第七章 愛し、傷ついて
見下ろした窓の外にはひんやりとした風が舞い、立ち並ぶ色とり
どりの屋根も、どこか寂しげに見えた。
暦はいつのまにか十月の終わりを数えていた。
放課後の教室は、居残って作業を続ける女生徒達の雑多な声で溢
れ、外の景色とは裏腹の賑やかさを見せている。
佳澄は、教室の中央にできた七、八人の輪から一人離れ、窓際の
席で一人、小さなフェルトのマスコットに針を通していた。
「みのり姉さ〜ん、ここのステッチ、どうだったけ」
「あ? うわ、ダメダメ。順番違ってるって」
斜め後ろから響いてくるみのりの声。
文化祭へのクラス出展を決めてから放課後の日課になった、模擬
店に並べるマスコットや編物、刺繍などの制作。裁縫など、家庭科
で習った形だけのものしか知らない女生徒の中にあって、ここでも
みのりはクラスの主役だった。
複雑なステッチから綺麗な網目の作り方まで、手際良くこなすみ
のりに、自然と割り振られた制作責任の役。もちろん、二つ返事の
笑顔で引き受けたみのりは、店番の時間が許すまで、こうして毎日、
女子の輪の中心にいるのだった。
「どう、できた?」
気配を感じて後ろを向くと、輪から離れたみのりの大きな身体が、
ゆっくりとこちらへ来るところだった。
佳澄が黙って肯くと、机の前に屈みこんで緑色の小さなカエルを
つまみ上げた。
「お、よくできてるよ、スミ。やっぱ、手先器用じゃない」
みのりは大きな目の端に優しげな光をたたえながら見下ろしてき
た。
「そうかな……」
見上げた佳澄は、僅かに視線を逸らした。このところ、みのりの
顔をまともに見つめるたび、不自然な心持ちが兆すのを感じていた。
みのりの表情が、言葉以上のものを送っているのはわかっている
のに、素直に受け止める事がどうしてもできなかった。
「もう、帰らなきゃいけないからさ。……スミは?」
「うん……」
小さな声になってしまう。佳澄は、長い髪を首の後で纏め上げる
と、そのまま頬杖をついた。
教室の中央に集まった女子の輪に軽く視線をやると、みのりは机
の前にしゃがみ込んだ。
「元気ないね、スミ。大丈夫?」
机に顎を乗せて、下から見上げた瞳。紛れもない、だれより好き
な人の顔。
「ううん、大丈夫。私も帰る」
のりちゃんが悪いわけじゃない。私の心の収まりが悪いだけ。わ
かってる。
けれど、並んで歩き始めた後も、曇った気分は抜けていかなかっ
た。紺のブレザーの肩を擦り合わせながら、二人ゆっくりとバス停
目指して歩いていく。ただ、いつもなら軽く絡めるはずの腕も、軽
やかに歩く背の高い姿に伸ばすのが億劫で、身体の前に合わせたま
まになっていた。
二人っきりで会っていない訳ではなかった。
休日にはデートをすることもあったし、その度に必ず身体を求め
合った。みのりに対する気持ちは少しも変わらない。いや、それど
ころか、以前よりもっと強く惹かれていく自分を感じていた。
だからこそ、どうしたらいいのかわからない。
「そんなことやめて、帰ろう。のりちゃん」―何度そう言ってみ
のりの手を引っ張って帰ろうと思ったろう。辛うじて自分を押し止
めているのは、そんな無理をすれば、みのりが自分に呆れ果ててし
まうかもしれない、その怖れだけだった。
佳澄は、みのりに想いを寄せるほどに、自分がどれほど独り善が
りで、感情の赴くままにしか生きられない人間なのかを思い知らさ
れるばかりだった。
「来週、デートする? スミ」
「……うん、そだね」
カバンを肩に背負ったみのりは、高く青い秋の空を見上げていた。
嫌味にならない程度の化粧がすっかり板についた、情熱的な丸い顔。
ショートカットだった髪の毛は、ミディアムレイヤーと言っていい
くらいに伸び、ふんわりと肩にかかって、秋空に似合う繊細な色を
帯びて見えた。
ずっと、一緒に……。
でもそれはかなうことないの望みだとも思う。みのりがどんなに
強く、優しくても、春日先輩と同じ気持ちにならないと言い切るこ
とはできない。
全てがあからさまになってしまった、去年の冬。誰よりも好きだ
と思っていた、二つ年上の先輩が口にした言葉は、信じられないも
のだった。たとえそれが、同性愛の関係をいぶかしんだ、双方の両
親を目の前にした状況であっても。
『遊びだったんです。女の子同士で付き合って行くなんて、でき
るわけがないですから』
そして、『そうよね、佳澄ちゃんも』と言って、静かな笑みを浮
かべて見せた。
―愛し合っていこう、私は佳澄っていう「人」が好きなのよ。
その言葉は、ベッドの上だけで囁かれたまやかしの言葉だったの
だろうか。それとも、都内有数の名門私立高校から次のステップへ
と登ろうとしていた先輩には、愛などという、ましてや面倒の伴う
同性に対する恋情は、捨て置くのが妥当だと思える程度の重みしか
持っていなかったのだろうか。
もはや佳澄に確かめる手だてはなかった。
ただ、みのりと知り合い、自分の感情の止めどもなさに気付くほ
どに、あの別れも先輩を求め過ぎたゆえの結末だったのではないか
と感じられてくる。
みのりは、春日先輩のような態度は決してとらないだろう。たと
え何が起こっても、私の我侭を受け入れて、優しくしてくれるに違
いない。内側では、私を許容できないと考えたとしても。そして、
そんな自分のどうしようもない性向が、二人の間を壊していくんだ
……。
「スミ」
気がつくと、立ち止まったみのりは、佳澄の二、三歩後ろに立っ
ていた。
振り向くと、近づいた大きな瞳が見下ろして、頬の辺りを指でつ
ついた。
「私、元気なスミが好きだな」
眩しい太陽。私の誰より、好きな人。愛している人。
「うん。ごめんね、のりちゃん」
佳澄は、薄い唇にできるだけ大きな笑みを浮かべて肯いた。
たとえいつか壊れるとしても、少しでも長く、みのりの側にいた
い。それが、自分に望み得る最良の道だと、佳澄は自らを納得させ
ていた。
慌しくホームの階段を駆け上がると、みのりは、人の行き交う改
札の天井から吊るされたディジタル時計の表示を見上げた。
十一時十五分。
待ち合わせの時間を十五分ほど過ぎてしまっていた。
まだ、化粧をする時間の感覚がつかめない時があった。まして、
佳澄とデートする時は、普段より念入りになってしまうので、どう
も待ち合わせに遅れることが多くなってしまう。
襟無しのピンクのブラウスに軽く羽織ったネイビーのシャツ、花
の模様の散らされた膝下までのラベンダー色のスカート。駅前へと
早足になると、サイドに入ったスリットが揺れて、伸びやかな足の
ラインが少し扇情的に見えた。
来てるかな……。
駅前広場の噴水を中心に、見慣れた姿を探す。とりあえず、佳澄
らしい人影は見当たらないようだった。噴水をぐるりと一回りした
後で、改札の方を向いて時刻を示す、大きな花時計の横に腰掛けた。
ベージュのハンドバッグを膝の上に置くと、もう一度駅の入り口
から広場までをぐるりと見遣った。
いつもの、三十分遅れかな。
スカートの裾を気にしながら、ざっくばらんに歩き出てくる人波
を眺めていた。
『のりちゃん、スカート可愛いよ』―佳澄の喜んでくれる顔が楽
しみで、スカートをはくことが多くなっていた。パンツスタイルに
比べるといろいろ面倒は多いけれど、これはこれで華やいだ気分に
なって、デートには合っているなぁ、と思うことが多かった。
ただ、今、脳裏に浮かんだ佳澄の顔は、少し冴えない色を浮かべ
ていて、みのりは心の中でため息をついた。
二学期に入って二ヶ月余り。少しずつすれ違っている気持ちを感
じないわけではなかった。
佳澄の持っている、強く、真っ直ぐな想い。どんな場所でも受け
入れ、満たすことができるなら、どれくらい簡単だろう。
「好きだよ、スミ」―学校の中でだって、必要ならば素直に抱き
締めて愛を囁きたい。そんな気分が兆さないわけではなかった。
でも、それでいいのだろうか。
私は、スミに恋していきたい。でも、それは、恋する場所がある
からなのだもの。
きっと、一歩下がったそんな気持ちが、佳澄にはもどかしいのだ
と思う。でも、みのりには他の方法が思いつかなかった。
今日のデートで埋め合わせしないと。スミ、どんな格好でくるか
な……。
「彼女〜」
後ろから、軽い調子の男の声が響いた。
「ウィッス」
振り向くと、もう一人の声。ジーンズにシャツ姿の男が二人、こ
ちらを見下ろして笑っている。
あ、この広場、結構ナンパスポットなんだっけ。
「あ、ナンパならなしね。人待ちだから」
「え、やっぱし? だよね、お姉さん、かわい綺麗だもん」
ウルフスタイルの黒髪が、しょうがねえな、という調子で口の端
を上げた。その優しげな表情と、「かわい綺麗」という言葉が、ど
ことなく心地良かった。ナンパされたのは初めてではなかったけれ
ど、声をかけられた後で多少引き気味にされるのが、今までの通例
だった。
「ふんと。お姉さん、大学生?」
もう一人の短く軽い茶髪があいづちを打った。マジ、心の中で息
を呑んだ。
「ご想像におまかせ」
大学生。私でも、そんな風に見えるんだ。
と、中肉中背の二人組みの向こう側に、見間違えようのない小さ
な影が現れた。立ち上がったみのりは軽く手を振った。
「お〜い、スミ」
ラベンダーのワンピースに、ベージュのジャケット。
うん、やっぱり気が合う。ばっちり同系色だ。嬉しくなって微笑
むと、佳澄も小さく手を振った。
「ありゃ、女の子じゃん」
「ほーっ、彼女もメッチャいけてんじゃん」
みのりの視線の先を見た二人組みは、無邪気に目を輝かせている。
近づいてきた佳澄は、側にいるのが全く関係のない人間でないと気
付いたのか、大きく迂回してみのりの右から側に寄り添った。
「……ごめん。また遅れちゃった」
「いい、いい。スミの遅刻はいっつもだもん。また、服?」
「うん、そんなとこ」
みのりは、男達に背を向けると、佳澄の姿を見おろした。
今日も、いつも以上に可愛くて、愛らしかった。軽くパープル系
が散らされた目蓋や、頬。唇も朱の中微かに青がかった色があって、
ワンピースの色と軽い調和を成している。
「このネックレス、この間買った奴?」
「うん」
白い首筋に光る、銀のチェーンに軽く指を触れた時、再びの声が
背後から響いた。
「ねぇ」
すっかり意識の外に消えていた二人組みを思い出して、上半身だ
けを後ろに向けた。
「なに? しつこいと、嫌われるよ」
「い、いやさ、俺達じゃ釣り合いとれんかもしらんけど、二対二じ
ゃん。ちっとぐらい、どう?」
黒髪の方が、みのりの視線に気圧されたように固い笑みを浮かべ
た。
冗談、別の子探して。言葉を発しかけたみのりは、斜め後ろで自
分にくっつくようにしている佳澄の様子に、口を結んで視線を脇に
逸らした。
そうだ、お昼くらいなら、悪くないかもしれない。スミにとって
も、いい経験になるかも。
「……そうね。いいよ。昼ごはんくらいなら」
「のりちゃん!」
驚きの叫びが背後から響いた。そして、握り締められる手。
「ラッキー! いやあ、男冥利につきるって。こんな美人二人と」
「おお」
みのりは佳澄に軽くうなずいた。
「大丈夫って。時間あるしさ」
切れ長の目を伏せ、歯を噛み締めた稜線を頬に浮かべた佳澄は、
小さく、「もう……」と悲しげに呟いた。
昼食が終わって、再び街を歩き始めたのが一時半。それから三十
分以上も、佳澄はずっと無言のまま、みのりの半歩前を歩いていた。
行き先は全く定まっていなかった。視線をやや斜め下にしたベー
ジュのジャケットを前に、ただひたすらに後をついていく。ややい
かり気味になった華奢な肩の上で、長い髪が秋の風に揺らめいてい
た。
佳澄に相談もなしに男達の誘いに乗ったのは、大失敗だったかも
しれない。
食事の間中ほとんど言葉を発さなかった、佳澄の能面のような顔
を思い出しながら、みのりはほぞを噛んだ。
私は時々、余計なお節介を焼いてしまう。スミが相手なら、そん
な気の遣い方する必要はないはずなのに。
人ごみを縫ってどんどんと歩いていく佳澄。半歩離れてついてい
くみのり。東へ向けてどんどんと歩く内、人影は疎らになり、両側
が広く開けた遊歩道にたどり着いた。
「バカ……」
小さな声と共に、佳澄は立ち止まった。俯いた背中が窄められ、
腕が身体の前で組み合わされていた。
「バカ。のりちゃんのバカ」
今度ははっきり聞こえる声だった。切迫を帯びた響きに、みのり
は背中に戦慄に近い感覚が走るのを感じた。
すぐに佳澄の背後に近づくと、肩に手をかけた。
……震えてる。
「大っ嫌いだ! のりちゃんなんて!」
「す、スミ……」
背中を見せたままの佳澄の声は、更に大きさを増していく。遥か
前方を歩くカップルが、こちらを振り向くのが見えた。
「大っ嫌い! のりちゃん、私の気持ちなんて全然わかってない。
ずっと、寂しくて、今日のデート、凄く楽しみにしてたのに! 私
の気持ちなんて、わかってないんだ!」
「ごめん、ス……」
謝ろうと開いたみのりの唇がそれ以上の言葉を紡ぐ事はできなか
った。不意に振り向いた佳澄が、持っていたポーチを下に投げ出す
と、両手で頬を挟んで、激しく口付けたから。
抗いようもなく引き寄せられると、すぐに唇を押し開いて、舌が
侵入してきた。手が首の後に回され、身体が密着してくる。
人の姿も見えない広い遊歩道の真ん中、南の空から柔らかい陽射
し輝く秋の景色。その穏やかさとは到底不釣合いな眺めが現れつつ
あった。
佳澄の右手はみのりの身体を滑り落ち、浅いスリットの入ったラ
ベンダーのスカートの裾から外腿を辿って侵入してくる。
す、スミ。
声を出そうとしたが、塞がれた唇からは、くぐもった音しか漏れ
ない。それどころか、更に舌は深く侵入してきて、どうしていいの
かわからなくなる。
外腿から臀部に回った指は、下着の上から強い愛撫を繰り返して
いる。そしてもう一方の手も、腰を抱き寄せると、唇から下半身ま
でをぴったりと密着させて、少し擦り合わせるような上下動を始め
る。
「だ、ダメだって、スミ……」
何とか唇を離して細い声で言ったが、腰を抱き締めた佳澄の愛撫
は止まらない。何処か必死ささえ漂う指の動き。下着の縁をくぐり、
直接ヒップを捉えた時、みのりは動揺より愛しさがこみ上げて、佳
澄の動きをとどめることができなかった。
「許さないんだから…」
小さな呟き。
みのりは心の奥底を錐の先で抉られる感覚に、佳澄の肩を柔らか
く抱き締めた。
「許してくれなくていいよ、スミ。好きにしてくれていい、わたし
のこと」
今初めて、みのりは自分が佳澄を思っているのと同じ、いや、そ
れ以上に、この愛しい女の子が自分を想っていることに気付かされ
ていた。
そして、身体を合わせたベッドの上。みのりは、幾度か小さな山
を通り抜けていた。
それでも、佳澄の愛撫は止まることがない。時間を経るほどに、
むしろ必死さを増して続いている。
「す、スミ。まだちょっと無理……。感じたばっかりだし」
少し焼けた肌を紅潮させながら、みのりは一糸纏わぬ姿を、ベッ
ドの上に晒していた。
「嘘ばっかり。もっと感じたいでしょ、のりちゃん」
さっきから変わる事のない、少し残酷さを込めた調子で言うと、
かすみはみのりの両足を抱え上げた。
「だ、ダメだって……」
腰を持ち上げられて、秘部を佳澄の目前に晒す格好になった。あ
まり落とされていないベッドサイドの明かりが、黒く縁取られた柔
肉の重なりを照らし出している様子が思われて、心の居場所がわか
らなくなる。
佳澄の唇が、躊躇いもなく濡れそぼった中心を捉えた。
「う、あ、ダメ……」
みのりのうめきなどお構いなしに、深く侵入してくる舌先。入り
口の赤く充血した花びらを唇が弄ると、ざらざらとした感触が奥へ
奥へとくすぐったいような快感を伝えてくる。そして、肩に足を抱
え込んだ手が、固く張った胸の稜線を捉え、激しく揉み上げてくる。
吸い上げる音。秘部全体が生暖かい唇に捉えられ、吸引される戦
慄にも似た快感。みのりは、切なさに唇を噛み締めて、佳澄の口淫
を堪えていた。
一度の大きな波と、幾度かの小さな潮をやり過ごした身体は、ひ
どく敏感になっている気がした。
今までにも幾度かあった、身体の中心が求めてしまうような感覚。
しかし、今日はさらに強く、心まで一緒に持っていかれてしまうよ
うな強度を帯びて、身体が囁きかけてくる。
それほどに、佳澄の愛撫は切ない真剣さを帯びていて、みのりは、
全てを受け入れようと心に決めていた。
スミの想いを、全部わたしが受け止めてあげる。
唇が離れると、足を抱え上げた状態のままで、佳澄の唇が唇に重
ねられてきた。
少し窮屈で苦しい態勢。でも、薄目を開けた視野に映った佳澄の
顔は、汗で上気してとても綺麗に見えた。
もっと愛して、スミ。もっと自由にしていいよ。
自分の香りを佳澄の唇に感じながら、侵入してくる舌を貪った。
激しい反応に力を得たのか、佳澄の手が、抱え上げられたみのりの
柔肉に再び向かう。
添えられた二本の指が、何の前置きもなく濡れて開いた中心に沈
みこんでいく。
「う……」
自然に漏れてしまった小さな喘ぎ。指は深く侵入してくると、少
し広げるような動きをしながら、中をかき混ぜてくる。
「いいでしょ、のりちゃん。気持ちいい?」
「うん、スミ……」
佳澄の責めるような調子は消えていない。それでもよかった。佳
澄が積もった思いを吐き出せるなら、それでいい。
「ちゃんと言って、のりちゃん。ううん、みのり。気持ちいいでし
ょ」
「いいよ。スミ。もっとして……」
残っていた理性も、快感の縁に消えていった。みのりは、仮初め
の官能の中に身を落としていく。
伸ばした手の先が、佳澄の中心を捉えた。もう、太腿までびっし
ょりと濡れて、溢れ出している。すぐに、大きく膨らんだ快感の核
を探り出すと、二本の指に挟みこむ。
そして、剥き出しのお尻の両肉の深みに、別の感触。
「はぁ……、いいよ。指、入れて。グリグリして……」
自分のものではないような掠れた声。でも、気持ちいいから。
「みのりのエッチ。そんなにこっちにも欲しいんだ。ほら……」
一瞬の違和感。しかし、関門を抜けた指の感触は、奥へと忍び込
んでくる。
あ、ダメ。感じちゃ、まだ……。
身体を揺るがしそうになった官能の波をやり過ごした。その我慢
は、おそらく佳澄にも伝わってしまったろう、そう思った。
「……イキそう? イキそうでしょ、みのり」
激しさを増した口調で責める佳澄。膣の中でゆっくりと動く二本
の指。そして、後の窄まりを抉り、微かな上下動を始めたもう一本
の指。頭の中で渦が回り、真っ直ぐな思考を組み立てるのは到底無
理だった。
「あ、うう、うん」
感情のままに言葉を発した。
「イキそうなんでしょ、イキたいなら言うの! イキたいって!」
「うん、スミィ、イク。わたし、気持ちよく……アァアア!」
激しい震えが身体を揺るがせた。伸ばしていた手で摘んでいた佳
澄の核を、滅茶苦茶になぞる。そして、佳澄の小さな吐息。
頭を中心に、じんじんとした快感が包み込み、暫くは息をするの
もやっとだった。ゆっくり愛し合った時とは微妙に違う、気だるい
ような痺れが首の辺りに残っている。
眉根を寄せて鼻で息をすると、佳澄がうつ伏せに崩れ落ちた。
肩に流れる髪の毛と、白い背中が見えていた。そして、向こうに向
けられた顔から、小さな呟きが聞こえた。
「……ごめん、のりちゃん」
少し掠れた声だった。みのりは、抜けていく快感の潮を感じなが
ら、首を振った。
「何であやまるの? スミ。ほら、こっち向いて」
そして、大きく手を広げた。
止まらなかった。
本当は、こんなことしてもどうにもならないってわかっているの
に。
全部をぶつけてしまいたかった。こんな悲しい気分になるなら、
もう終わりにしてしまいたかった。みのりが感じれば感じるほど、
滅茶苦茶にしたくなった。もっと喘がせたくなった。
「イクっ!」
でも、みのりが何度目かの叫びを上げ、自分も小さな潮に身を任
せた後に感じたのは、行き場のない空虚な気持ちだけだった。
もう、みのりの顔をまともに見ることができない。私はただ我侭
なだけだ。子供みたいに駄々を捏ねてるだけなんだ。
こんな子、好きでいてくれる人がいるわけない。
「ごめん、のりちゃん」
絶望的な思いに打たれながら小さく呟いた時、予想もしていなか
った台詞が聞こえた。
「何であやまるの? スミ。ほら、こっち向いて」
肘をついて上半身を起こし、おそるおそる視線をやると、一糸纏
わぬ小麦色の身体が、両手を広げていた。
少しも変わらない、大らかな微笑。笑ったような眉の下の、大き
な黒い瞳。
「スミ。おいで。だっこしてあげる」
「のりちゃん……」
言われるままに、身体を預けてしまった。張りのある胸の上に頭
を乗せると、優しく包み込んでくる腕の温もりを感じる。
なんだろう。身体の中が、熱くなっていく。背中がジンジンして
……。
「好きだよ、スミ」
突然、堰を切ったように溢れてくる大粒の雫。止めようとしても、
まったく止まらない。すぐに目の縁からこぼれ、みのりの裸の胸に
流れ落ちていく。
ゆっくりと髪を梳く、みのりの指。
その温かさを感じた時、佳澄は悟っていた。
みのりは、最初から私のことをわかってたんだ。理屈じゃなくて、
私そのものを受け止めてくれていたんだ。
好き、大好き。
言おうと思ったけれど、涙が溢れて、言葉を紡ぐ事ができなかっ
た。しゃくりあげるばかりで、声が出なかった。
「ごめん、のりちゃん、私、のりちゃんのこと……」
ようやく言葉が形を取った時も、みのりの手は優しく佳澄の肩口
を愛撫していた。どうしても言わなくてはならない、本当にみのり
が好きだと。昔の恋とは違うんだ、と。
「どっかで疑ってた。昔、私が……」
肩から回った手が、唇を塞いだ。そして、頭の上から聞こえる、
穏やかな声。
「スミ、どうでもいいよ。そんなこと。私、スミが好きだよ。スミ
だったら何でもいい」
また、涙が溢れそうになる。でも、今度は。
「私も大好き。ううん、愛してる。愛してるよ、のりちゃん」
身体を起こして言うと、首筋に手を回して、勢いよく抱きついた。
……太陽の匂いがする。
みのりの首筋から香る、心地良い体臭。佳澄には、他のどこでも
手に入れられない愛しい匂いに感じられた。
そして、そのままきつく抱き締め続けていた。どれくらいの時間
だったろうか。佳澄は、大きく息をついて、みのりの横に仰向けに
なった。
「ごめんね、のりちゃん。痛くなかった?」
顔を横に向けたみのりは、軽く首を振った。
「謝らなくていいって。別に、痛いことされてないし」
「……もう、強引なこと、しないから」
みのりは、クスッと笑った。
「いいよ、別に。だって、気持ち良かったもの。ちょっとゴムタイ
なスミも好きだな」
「もう、のりちゃんのエッチ」
「うん、そうだよ」
みのりは大きく伸びをした。その姿が、とても眩しい。
「私、凄くエッチで淫乱だと思う。スミの事考えると、どうしても
そうなっちゃう。でも、全然嫌じゃないんだ、これが」
佳澄は、屈託のない姿にクスクスと笑い声を立てた。
「じゃあ、また愛してあげるね、いっぱい」
「うん。でも、今度は私もね。スミにもいっぱい『イって』もらわ
なきゃ」
「もう、のりちゃん。どうしてそんなんなっちゃたんだろ」
「素質と、」
身体を起こすと、軽く唇を触れ合う。
「スミの指導のおかげ」
二人はどちらからともなく微笑むと、その表情はやがて破顔の笑
いになり、最後には大声を上げて笑い合っていた。