく考えるのは、いつも決まって佳澄のこ
と。
「のりちゃん、お待たせ」
 剥き出しになった腕に、ツンツンと突つく指先を感じて、斜め上
を向いた。
「スミ」
 視野に入った思い掛けない姿に、みのりは一瞬言葉を失ってしま
った。
 紫を基調にして、優美に舞う鳥があしらわれた浴衣に、明るいえ
んじの帯。手に下げられた同系色の巾着と、可愛らしいデザインの
丸い下駄。そして、整った顔の稜線と、細いうなじを強調するよう
に、長い髪の毛は黄色の髪紐で結い上げられていた。
「どう?」
 明るい声で言うと、クルリと回って見せる佳澄。みのりは心の中
で頭を抱えた。これじゃ、左千夫の連れてくる奴、完璧に勘違いか
ます……。
「だめかなぁ」
 呟くような感じで佳澄は言うと、小首を傾げた。
 少しがっかりした様子に、憂いとは別の感情が湧いてくるのがわ
かった。ともかく、佳澄が落胆する顔を見るのは嫌だった。
「ううん、スミ、かわいいよ」
「ありがとう」
 静かにしていれば誰よりも美形の顔立ちが、崩れて破顔の笑いに
なる。らしくない、でもこんな笑顔を見た時に胸に満ちる暖かい気
持ちが、みのりは好きだった。
 それどころか、後れ毛が見える白いうなじに、形容し難い感情が
兆す。何処かで覚えのある甘い痛みを伴う感覚。みのりは、その正
体に触れる前に、すばやく後ずさった。
「のりちゃんも、ダイナマイトだね。本当、ボリュームあって羨ま
しいな……」
「何言ってんの、この子は。私のは太ってるだけでしょ」
 佳澄はみのりの大きな目に顔を寄せると、小さな唇を尖らせて言
う。
「太ってるって言わないよ、のりちゃんのは。女の子は、腰が冷え
ちゃいけないんだから」
 みのりは寄せられた佳澄の頬を両手で軽くはさむと、唇をタコに
した。
「ははは、そりゃ、安産型ってことか? “早く嫁入って子供作れ
”―褒め言葉になってないよ、それ」
「うう〜ん、そういう意味じゃないんだけどな」
 頬に当てられたみのりの手首を握って引き離すと、佳澄は屈めて
いた体を戻した。
 その時、雑踏の中に背の高い二人組の姿が見えた。
「お〜い、みのり」
 短く逆立った茶髪に、人を食ったような表情の男が、甚兵衛を羽
織った腕を高く上げて歩み寄ってくる。
 みのりが噴水を背に立ち上がると、佳澄は斜め後ろにくっつく様
に身を縮めた。
「お、結構いい男じゃん」
 左千夫の隣で、アーミーパンツのポケットに手を突っ込んだ黒い
タンクトップの男は、ツンツンと立った黒い短髪に日焼けした肌が
印象に残る、運動部系だった。
「どしたの、スミ」
「う、ううん……」
 二人が近づいてくるにつれ、益々後ろに隠れるようにする佳澄。
さっきまでと打って変ったおどおどした様子が可愛くて、みのりは
佳澄を守るように立ち塞がると、大きく手を振った。
「遅いぞ、左千夫〜」

 堤防の斜面に陣取って十五分程。左千夫はみのりの耳元に口を寄
せると小声で囁いた。
「ほんと、おとなしいな、三瀬」
 みのりと左千夫を中心に横一列になったまま、さっきから会話は
ほとんど進んでいなかった。
「……だから、言ったでしょ? 佳澄はこういうの、免疫ゼロなん
だから」
 みのりも右隣に腰掛けた佳澄を覗いながら、小声で返した。
「それでもさ、正志が可哀相じゃんか。あの浴衣、イケ過ぎって感
動してたんだから。なんとかしてやりたいだろ、俺的には」
「そんなの、あんた達の勝手でしょ」
「そこを何とか、頼むって」
 手を小さくお祈りのポーズを作ると、眦の下がった瞳が、上目遣
いにみのりを見つめる。
 肉厚の唇を前歯で噛むと、みのりは小さく息を吐いた。
 ホント、男はしょうがない。別にスミの何処がいいとかってわけ
じゃないのだろうに。せいぜい、夏の自慢話に使うつもりくらいし
かないんだから。
 でも、それがわかっていて佳澄がここにいるのも確かだった。
 いや、それとも全然意識していないのかも。みのりは黙ったまま
川面を見つめている佳澄の表情を横目にしながら、考えてもいなか
ったファクターに気付いた。
 視線を感じた佳澄が、僅かに顔を向けて、視線だけで微笑みを返
した。
 弾けるように立ち上がると、みのりはきっぱりとした調子で言っ
た。
「左千夫。何か買ってくる」
「おう」
 左千夫はみのりにウィンクすると、左隣の肩を突つく。
「おい、お前は」
「あ、ああ。何でもいいよ」
 気のない調子で答えると、左千夫の連れの視線は込み合う眼下の
眺めに戻った。
「じゃ、適当に焼き鳥かなんかと、飲みもんでいいや」
 みのりは頷くと、佳澄の背中を叩いた。
「ほら、スミ。一緒に行こう」
「う、うん」
 佳澄を立ち上がらせると、混雑の度を増し始めた堤防上の道路に
登った。花火の開始まであと三十分余り。右へ左へと移動する人波
に、売店が何処にあるかもよくわからない。首を伸ばすと、二百メ
ートルほど先の鉄橋の上に、立ち並ぶ屋台の光が見えた。
 どうやらあそこまで歩くしか方法はなさそうだった。
 後ろを振り向くと、佳澄が二歩ほど遅れているのに気付く。
「ほら、スミ。はぐれるよ」
 手を伸ばすと、握られた細い手指を引き寄せた。むせ返る人いき
れの中、二人は並んで歩き始めた。
「まったく、幼児じゃないだから」
 佳澄はふふふ、と小さく笑った。そして、至極自然に浴衣の腕を
みのりの剥き出しの腕に絡めると、身体を寄せた。
「こら、またそうやってくっつく。だいたいスミ、わかってんの?
 むこうも連れありなんだからさ……」
「うん、わかってる」
 小さな声で佳澄は頷いた。あの雨の日のように頬の下に寄せられ
た旋毛。浴衣のうなじがひどく眩しくて、みのりはそれ以上言葉を
続ける事ができなかった。
「そんなの、どうでもいいの。だって、のりちゃんと来たかっただ
……」
 最後の方は小声になってよく聞き取れなかった。でも、行き交う
人の中で身体を寄せ合っていると、みのりの胸の中にも甘い想いが
膨らんでいく。最初から、このためにここへ来たような気さえし始
めて。
 鉄橋へ進む流れは、殆ど這いずるようなスピードで、何とか売店
の並ぶ場所についた時には、後方でドンという爆音と七色の光が輝
き始めていた。
「あ、始まっちゃったね」
 腕を絡ませたまま、佳澄が肩口の辺りで呟いた。
 橋の上に来ると、混雑はそれほどではなくて、遊歩道になった車
道をバラバラと人が歩いている。よく見ると、ほとんどの露店が売
りきれ状態で、飲み物位しか買うものがなかった。
「スミ、何か飲む?」
「うん」
 欄干から川原を見下ろすと、数万人では済みそうにない人の群れ
が、打ち上げられ散っていく光に照らされて、川面の照り返しと鮮
やかなコントラストを作っていた。
「ほら」
 ペットボトルの栓を開けて先に飲むと、待っていた佳澄に手渡し
た。佳澄はちょっと考えたようにお茶の飲み口を見ていたが、ゴク
ゴクと半分ほど飲み干した。
 そして、欄干にくっついて花火の散る様を見上げているみのりの
傍らに立つと、再び腕を絡めて身体を寄せた。今度はみのりも寄せ
られた佳澄の身体を違和感なく受け止めると、瞳に映る夏の輝きを、
そのまま胸に焼き付けていた。
「戻れそうにないな」
「うん」
 ボシュ、ボシュ、ボシュと中瀬で連続した煙が上がった。
「のりちゃん、仕掛けみたい」
「ああ」
 小さな円が橋と同じ位の高さで弾ける。次々と。そして、一段高
い場所に大輪の花。流れ落ちる黄金のシャワー。キラキラと瞬きな
がら消えて行く輪郭。最後には、さらに上空と左右に広がって、数
十個、万色の花が弾けて輝いた。
 綺麗だな……。佳澄の腕の温もりを感じながら、大きな瞳にその
光景を焼き付けているみのり。
「のりちゃん」
 小さな声と腕を引かれて斜め下を見下ろした時。思いもかけない
柔らかさが唇に触れた。
 少し爪先立った佳澄は、軽いくちづけの後で切れ長の目を見開い
てみのりを見つめた。
「スミ……」
 左手で反射的に唇を押さえると、みのりもまじまじと佳澄の顔を
見詰めてしまう。
 今、いったい……。
 されたことは頭ではわかっていた。でも、心が付いて行かない。
「好きだよ」
 背中に痺れるような感覚が走った。今まで決して感じたことのな
い気持ち。花火の光で輝く佳澄の瞳に魅入られていると、再び顔が
間近に寄った。
 そして、もう一度のくちづけ。今度はさっきよりずっと長く、恋
人同士がするように。
 佳澄の目は閉じられて、長い睫毛が震えて見えた。そして、僅か
に忍び込んできた柔らかい舌先。おずおずと舌を合わせた時、みの
りも目を閉じていた。
 そして、再び身体が離された。
 二人の行為に気付いていた幾人かの花火客が、慌てて目を逸らす。
 そのまま花火が終わるまで、みのりと佳澄は光の海に身を委ねて、
一言も口を開かなかった。ただ、佳澄はみのりの胸に身体を寄せて、
その手はしっかりと細い肩を抱き締めていた。
 
 緑の壁に掛けられた安物の時計は、十一時半を指していた。
 『バックれた埋め合わせ』の行為は、あっけなく終わって、精を
放ち切った左千夫は、だるそうにベッドの上に横たわっている。
「私、身体洗ってくるね」
 眠そうにシーツを寄せたみのりの『彼』は、うつ伏せのままで頷
いた。
「俺、ちょっと寝るわ。時間来そうだったら、起こして」
 脱ぎ捨てられた下着を拾い上げると、バスルームに足を踏み入れ
た。意外と大きなグリーンのバスタブは清潔そうで、気持ちよく汗
を流せそうだった。
 シャワーのコックを捻ると、ぬるいお湯で身体を洗い流す。
 左千夫に抱かれている間も、想いはここにはなかった。身体の奥
を埋めたペニスが弾けた時も、お決まりの喘ぎをして見せただけ。
 それは、みのりにとって別に珍しい事ではなかった。男との行為
で自然に感じられる事など、滅多になかった。それより、上手に感
じているふりをした方が相手も気分がいいとわかっていたし、自分
も楽だった。
 でも今晩はそれだけではなかった。ずっと別の顔と、密やかな瞳
の色が焼き付いていて、離れていかない。それは胸の奥に潜み、熱
いようなもどかしさを身体に伝えて、行為の間さえも忘れることが
できなかった。
 みのりはバスタブに身体を沈めた。
 スミとの、キス……。
 目を閉じて花火の光の下で肩を寄せ合っていた時を思い出す。と
ても愛しくて、大切な瞬間だった気がした。『好き』と言われた時
の胸を抉るような切ない気持ち。絶対に今まで感じた事のない強い
想い。
「スミ……」
 小さく呟いた瞬間、湯の中で揺らめいていた張りのある乳房と、
豊かな稜線を描く腰の辺りで何かが弾けた。
 半開きになった唇からため息が漏れた。掌を軽く乳首の上に添え
た時、それだけでみのりは小さな絶頂を迎えてしまった。
 理性が何処かで、同性の友達への想いを押し止めようとした。
 変だ、そんなこと。スミは女の子じゃないか。
 『好きだよ』―静かな、でも確かな想いを秘めた響き。
 弱々しい堤防はすぐに決壊してしまった。
 湯船に身体を浮かべたまま、両手で乳首を押し付けるようにして、
胸をゆっくりと捏ねる。目を閉じた暗闇の中で、それは華奢な色白
の手に置き換わっていく。
 佳澄の指は充血して赤くなり始めた乳輪を執拗になぞる。そして、
焦らしながら尖り出た部分に到達すると、二本の指で柔らかに摘み
上げた。
 離れた眉が苦しげに寄せられると、大きな吐息が漏れた。
 もう一方の手は脇腹を通って楕円形に萌え出た若草の奥へと忍び
入っていく。
 だめだよ、スミ。そんなところ……。
 けれど、容赦なくラビアを分けて奥へと侵入してくる指。サーモ
ンピンクの入り口をなぞる様に肉の合わせ目に迫り上がっていく。
包皮に包まれた小さなパーツを見つけ出すと、二本の指が僅かに捲
り上げる。
 木偶のように裏返しにされると、突き出された大きな臀部に愛撫
は及び、お湯とは別の滑りを溢れさせ始めた秘孔には、ゆっくりと
指が指し込まれていった。
 髪が乱れかかった顔の中で、頤がわなないた。微かに開けられた
目蓋から覗く瞳はもう、焦点が定まらない。唇に指を当てると、舌
を絡ませながら軽く噛み締めた。
 キスして、スミ。私も……。
「好きだよ……」
 浅く内壁をなぞる指が、二つに増えた。そして、中を押し広げる
ように別々の動きをすると、唐突にそれは訪れた。
 金色に弾ける意識の中で、幾つかの表情が飛び去った。恥かしげ
に目を伏せた、無邪気にはしゃいだ、柔らかに笑った、そして、く
ちづけの後の夢見るような表情。
 そして、みのりの身体は湯船の中で大きく痙攣した。足の間の手
を強く挟み込んで、口に添えられた指を固く噛み締めて。大きな声
が漏れて、絶頂は暫く続いた。
 やがて、弛緩する身体。
 ライトに照らされたグリーンの天井が戻ってきた。手を離して、
頭をバスタブの縁に預けると、もう一度目を閉じた。
 私、スミが、佳澄が好きだ。
 みのりは、はっきりと言葉にして思った。やっぱり自分に嘘はつ
けない。思い出してみれば、佳澄が転校してきたあの日からずっと
惹かれ続けていたのだと思う。
 バスルームから出て身体を拭いたみのりの何も纏わない身体は、
浅黒く焼けた中にもほのかに桃色に染まって、とても美しく見えた。
それは、恋する乙女の輝きに他ならない。
 もう、気持ちは決まっていた。

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