エピローグ

 連れてこられた建物は、灰色で四角くて、あまり面白そうなとこ
ろじゃなかった。
 職員室みたいな、たくさん机が置いてある部屋にくると、しらな
いおばさんがのりママに言った。
「今日は、お父さんは一緒ではないんですね。そちらが、お子さま
ですか?」
「ええ、息子と、一緒に暮らしている三瀬さんです」
 おばさんは、ふうんという顔で見た。でも、僕は「お子さん」じ
ゃない。
「歩夢だよ」
 名前を教えてあげると、「はい、歩夢くんね」って、ホント、先
生みたいな人だった。
 廊下の向こうにあった大きな部屋には、なんだか面白そうなおも
ちゃが置いてあった。でも、幼稚園ぐらいの子向きかな。僕は、あ
んなのでもう、遊ばない。
「今日は、遊びにきたんじゃないからね」
 スミママは言ったけど、そんなことは、わかってる。
 時々小さい子がやってきて、またどっかへ走っていく。大きい子
はいないみたいだ。やっぱり、幼稚園みたいな感じだなぁ。
 そして、教室の半分ぐらいの大きさの部屋で会った子は、ちっち
ゃい女の子だった。たぶん、三才ぐらいかな。菜奈がそれぐらいだ
から、たぶん、そうだ。
「こんにちは」
 のりママは、前に会ったことがあるみたいだった。
 あ、そうか。って事は。
 とっときのビックリボール、透明で中に星がたくさん入ってる奴
を取り出すと、
「ほら」
 見せてあげた。
「ポン?」
 その子はまん丸い顔で聞いた。うん、そうだよ。
「うん、ポン」
 床に落とすと、ポンポンポン。跳ねているのを、あっち、こっち。
 その後、庭、かな、裏の方にある木の並んだ所をちょっと歩き回
って、バイバイをした。
 来る時にも乗っていた電車は、客車に青いラインが入ったカッコ
イイ奴だった。北の方を走ってる、ってことは、地図の上の方って
ことだ。今度、また乗りに来たいな。
 のりママとスミママは、話をしてる。可愛い子だったね、とか、
それぐらいしか言ってる事がわからない。難しい話には、興味ない
けど。
 でも、やっぱり、あの子がそうなんだな。
 そうか、きっと、もうすぐなんだ。いつだったっけ、「妹ができ
るかも」って聞いたのは。
 妹ができると、母さんは大変だろうな。
 ちょっと、ごちゃごちゃするかな。話も、きいてもらえなくなっ
たり、とかするのかなぁ。
 でも、そんなみみっちい事は僕は言わない。なんたって、二人も
お母さんがいる人は、いないからなぁ。お父さんはいないけど。
(あ、時々会える「お父さん」はいたっけ)
 家がもっといっぱいになるのは嬉しいな。いっつもいろんな人が
くる家だけど、もっとたくさんになると、きっともっと楽しい。
 そうだ、あの子がきたら、何をして遊ぼうか。裏の地グモ取りと
か、できるかな。美咲は怖がったけど、あの子なら大丈夫そうだな。
あ、三才じゃ小さすぎか。う〜ん……。
 電車を乗り換えて、いつもの奴に乗ると、すぐに仲町前についた。
 階段を下りてきて出口に来ると、あ、まだ降ってるなぁ。
「止まないね」
 のりママが言った。電車に乗ってる時から、雨が降り始めてたん
だよね。
「持ってる?」
 後ろを向いたのりママに、スミママが言った。
「あるよ。持ってきてないでしょ?」
「任せとけばいいからね」
 そして、二人でにこにこして、ふふふ、と笑った。スミママが傘
を出して広げた。大きな傘だ。
「あー坊も、入ってくか」
 腕を組んだ二人の母さん。いっつも、すごく仲がいい。
「いい、僕は。そんな降ってないし」
「そうか?」
「うん」
 母さんと一緒に傘に入ってたら、笑われるって。わかってないな
ぁ。
 あ、そうだ。やっぱり、聞いておかないと。
「ねぇ、いつからなのかな、あの子」
 夏からかな、のりママが言った。そのくらいだよね、スミママが
うんうんと言う。
 そうか、結構先だなぁ。今が春だから、次が夏……、まだ学校に
ずっと行ってからか。
 う〜ん。
 でも、楽しみだなぁ。きっと、毎日いろんなことがあるぞ。
 絶対に。

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