第三章 初めての……

 昨日の夜も、こうして電話を目の前に座り込んで、結局ダイヤル
することができなかった。番号はわかっていたけれど、佳澄が出た
ら何から話していいのかわからない。
 「花火、きれいだったね」―そんなことを言っても、ただ間が抜
けているようにしか思えない。「スミ。私、スミが……」――急に
言える訳もなかった。だいたい、あのキスでさえ、今では幻のよう
に思えるというのに。
 何とか決意して、手に持った子機のプッシュボタンを押した。何
度か俊巡しかけて、ようやく最後までダイヤルし終えた。
 プルルル……。その先は、佳澄の携帯。間違いなく、本人が出る
はずだった。呼び出し音は、長く長く鳴り続けている。鼓動が身体
中に広がって、足先が震えるような気がした。
 だめだ。
 みのりは通話中止のボタンを押した。到底耐えられそうになかっ
た。
 細い七色の横縞が入ったタンクトップ姿で、部屋の床に仰向けに
なると、みのりは目を閉じた。
 私、こんなに優柔不断だったかな。決めたら何でも即実行できる
はずなんだけどなぁ……。
 佳澄の事を思いながら耽ってしまった自慰行為。当然のように感
じた気持ちも、幾日か過ぎてみると重く沈み込み、曖昧に思える。
やはり、同じ女の子を想うなんて、おかしいんだろうか?
 みのりは佳澄の整った色白の顔を思い浮かべた。普段の静けさか
ら陽が差したような無邪気な笑顔。考えただけで眉根が寄って、両
手で強く抱き締め、身を捩りたくなった。
 切なかった。外は夏の陽射しが満ちていると言うのに。
 その時、子機がプルルル、と唐突な呼び出し音を立てた。目を開
けて、手の中の受話器をまじまじと見つめた。
「……はい。真岡です」
『お、みのりか』
 声は、左千夫だった。みのりは、心の中で一つ大きな息を吐いた。
『オヤジさんが出るかと思って、ほんとにヒヤヒヤすんだよな、お
前の家の電話』
「しょうがないっしょ。携帯禁止なんだから」
『ほんと、今時マジかよ、だぜ。内緒で持っちまえよ。ホント、連
絡取りにくいったら』
「はいはい。で、何の用?」
 みのりは身体を起こすと、水玉のタオルケットの掛かったベッド
の上に肘を付いた。
『何の用とはご挨拶じゃんか。まがりなりにも彼氏に向かってよ』
「へ〜、そうだったっけ?」
 左千夫と話していると、気が楽だった。佳澄の事を考えている時
とはまるで違う、なおざりな感覚。彼なんて、そんなものだと思っ
てたけれど……。
 みのりは、佳澄へのもどかしい想いを身体の片隅に残したまま、
軽い調子で話し続けていた。

 雲一つない晴天の下、プールサイドに歓声が響き渡っていた。
 夏休みの中盤に開かれる、校内水泳大会。わざわざ休み中に行わ
れることに不満を漏らす生徒もいたが、大方は長期休暇中の暇つぶ
しと大いに騒ぐのが、ここ敬友高校、夏の伝統だった。
 久しぶりに会った佳澄は、みのりの顔を見ると「のりちゃん、久
しぶり」と小さな声で言った。みのりも、ぎこちなく「うん」と言
ったきり言葉が続かなかった。何か言わなければ、そう思ったが、
夏の開放感に溢れた教室には、次々にクラスメイトが入ってきて、
それ以上の会話を続けるどころではなかった。
 水着に着替えた後、みのりの右隣で膝を抱えた佳澄は、大会の間
中ずっと無言だった。
 飛ぶ水飛沫に、応援の歓声。他のクラスメイト達と談笑しながら、
佳澄の気配をずっと感じ続けていた。紺の水着から伸びた腕や足は、
驚くほど白く、それでいて艶やかで、赤い水泳帽で纏め上げられた
うなじが目に入る度、みのりは軽く視線を落として、胸の高まりを
やり過ごしていた。
 そんな二時間の中でもっとも忘れられない一瞬。最終種目の男女
混合リレーで、最後から二番目を泳いだみのりが、飛び込み台の脇
に手をかけて水から上がろうとした時。プールサイドを埋め尽くし
た全校生徒が、リレーの行方を注視している中、見上げた視界には、
佳澄がいた。
「のりちゃん、がんばったね」
 伸ばされた手に、自然に自分の手を合わせると、柔らかく握り締
めて水から引き上げてくれる。切れ長の目が軽く微笑んで、みのり
の視線と絡んだ。
 その一瞬が、今日の全てだったような気がしていた。
 水泳大会が終わって、更衣室に入った後も、みのりは少し気が抜
けたように座り込んでいた。
「みのり、なあに呆けてんだよ」
「あ、まあね」
 ピンクのレースブラジャーを付けたベリーショートの女子生徒が、
目の前で腰に手を当てて立っていた。
「ちょっと疲れたかな〜って。お、ミッチー、結構派手なブラじゃ
ん」
「へへ、今日のラッキーカラーさ」
 丸い目が悪戯っぽくみのりを見下ろした。
「しゃーないって、美知子。みのり、今日四種目ご出場でしょ?」
「あ、うん」
 一人挟んで向こう側で、半袖ブラウスのリボンを直しかけている
レイヤーに丸眼鏡が、言葉を投げてよこした。
「ホント、あんたって律儀。全力使い切りでしょが」
「そうでもないよ。いくらなんでも、持たないって」
 ゆっくりと立ちあがると、無意識の内に佳澄の姿を探していた。
最後の着替え順になったみのりのクラスメイトが数人残るだけで、
更衣室はだいぶ風通しが良くなりつつあった。
 スミ、先に帰ったのかな……。
 十分ほど前までは、話し声や嬌声で一杯になった部屋の片隅で、
荷物をまとめている姿が見えていた。
 まだ水着のままのみのりは、ばさばさになった髪に手を触れなが
ら、更衣室の片隅にあるにあるシャワールームの白いカーテンを開
けた。確かに、少し身体がだるいかもしれない。
 でも、普段部活にも出られない分、何か機会があれば身体を動か
したいというのがみのりの本音だった。
 水色のタイル張りの壁についた赤いコックを捻る。生暖かいお湯
が身体に当たり始めた時、後ろに気配を感じた。素早く身体が滑り
込んでくると、カーテンが閉じられた。
「だれ? ……スミ」
 びっくりして後ろを振り向いた視野の下。まだ水着を着たままの
華奢な肩にパラパラとかかった、まだ生渇きの長い髪。そして、唐
突に握り締められた手。
「お〜い、わたしら帰るけど、みのりは?」
 更衣室の反対側から大声が響いてきた。
「あ、うん。先帰っといて」
「ほい、じゃ、お疲れな〜」
 シャワーがざわめき落ちる音に混じって、閉まるドアの音が響い
た。
 狭いシャワールームの壁に背中を向けたまま、佳澄の顔を見下ろ
していた。面長の稜線の中で、くっきりとした眉に、間近にすると
中央が少し茶掛かった瞳。今は少しも逸らされずにみのりの大きな
瞳を見つめ返していた。
 僅かに悪戯っぽく微笑んだ小さな唇が視野に入った時、みのりは
くすくすと笑い始めてしまった。
 佳澄もにっこり笑った後、みのりの肩口の辺りに頭を預けて、し
ばらく肩を小刻みに震わせていた。
「ほんと、スミって唐突だよ」
 本当は、胸を突き破りそうなほどの鼓動を感じていた。
「うん、よく言われた。でも、どうしていいかわからないんだ。ず
っと考えてて、よしって決めて行動すると、びっくりされちゃう」
 身体を離して、再び絡み合った視線。佳澄の方がすぐに瞳を斜め
下に逸らした。そして、掠れた声で言う。
「……もう、誰もいないよ」
 心臓が外に向けて弾き出された。少し身体を離しかけた佳澄の手
を強く握り締めると、みのりは小さく呟いた。
「スミ、私……」
 その先は言えなかった。つま先立ち、近づいた小さな唇が、みの
りの肉厚の唇に重ねられていたから。
 シャワーが、佳澄の背中にあたり、廻されたみのりの腕を伝って
流れていく。みのりは、ちょうど一回り小さな佳澄の身体を強く引
き寄せた。
 首筋から頭の先までが痺れたようで、何も考えられなかった。
 佳澄が目を閉じると、みのりも目を閉じた。合わせられた唇の感
触だけが意識を支配している。思ったよりずっと柔らかい感触。苦
しくなって、息を吐いたのは佳澄が先だった。
 僅かに開いた唇。そこから暖かい舌先が侵入してくる。みのりも
それに合わせるように唇を開くと、佳澄の舌は一気に侵入してきた。
 まだおずおずとしているみのりの舌の上を、擦るように通り過ぎ
ると、そのまま歯茎の裏へと巻き上がっていく。そして口腔の中を
なぞるように掻き回すと、今度はみのりの息が苦しくなった。
 でも苦しさより、頭の奥まで染み渡った溶けるような快感の方が
遥かに強かった。動き回る佳澄の舌をなぞるように、みのりも舌を
動かし続けていた。
 膝に力が入らなくなって、壁に腰を寄り掛からせると、同じ位の
高さになった佳澄の唇は、勢いを増してみのりに押し付けられてい
く。そのままずるずると腰を落とす間も、決して唇が離されること
はなかった。
 次第に大きく開けられた唇から、絡み合った舌が覗く。流れ込み
始めた唾液を喉の奥へ導きながら、みのりは心の中で呼んでいた。
 スミ、好きだ。スミ……。
 狭いシャワールームの中で、しゃがみ込むように身体を合わせた
二人。投げ出されたみのりの足の上に、跨るような格好で重なった
佳澄の手が、みのりの首筋に触れた。初めて唇が離されると、目が
開けられた。
 無言で見つめあったまま、首筋に当てられた手は、ゆっくりと胸
のふくらみへと下りていく。全体的に盛り上がったみのりの胸の稜
線を、五本の指先がいたわるようになぞった。そして、手の平が静
かに頂きに落とされた時、じんわりとした波が背中を上がり、みの
りは顎を突き出して切なさに耐えた。
 そのまま佳澄の手の平は、柔らかく捏ねるような動きに変わって
いく。濡れた長い髪の中に手を差し込むと、みのりの突き出された
首筋に、暖かい息がかかり、唇が這わされた。
「スミ……、ね…」
 荒くなり始めた息の中で呼びかけると、動きを止めた佳澄が顔を
上げた。
「ね、落ちついた所で愛し合いたいな……、私…」
 愛し合う、という言葉が少し恥かしくて、小さな声になってしま
う。佳澄はにっこりと笑うと、頷いた。
「うん…。その方がいいよね」
 そして、身体を少しせり上がらせると、軽く唇を合わせた。
「スミ、好きだよ。ずっと前から」
 はっきりと言葉に出した時、心の中で流れ落ちて行く全てのわだ
かまり。
 そのまま胸に頭を預けた佳澄と、こうして身体を合わせているこ
とが至極自然に感じられた。それは、幼い頃に母の胸で眠った穏か
な気持ちに何処か似ていて、とても嬉しかった。
 
 白の半袖ブラウスと紺に白いラインが入ったスカート。同じ制服
の二人は高層ホテルの一室で、窓際に立って日暮れ始めた街の眺望
を見下ろしていた。
 万単位のお金を気軽に払う様子に少し驚きながらチェックインし
た後、エレベーターに乗る間際に、彼女は低い声で言った。
「お金だけはあるんだ、私」
 聞き慣れた何処かぼんやりした調子とは違う、冷たく平板な声だ
った。そして、エレベーターの扉が閉まると、佳澄はすぐに身体を
寄せてきた。
 みのりが、特に何も問いかけずに佳澄の肩を抱くと、少し強張っ
ていた身体から力が抜けて、いつものように小さな頭が寄り添って
きた。そしてそのまま、二人は部屋に入った。
「いい眺めだね」
 佳澄の身体の温もりを肩に感じながら、みのりは頷いた。
「仲町、あの辺りかな」
 マッチ箱のように並んだ家並みの中に消えて行く線路。霞んだ遥
か北の空との境界をみのりは指差した。
「ちょっと、見えないんじゃないかなぁ。駅、十個目くらいでしょ」
「だよな」
「お店、大丈夫だった?」
 みのりは鼻で笑った。
「いいんだ。いっつも私が店番やってんだ。たまにはあのクソ親父
も店に立たせないと、すぐに怠けグセがつくからね」
 佳澄は肩を抱いたみのりの手に手を添えると、小さく呟いた。
「いいな、のりちゃん……」
「どこが。既に半分、肉体労働者みたいなもんだよ、私は」
 しばらく間が空いた後、佳澄はクスクスクスと笑った。みのりは
佳澄の気持ちが掴み取れず、少し身体を離した。顔にかかった長い
髪を右手で払うと、上目遣いにこちらを見た佳澄は小さな唇を尖ら
せ、悪戯っぽい表情を作った。
「ね、今日はいっぱい愛してあげるね」
「な、な…」
 切れ長の目を縁取る長い睫毛がどこか扇情的に思えて、みのりは
どきまぎしてしまう。
「だって、のりちゃん、されるの好きみたいなんだもん」
 返す言葉がなかった。はっきり言われると、否定できないものを
感じてしまう。
 そういうの、何て言うんだっけ? ネコ……?
 今まで全く無関係だと思っていたちょっとした隠語が思い浮かん
だ時、再びの心と身体の交歓がそこにあった。
 カーテンを閉めて、制服を床に落としたみのりは、ベッドの上に
腰掛けた佳澄に聞いた。
「やっぱ、シャワー浴びてからにしようか」
「いいよ、学校で浴びたもの。それにわたし、のりちゃんの匂い、
好きだよ」
 屈託なく言われると、恥かしさに頬が火照るような気がした。
「……こういう展開になるなら、もっと可愛いのにするんだったな
ぁ」
 照れ隠しに、身に付けた下着を見下ろして呟いた。
「そんなことないよ。グリーン、凄く似合ってるよ、のりちゃんに」
「そうかな……」
 全体に肉付きのいい、張りのある身体につけられたパステルグリ
ーンのショーツとブラ。縁にほんの僅かに刺繍が入っているだけの
シンプルなデザインで、ロマンティックな状況には不釣合いに思え
た。
 パールホワイトに青い花の刺繍が散った、上品なインナーを身に
纏った佳澄は、所在無く立ったみのりを促すように立ち上がった。
 そして、再びのくちづけ。今度は軽く啄ばむような感じで深くは
ならず、互いの腰に手を廻したまま、ベッドサイドで抱き合ってい
た。押しつぶされた胸と胸が僅かに擦れ合い、剥き出しの太ももが
重なり合う。
 佳澄がみのりの身体を押すようにしてベッドの上に倒れ込んだ。
仰向けになったみのりの両脇に手をついた佳澄の身体は、思った通
り起伏に富んでいて、白い胸の谷間が眩しかった。
 そして、少しせり上がる佳澄の身体。目の前にレースに包まれた
白い双丘。微妙に擦れ合う下半身から兆す小さな波にさらわれなが
ら、みのりは戸惑っていた。
 そのまま柔らかそうな膨らみに口を寄せたかった。でも、何とな
く気恥ずかしいような感じがして、目の前で揺れる稜線に軽く手を
添えてみただけ。
「……いいよ、のりちゃん」
 みのりの俊巡に気付いて、佳澄が身体を少し落とす。下着の上か
らでもわかる頂きの膨らみが鼻先にあって、みのりは軽く唇を当て
た。少し眉根を寄せた佳澄が、背中に手を廻してホックを外す。
 露わになった白い丘。一円玉くらいの大きさの乳輪に、少し埋も
れた感じの小さな果実。薄紅色のその場所に、軽く舌で触れた。
 柔からい先端が舌の上で重みを持つと、頭の奥の痺れが増してい
く。周りをくすぐるように刺激しながら、頂きに小さくキスをする
と、尖り出してくるのがはっきりとわかった。
 夢中で舌先の果実を味わっている内、じんわりとした快感が自分
の胸からも広がるのに気付いた。
 いつの間にか、みのりのブラのフロントホックも外されていて、
片手で身体を支えた佳澄の手が、ゆっくりと張りのある稜線をなぞ
っていた。
 円を描くようにして、そして、行きつ戻りつ、細い指先が肌を撫
でる。
 優しいんだ、スミ……。
 胸の頂きが唇から離れると、長い髪が顔の上にかかった。そして、
耳元に熱い吐息と濡れた唇の感触。
「好きだよ、のりちゃん」
 胸を捉えた右手が、みのりの大きく膨れ出した赤い果実に辿り付
いた。
「あ……」
 小さな声が漏れてしまう。首筋に這う唇の感触と、掌で乳首を転
がされるじわじわとした快感。そして、その時、佳澄のもう一方の
手が、腰骨の辺りをくすぐるようにした。
「く、くすぐったいよ〜」
 腰を捩ると、少し身体を離した佳澄が小さな声で言った。
「見つけた。のりちゃんの弱いところ」
「え、何?」
 一気に下り降りた唇が、ショーツのゴムがかかった腰骨の辺りを
暖かく包み込む。大きく舐め上げる舌に、くすぐったさが一瞬兆し
たが、すぐに別の、身体の奥から震えるような感覚に、みのりは唇
を噛み締めた。
 執拗に腰骨の辺りを弄られると、切なさが込み上げてきて、声を
上げたくなる。
 そんなことは、初めてだった。
 自然に佳澄の髪の毛の中に手を差し入れると、首筋を愛撫する。
そして、唇はそのまま内腿へと動き、薄い布地の上からかかる熱い
吐息が……。
「スミ、ヤダ、恥かしいよ……」
 佳澄は黙ったままだった。柔らかく盛り上がった丘に、グリーン
の布地の上からキスをすると、ゆっくりと足からショーツを抜き取
った。
「あ! あ……」
 吐息がかかっただけで、つま先まで電気が走った気がした。恥か
しさに足を閉じようとしたけれど、快感への期待の方が遥かに勝っ
ていた。佳澄の手に促されるままに足をM字型に広げると、口唇で
の愛撫に身を任せてしまう。
 最初は太腿の付け根を躊躇いがちになぞっていた唇が、萌え出た
薄い毛に縁取られた外側の肉の盛り上がりにかかり、丁寧になぞる。
 自分でも、身体の奥から止めどもなく溶け出していくものを感じ
ていた。
 いつも、こんな風に愛して欲しかった。うん、そう……。
 目を閉じて快感を追うみのりの唇からは、小さな喘ぎが繰り返し
漏れ出していた。そして、内側の、繊細で少し赤く黒く充血した花
弁に、僅かに舌先が触った後、そのまま毛の生え際をなぞるように
上へと唇が動いていく。
 楕円形に萌え出た若草の下で、淡い紅色の包皮に隠れたその場所
に、軽く、啄ばむようなキスが触れた。そして、幾度も繰り返すよ
うに。
「あ、あぁ、スミぃ……」
 ダメだ、もう我慢ができない。このまま、感じてしまいたい。ス
ミに腰を抱き抱えられて……。
 突き出された舌が、桃色の真珠の先端を捉え、包皮を軽く捲り上
げるようにしたのは、その時だった。そして、そのまま、少しざら
ついた舌の表面が、左右に擦る動きをした。太腿に添えられていた
指が、内側の花弁を越えて、僅かに泉の源に入り込んだ時、唐突に
背中から腰に震えが走り、身体が一直線に突っ張った。
「スミ!」
 掠れた声で小さく叫んだ瞬間、みのりは快感の波に身体を任せて
いた。目蓋の裏に電気が走り、断続的に身体が震える。
 その間も、佳澄の唇は休まず動き続け、みのりの腰を抱き締めて
いる。
 あ…。凄く、いい感じだ。こんな気持ち良かったこと、なかった
かもしれない……。
 微かに開けられた瞳に、淡い光と天井のベージュ色が戻って来た
時、みのりは自然に考えていた。
「気持ち良かったみたいだね、のりちゃん」
 ようやく身体を離した佳澄が、少し汗ばんだ肩にかかった髪を手
で払いながら、みのりの肩の上に頭を乗せた。
「う、うん、まあね」
 佳澄の言う通りなのに、どうしても恥ずかしくてみのりは口篭も
った。
「……ごめんな。私ばっか感じちゃって」
「ううん」
 肩の上で佳澄は首を振った。
「のりちゃんが感じた時、私も少しピリピリってしちゃった」
「今度は、私がしてあげるよ」
 身体を動かしかけると、佳澄の手が肩を抑えた。
「ううん、いい。もう、今日はドキドキのし続けで、お腹一杯」
 みのりは、佳澄の肩を抱き寄せると、額にキスをした。目を閉じ
た佳澄が、静かな声で言う。
「……のりちゃん、好きだよ。やっぱり、私が思った通りだ」
「ん? 何が?」
「優しくて、カッコイイ。強くて、カワイイ」
 みのりは、目を伏せて少し過去の記憶を手繰ると、言葉を返した。
「もう、褒め過ぎ。でも、それは、私もおんなじかも」
 五月のあの日、教壇の横で小さくお辞儀をした髪の長い、色白の
少女。『三瀬佳澄です。よろしくお願いします』―お辞儀をして上
げられた視線が、一瞬、自分の目と合った時、確かに頬が熱くなり、
動悸が大きくなるのに気付いていた。ただその時は、深く胸の内に
沈み込めてしまったけれど。
「スミが2−2に転校して来た時、ホントは思ってたんだ。すっご
く可愛い子だなぁ、って」
「ホントに?」
「ああ、ちょっと怖かったけど。私、何考えてんだろ、女の子じゃ
ないかって」
 佳澄はいつものクスクス笑いをした後で、小さく息を吐いてから
密やかな声で言った。
「ごめんね……。のりちゃん」
「何が?」
「うん。だって、私は初めてじゃなかったから。のりちゃんはそん
なに初々しく思ってくれてたのに……」
「ば〜か、そんなのどうでもいいよ。それ言うなら、私だって現在
進行形で……」
 それ以上の言葉は、唇で塞がれた。みのりも目を閉じ、作りかけ
た言葉を、頭の中で消去した。
 ベッドの上で手と足を絡め、唇を合わせあう二人に、時は長いこ
と止まったままそこに佇んでいた。

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