第八章 身体・求めて、心・溶け合って

 始まりは、佳澄の家の広いバスルームでだった。
 熱く湧かされた湯船から立ち昇る暖かい湿り気の中、膝立てをし
たみのりの大柄な背中に、佳澄の華奢な身体がぴったりと密着して
いた。
 柔らかい双丘が押し付けられ、脇の下から廻された手が、身体の
稜線を辿り、ゆっくりと太腿へと下ろされていく感触。
 みのりは顎を少し突き出して、小さな吐息をついた。
 ボディソープの滑らかな泡が、フローラルな香りとともに、二人
の身体の間で潤滑する。
 耳元にかかる熱い息。佳澄の唇が首筋に触れ、肩口へと柔らかい
くちづけを繰り返す。
 それだけで身体の所在があいまいになるような漣が背筋を通り過
ぎて、唇を噛み締めた。そして、ゆるゆると上下動する身体の接触
が、さらに大きな波へと誘っていこうとする。
「あ」
 小さく声を出した瞬間、おへその辺りをさまよっていた指先が、
一気に足の間へと滑りこんできた。すっかりしこり出てしまってい
るはずの根元を挟み込む二本の指。
 すぐに擦り上げるような動きを始めると、切ないほどに高まる感
覚に、嗚咽を漏らしそうになった。しかし、その口元はすぐに異物
感に塞がれてしまった。
 肩口から廻されたもう一方の手が、揃えた二本の指を侵入させて、
捻るような動きで口腔内を抉る。
 あ、もう……。
 核の周辺を弄られると、桃色に咲く花だけが意識全てを満たして、
捻じ込まれた指に舌を絡め始めてしまう。
 佳澄の細い指先をねっとりと包み込み、指の股までに舌先を伸ば
して舐めとっていく。
「う……」
 最も敏感な頂きに触れるか触れないかで通り過ぎた指先が、開い
た花弁の際に下り、周辺をなぞる動きをする。開いた二本の指が柔
肉の両脇を軽く押し広げると、みのりは心の中で小さな声を上げて
しまっていた。
 だめ、触って。もう、そんなにされたら……。
 と、密着していた佳澄の身体がふっ、と離れ、抱えるように両手
を腰に添えた。
「のりちゃん、こっち向いて」
「え?」
 濡れた黒髪の下、切れ長の瞳が艶やかさを帯びて見つめ上げてい
た。
「ほら」
 腰を掴んだ手が、持ち上げるような動きをする。振り向いたみの
りは、そのまま押されるようにバスタブの縁へと腰掛けさせられて
しまった。佳澄はその場に跪き、ふとももの付け根に手をかけると、
大きく足を広げようとする。
 反射的に太腿に力を入れてしまう。モスグリーンで統一されたバ
スルームは、柔らかいけれど明るいライトで照らされていて、この
まま足を開いてしまったら、屈みこんだ佳澄の目の前に何もかもが
晒されてしまうだろう。
 ベッドの中ならともかく、こんな所に腰掛けて全部見せてしまう
のは……。
 あ、ダメだって。スミ。
 割り込もうとする手に、きつく足を閉じると、上を向いた佳澄が
唇を軽くへの字にして、悪戯っぽい表情を作った。
「もう、ダメだよ、のりちゃん。そんなイケズすると」
 そして、太腿に添えた手を離した。
「……いいの、やめちゃっても。さっき、すごくいい感じだったよ。
のりちゃんの」
 普段の高く細い感じより、ずっとトーンの下がった、どこかなじ
るような調子の声。
「もう、スミ。でも、ちょっと恥ずかしいよ……」
「ウソばっかり」
 本当はわかっていた。このまま足を広げて、佳澄の舌と指で愛し
て欲しい。でも、呆気なく認めてしまったら、ただ身体を求めてい
るだけになってしまう。
「ほら、みのり」
「う、うん……」
 だから、これは言葉も含めたやり取り。スミと私だから、愛し合
っている同士だからできる……。
「見ててあげる。自分で開いて、みのり……」
 佳澄の声も少し上ずった感じになっていた。
 みのりはバスタブに腰掛けたまま、ゆっくりと足を広げた。片手
をついて、目を閉じて。
 い、息が……。
 佳澄の顔が寄るのがわかった。でも、唇は触れない。みのりは、
さらに大きく足を広げると、腰をせり出すようにした。
 生え揃った草むらの下、柔肉が花弁の奥に赤い色を覗かせ始めて
いた。
「み、の、り」
 言葉と共に、息が粘膜にかかる。
 だ、ダメ。
 衝動的に、残った右手を肉の合わせ目に這わせた。そして、人差
し指と中指を花弁の両側に当てると、大きく押し開いた。
「スミぃ……」
 吸って。お願い、舐め……。
「あぁ!」
 熱い息に包み込まれていた。一気に中へと侵入してくる生暖かい、
舌先。そして、下腹に添えられた手の平が、肉を上に持ち上げるよ
うにしてクリトリスを剥き出しにする。そして、もう一方の手が、
尖り出した核に指を当て……。
 ――あの秋の日以来、驚くほど早く過ぎ去ったみのりの時の傍ら
には、いつも佳澄の姿があった。
「みのり、中間のポイントのコピー、いらん?」
 ある日の放課後。試験前に交わされる当たり前の会話に、みのり
は首を振っていた。
「ああ、いいや、ミッチー。どうせ、適当にこなすつもりだしね」
「そう? やばくない」
 ベリーショートの下の丸顔が、ふーんと言う感じで僅かに目を見
開いてみせた。
「ああ、いいんだって。どうせ、しばらくは八百屋に就職だしね」
「いいよね、取りあえず食いはぐれのない方は」
「気楽に言いなさるなって、カナ。そんな楽なもんじゃない……」
 机に肘をついた眼鏡の細面に言葉を返そうとした時、高く大きな
声が右手から飛んできた。
「のりちゃ〜ん、帰ろ!」
 カバンを抱えた紺のブレザー姿が教室の入り口に立っていた。
 以前より少し短く切られた髪は、廊下からの風で少しパサパサと
開いた感じで翻っていて、物静かさとは程遠い姿に見えた。
「お、スミ。済んだ?」
「うん。何か、いろいろ言われたけど」
 並んだ緑色のロッカーの前を軽やかに歩いてきた佳澄は、みのり
の前で軽く舌を出して見せた。
「ふ〜ん、三瀬姫に言う事なんて、何にもないような気がするけど
な」
「ふふ、そうかな」
 ミッチーの方に軽く微笑むと、佳澄はみのりの腕を取った。
「付き合う約束でしょ、のりちゃん。のろのろしてたら、時間にな
っちゃう」
「はいはい」
 みのりはグリーンのトートバッグを持ち上げると、ミディアムに
伸びた髪を揺らして、椅子に座った二人に声をかけた。
「じゃ、先するねぇ。面談、適当にかわしときなよ。特に、ミッチ
ーはね」
 バッグを持った腕に、すかさず佳澄の腕が回された。
「へいへい。相変わらず仲の良い事で」
「本当に。見ているこっちが当てられちゃう。だいたい、あんた達、
感じまで似てきてるよ。三瀬さんも、髪短くしちゃうし……」
「え、そうかな」
 斜め下の視野の中で、佳澄は嬉しそうに微笑んだ。緑色の髪飾り
が、額の横で光っていた。
「……のりちゃん、お似合いだって」
「はいよ、スミ」
 佳澄の屈託ない表情を見たとき、みのりは自然に微笑んでしまう
自分を感じていた。
 スミが笑った時、胸に兆す言いようもない暖かい気持ち。私は、
この気持ちが何より好きだ。これが、何と名づけられるものであっ
ても……。
 そして今、ベッドの上の佳澄は、その柔らかい笑みを浮かべて、
みのりを見下ろしていた。
「のりちゃん、大好き」
 眩しく白い肌からは、風呂上りの心地良い香りが漂い、鼻腔をく
すぐる。
「好きだよ、スミ」
 鼻の頭が擦れるほどに顔を近づけ合って、目に映る互いだけを求
める。みのりの大きな黒い瞳は、佳澄の細く茶がかった瞳を捉えて、
そこに浮かぶ自分の色を確かめて止まらない。
 唇を結び、息も忘れるほどの時間。
 みのりは発作的に両手を佳澄の頬にあてがうと、強く引き寄せた。
 腕の支えを解いた佳澄の身体が、一回り大きなみのりの身体に重
なり、なめらかな唇の感触だけが、目を閉じた心の風景に残った。
 先に舌先で唇を割ると、ゆっくりと歯ぐきの上をなぞるように湿
った感触を共にする。頬に当てた手をそのままに、より強く唇を押
し開くと、佳澄の唇も大きく開き、舌の先と先が絡み始めた。
 口腔の奥深く、舌の根っこまでをなぞり合うと、佳澄の肩が微か
に震えるのに気付いた。
 バスルームで何度かの頂きを通り越した自分と、未だ快感の軽い
潮だけに止まっていたに違いない佳澄。さらに強くなる震えを身体
全体に感じ取ると、華奢な身体が愛しくて仕方がなくなった。
 頬に当てていた手を、そのまま髪の毛の中に差し入れると、首筋
に手を下ろす。そして、唇を合わせたまま、身体を反転させた。
「う……」
 喉の奥から、小さなうめきが漏れた。
 スミ、感じさせてあげるね。
 上になったまま、さらに唇を貪る。普段は小さく押さえている衝
動が膨らむのを感じた。
 愛する佳澄を、思う存分気持ち良くしてあげたい。大きな声を上
げさせて、何もかも忘れさせたい。あの大波に沈めて、悶えさせた
い……。
 腕を首に回して、首を左右に動かしながら、激しく舌を口腔の中
で暴れさせた。流れ込んでいく唾液。やがて、その動きを受け入れ
るばかりになった佳澄の喉の奥から、少し苦しげなくぐもりが漏れ
出た。
「はあ……」
 ようやく唇を離すと、腕の下で身体を紅潮させ、ぼんやりと視線
を散らした様子が可愛い。
 少し距離のできた裸の胸と胸が、揺れながら接し合っているのに
気づいた。
「ふふ、スミ。気持ちいいみたい」
「うん……」
 いつもは落ち窪み気味になった乳首はすでに赤くせり上がり、み
のりの丸い頂きとせめぎ合っていた。おわん型の胸に手を添えると、
柔らかげに広がった白い丘の頂きに擦り合わせた。
 クリクリとした感触がくすぐったい。
 お互いに視線を落とすと、触れ合うニプルの感覚から広がる小さ
な快感のやり取りに夢中になった。
「あ、あ……」
 細い声が、少し反り上がり気味になった喉元から聞こえた時、み
のりの身体は急降下を開始した。
 首筋から脇、脇から胸。一瞬蕾を唇に含むと、さらに下り、おへ
そから丘の麓へ、そして、草むらの奥へ……。
 甘酸っぱい香りに包まれると、すっかり充血して開いた花弁に唇
を合わせた。その瞬間、突っ張るような動きをする腰と、軽く耳元
に添えられた手の感触。
 ……スミ、感じたいんだ。
 片手を細い腰に回し、もう一方の手を、耳元に添えられた手に合
わせた。すぐに指が絡み合い、強く握り締めてくる。
 佳澄がどんな感覚に襲われているか、あらかた想像ができた。
 そうだよね、一杯吸って欲しい。奥の、一番奥まで舐めて、抉っ
て欲しいよね、スミ。
 腰に回した手で、濡れた膣の入り口をぐっと引きつけると、溢れ
出る雫を唇に受け取りながら、舌先を中心へと進めた。
「あ、のりちゃん……」
 絡んだ指が動き、片足が首に回される。腰に回した左手で、強く
臀部を握り締めた。
「う……」
 あ……。
 奥まで分け入った舌が、微妙なひくつきを感じ取った。みのりは、
一瞬全ての動きを止めると、その波が行き過ぎるのを待った。
「だ、ダメ……」
 か細い声だった。ううん、それでいいよ、スミ。もっと感じさせ
てあげるから。
 泉の奥から舌を抜き取ると、大きく開いたラビアを軽く唇に含み、
黒く縁取られた周縁をなぞりながら、さらに下へと落としていく。
 こんなに奥深くまで佳澄の源を愛するのは初めてだった。
 みのりは、頭の中を染め上げる官能の炎をそのままに、舌先で細
い道筋を辿っていった。そして、両手で佳澄の両足を抱え上げると、
さらに奥まった場所へ唇を……。
 ――その日一緒に見た映画は、少しセンシティブな恋愛ものだっ
た。
 シネマ通りの一番館の上映であるにも関わらず、観客がひどく疎
らな館内。二人は肩を並べてスクリーンに見入っていた。
 映画の内容は、奇妙な三角関係が主軸の物語で、ヒロインを秘め
て恋慕する同性の友人の存在が一つのキーになって、主人公との関
係がハッピーエンドを迎える、というものだった。
「……もう、しょうがないよね。あの子」
 正直な気持ちだった。顔とスタイルがいいだけの男主人公に比べ
て、ヒロインへの思いを残したまま身を引いた友人の方が、どう考
えても魅力的な人間に思えた。
「私もそう思うな。なんでこうなのかなぁ。ホモとかレズとかの登
場人物って、道化まわしにしかならないんだよね」
 映画館の階段を下りた後、みのりはあ〜あ、といった感じで両手
を天に伸ばした。
 その様子を横目に見ると、佳澄は垣間見えた白いブラウスの腰に、
腕を回して身体を寄せた。
「こら、スミ」
「へへ。でも、私の中では、あの子はハッピーになったことにした
んだ。あんなイケズな子は忘れて、凄くカッコイイオンナの子と結
ばれてる。絶対、そうだと思うよ」
「もう、スミらしいなぁ」
 身体を密着させても少しも怯むことなく、肩に手を回してくれる
みのり。佳澄は、こうしているだけで満たされる自分を感じていた。
 遊歩道を行き過ぎる人の中、同性とはいえあまりに親密な様子に、
振り返り、興味深げに注目する人もあったが、ほとんど気にならな
かった。
 みのりが自分を受け止めてくれる。だから、自分も強くなれる。
変わっていける。
 食事をして、並んで立った駅のホーム。既に辺りは夜の闇に落ち
つつあった。
「スミ」
 小さく呼びかけられると、絡めていた腕がそのまま引き寄せられ、
みのりの大きな瞳が近づいてきた。何をされるかはすぐにわかった。
長い睫毛に縁取られた目を閉じると、その柔らかく湿った感触に身
を任せた。
 長い、いつ果てるともなく続くキスだった。
 夕闇のホームは秋の終わりの風と、淡く光る明かりに包まれて、
静かだった。
 急ぎ足で行き過ぎる人波。制服姿の二人が、合わせた唇をそのま
まに、手を肩と腰に回し合った一角だけが閉じた空間になって、ぼ
んやりと光っているように見えた。
 みのりと一緒なら、どこにだって行ける。どんなことも怖くない。
その時、僅かに絡んだ舌先の感触に身を任せながら、佳澄は心の中
で、はっきりと言葉を作っていた。
 そして今、みのりの暖かい息が、溢れ出た泉の縁から会陰部へと
向かい始める。佳澄は愛される充足感に満たされ、うねる官能の潮
に翻弄されていた。
 みのりからこんなに丹念な愛撫を受けるのは初めてだった。
 でも、息もつかぬほどに密着しあった身体は、自然に求めるほど
に動き始めてしまって、止める場所がないほどに昂まってしまって
いた。
「のりちゃん……」
 唇を噛み締めて、腕に抱え上げられた膝頭が震えるほどの快感を
耐える。お尻の奥まった場所へと続く小道を、みのりの暖かい舌が
辿ると、ひどく弱い場所だったことを思い出さずにはいられなかっ
た。
 反応に力を得た様子のみのりが、赤い肉の合わせ目から茶色に窄
まった場所の寸前までを、繰り返しなぞっては戻る。
「だ、ダメぇ……」
 小さな波が腰から背中へと上り、身体全体へと広がっていった。
動きを止めたみのりは、奥まった場所に唇をつけたまま、身体を斜
にした。
 満ち溢れる快感に、もう、真っ直ぐに何かを考える事ができない。
ほとんど夢心地のままで、みのりの太腿に手をかけると、自分の顔
の方へ引き寄せた。
 僅かな抵抗を退けて足の間に顔を置くと、薄く開けた視野に、見
慣れた、でも愛しくて儚げなパーツがあった。
 円形の草むらの下に広がるみのりの赤い柔肉は、触れなくてもわ
かるほどに濡れそぼり、指を触れたクリットは、限界まで膨れ上が
っていた。
 頭を上げると、小指の先ほどに尖り出したその場所に、窄めた唇
で吸いつく。
 瞬間、足の間で蠢いていた唇の動きが、一層激しさを増した。舌
が素早く上下に振幅し、窄まった場所にまで届く。
 同じだ、のりちゃんも。私とおんなじ。感じて、真っ白になりか
けてる。
 佳澄は、みのりの豊かな臀部に手を回すと、秘められた部分全部
を唇で覆った。上になっていたみのりの身体が横に崩れ落ち、互い
に横臥する形になって、口淫の交歓を繰り返し続ける。
 皺をほぐすように、窄まった場所にみのりの舌先が届くと、少し
背徳的な戦慄が行き過ぎ、また戻り、溢れ出た雫を掬い取りながら
ラビアの内側を弄られると、膣の奥までが溶け出すような快感が広
がり、先端を露わにした核を吸い出されると、痛感にも似た震えが
意識全部を危うくする。
 イコ、一緒にイコ!
 最後はもう、自分も、みのりの何処を愛しているのかわからなく
なっていた。ただ、頭の中で白くて輝く光が暴れ回っていた。
 のりちゃん、のりちゃん!
 吸い出した唇の中で膨れ上がった核に、軽く歯を当てた瞬間だっ
たろうか。みのりの足が強く自分の頭を挟みこみ、ぶるぶると震え
て絶頂を告げた。そして、膣の入り口を包み、差し込まれた舌の感
覚が、佳澄の意識も真白に埋め尽くす。
 長い長い官能の震えは、入り口からお腹の奥までを満たす大きな
波になって、か細い声へと変わり、止まらない。
「うぅぅ……」
 みのりの低い声も、腰の辺りから響き続けていた。
 こんなに、気持ち良く、なれるんだ……。
 言葉が頭の中で紡げるようになったのは、大きく満ちた潮が、ゆ
っくりと引きはじめた、数分ほどの後だったように思う。
 身体を反転させたみのりが、一回り小さな身体を包み込んで、背
中から腰へ、太腿へと静かな愛撫を繰り返してくれていた。
 大きな息をつくと、しっかりとした腰に手を回して、その心地良
さに心を委ねた。
 しばらくは、何一つとして言葉を作る必要がなかった。確かにみ
のりの一部分が自分の中に残っている気がして、それだけで譬えよ
うも無く心地がいい。
 愛してるよ、のりちゃん。
 心の中で呟くと、抱え込んだ腰をさらに強く抱き締めた。
「スミ……」
 髪の毛の中に差し込まれ、ゆっくりと撫でる手の平。胸の中に顔
を埋めていると、少し汗ばんだ香りの心地良さと暖かさで、心の全
てが溶け出していくような気さえした。
 ブンブンと、暖房の音が響く部屋。足元に手を伸ばしたみのりが、
裸のまま密着しあった二人の身体に、緩やかに毛布をかけた。
「このまま、寝ちゃおうか」
 低い声で言うと、腕の中の佳澄も小さく頷いた。
 心と身体を共にする間柄だけに許される、穏やかで暖かな触れ合
い。その心地良さに包まれたまま、二人は目を閉じた。
 ほどなく、夜の帳に落ちた静かな部屋に、低い寝息が重なって響
き始めた。
 それは、永遠の時。決して果てる事がないように思われる、満ち
足りた空間…………。

扉ページに戻る 前章へ  次章へ