Live

「彼女」はそこに捨てられていた。
雨に濡れたまま。
外れた関節。
ボロボロになったレースの服。
閉じた目と口、色の落ちたスキン。
どうやったところで、もう、動かない。

久しぶりの「デート」だった。
すごく古い言葉だ、「デート」。
黒く煤けた柱の間を、歩く。
錆付いたフェンスを横、歩く。
さっきから、雨が降ってきていた。
わたし達の肩にはかからない。
ずっと、高架の下を歩いていた。
いい傘がわりかもね、ダウンナーには。
もう、この上を走らなくなったクルマと同じ。
あ。
ブゥーン。
クルマが過ぎていった。
まだ、使っている人間が、いるんだ。
ふふふ、ふふふふ。

「何笑ってんだよ、お前」
「面白かったから」
「狂ってんなぁ。そんなオモシレぇか、空が」

空――。
埋め尽くした無機物の合間、まぶしい。
やっぱり、そう思う。
目が痛い、のかもしれない。
PIBなしの外の景色。
シングルビジョン。
暗くて明るくて、まぶしい。
今でも、そう思う。

立ち止まっていて、歩き出した。
手が少しだけ、グッと。
ずっと繋いだままだった。
何も言わない肩、ゴツゴツした手。

時々すごく、優しい。
よくわからないな(ダウンナーは)。
ああ、そうか。
今は、わたしも。

ふふふ、ふふふふ。

街の中。
洪水。
溢れすぎて、何も見えない。
人も、車も、モノも、全部、全方位から。

「よ、あいかわずラブラブだな」
「違ぇよ、おもり。こいつ、一人で出したら迷子だからな。かと言
って、カンキンしとくわけにいかんだろ?」
「まったくだ。で、ど〜よ、捜索来たか?」
「あるわけねぇって、もう、キズもんだもんな、な、レナ」
「おまえなぁ、デリねぇよ、それ。な、レナちゃん。レナちゃんの
方が、いてやってんだもんなぁ。じじぃのとこにさ」
「じじぃってなぁ、いちおうタメだぜ、こいつと俺。これでもさ」
「見えねぇ見えねぇ、1000パー。だいたい、設計図が違うってさ、
な〜、レナちゃん」
「お〜、久しゅう〜。死んでなかったか。しぶてぇな〜」
「おぅ、バカ殿。こっち、やってっか。へっへ」

どんどん集まってくる。
まわりの「ヒト」は、どんどん過ぎていく。
ここだけ、透明。
プリフェイスには何が映っているんだった?
リアルモードにしていれば。
よく覚えてない。
リアルモードなんて、使わなかった。

キレイな街路樹。
アザヤカなオブジェ。

ふふふ、ふふふふ、そうだった、そうそう。

「ふふふ、あははははは」

「お、レナちゃん、笑った。もしかして、ウケ?」
「ああ、違う違う。なんか、ぐるーり、考えてんだろ。いっつもさ
っぱりだ、俺にゃ」

ふふふ、あははははは。
IDなければ、オブジェ。
劣化遺伝子なら、木と同じ。
本当に、本当だ。

帰り道。
雨が上がった。

ちょっとだけ寄り道しよう。
匂いが好きだ。
コンナ、ニオイ。
濡れたみたいな、もわっと……。
だから。

コンビニで買ったドリンク。
「ほれ」
おしるこが、暖かい。
「……おいし」
「だよな」
こんな風に、こんなところでドリンクを買っている。

『180円です』

コインなんか、払って。
「サンキュ、ご苦労さんな」
販売ロボに挨拶なんかして。

手の上に乗ったおつり。
灰色の硬貨。

「今日は笑わねぇんだな」
うん――不思議な気はするけどね。あいかわらず。
なんだか、こんなことにも少し、慣れたのかもしれない。

――「彼女」を見つけたのは、そこだった。
コンビ二の裏の空き地。
銀色の格子で囲まれたゴミ置き場。

だらんと伸ばされた白い足。
うつむいて、折れ曲がって見える首。
ボロボロになったレースの服と、真っ黒い髪。
『電気機器は、販売店へ回収を依頼するか、廃棄物処分場へ連絡の
上――』
赤い警告の紙が、頭の上に、斜めに貼られている。

「あ〜あ、ひでぇなぁ」
かがみこんだジャンパーの背中。
地べたに伸びた手を持ち上げて、顎に手を当てる。
髪の毛がひと房、下に落ちた。
まつげの長い黒い瞳が、見開いたまま。
「あ〜、どうかな、こりゃ。ソフトが生きてれば、何とかなるかも
な」

見覚えのある顔。
そうだ、あの子だ。

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学習時間、終了。
雑多な情報。
頭の半分が、熱い。

Diveしよう。
冷やさなければ、破裂する。
PIBの樹脂が、冷やしてくれる。

『脳波チェックOK』
『代替感覚機能ALL-ON』

Sign----material-object linking
かすかに見える。

そう。
いいかもね。

今日は、自分が嫌で仕方ない。
いつもより、ずっと。

脳の奥が光る。
connectすれば、狭い部屋がreal on image。
重なって、ゆらゆらする。
ALLイメージングより、尖ってガサガサな。
古いシステム。

IDを出力。
O.K?----Welcome!

手の平を一瞬、見る――細くて白い指。
はだけた胸。
ツンと立った乳首。
レースのブラ、レースのアンダー。
真っ黒な髪。

「抱いてぇ」
腕の下――可愛い娘。
赤い髪の。

たぶん、中身は……。
そんなこと、どうでもいい。

腰の奥で、震えるような感覚。
アンダーインナーを押しのけて、そそり立つ。

手指でゆっくりと上下に。

そう。
わたしは、Sex-Doll。
この子を可愛がって、泣かせて、狂わせる。
そして、注ぎ込みたい。
何もかも。
溢れて、壊してやる。

「ちょうだい、それぇ」
硬くそそり立ったモノに、絡みつく。
湿った感触。
背中が震える。
臀部へ回り込む指。

ジュポ、ジュポ……。

壊す、壊してやる。

「あ、いい、それ。もっと、動かして」

腰をつかんで、こね回す。
突き上げる。
叩き込む。

根元に火がつく。
そう、これ。
この、感じ。

「イケェ、このブタッ!」

脳の奥に響く、嬌声。
何もかも、埋め尽くす。

長く、長く、放出し続ける。

霞んだ景色。
狭い部屋の、鏡に映っている。
青いベッドの上。
後ろから組し抱いている。
細身の男、か。
イメージ――ほころび。
鏡から、見つめている。

黒い下着、黒い髪、黒いまつ毛。
黒い瞳が、見つめている。

close。

ノイズ。
頭痛―吐き気―嘔吐。
ノイズ。
まだ、脳の隅でチカチカしている。

これだから、古いシステムは。

何か、食べないと……。

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いつまでやっているんだろう。

ずっと見せていた背中。
鉄の台の上、置かれた工具。
手が伸びて、持ち上げられて、また、置かれる。

「メシ? なんかチンして食べろよ」

別に、いいんだけれど。

「それとも、なんか作ってくれんのか?」
にやにやと笑う。
続けて早口な言葉、意味を取るまで、時間が少し。

バカ。
そんなことばかり、言う。
確かにわたしは、まともなものなんて作れないけれど。
「ピザでも食うか? 注文ぐらいはできるだろ。手ぇ、離せないか
らさ、今。……何しろ、ここが、な」

人工皮膚の下、剥き出しになった内部。
金属の棒が、何本も。
何をしているかわからない。

「ちっ、やばいな……」
小さな呟き。
一心不乱な背中。

「ね……」
いいかけて、やめる。
手の先が震えている。
どうしてだろう。
胸が苦しくなった。
手首に爪を立てた。

痛い……。

壁に寄りかかったままの、光のない瞳。
目蓋を落としておけばいいのに。

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一日、「彼女」の修理で終わってしまった。

古いドラマが、古い画面で鳴っている。
食べたり、横になったり。
普通の日と同じ。

……もう、夜。
休みだったのに。

「おーし、動けよ……」

隣の部屋で、響く。
低い作動音――。

『こんにちは、お名前を教えていただけますか?』

黒い髪、黒い睫毛、黒い瞳。
それに……いつのまにか。

「わたしの服、着せたんだ」
「ああ、ちょうどよさそうだったしな。やっぱ、破れたメイド服じ
ゃ、かわいそだろ。マニアックだしなぁ、へッへ」

タイトな黒のシャツ。
使い古しのジーンズ。
……別に、いいけれど。

瞳がこちらを向く。
首がゆっくりと傾げられる。
少し、考えるような素振り。

『ありがとうございます、レナ様。いい、服ですね』

「ああ、気にしない気にしない。で、あんたの名前は?」
「すいません。決まっていないのです……初期化されてしまいまし
たので」
「だってさ、レナ。どうする?」
首を振る。
「じゃ、ハナコでいいな。春だしな〜」

バカ。

会話が続く。

「ははは、おもしれぇ。いい冗談だな、それ」
「……ありがとうございます」
「なぁ、レナ。捨てたもんじゃないよな、結構古いタイプなはずだ
けどさ」
「古い……今、西暦何年ですか?」
「2060年さ」
「ああ……、では、すっかり古いタイプでしょうね。わたくし、も
う「あがっちゃってる」かもしれません」
「マジマジ?そりゃないだろ、いくらなんでも。まだまだ、ゲンエ
キだって……ああ、そっか。介護用か、あんた」
「はい、そうです。よくお分かりですね」
「会話がなめらかだからなあ。じじぃ、ばばぁどものお茶相手だろ?
 ご苦労さん」
「はい、ありがとうございます。本当に、じじぃ、ばばぁどもの相
手は大変で」
「へへへ、よく言うよ。な、レナ。お前よりよっぽどおしゃべりだ、
こいつ」

大口を開けて、大笑いする。
何が面白いのか。
そういうソフトなんだから。
 
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夜。
のどが渇いて仕方がない。
今日も。

食事のせいかもしれない。

血液数値、肝臓、腎臓、免疫――

……このまま、長生きできないのだろう。

ダウンナー。

「お水ですか? どうぞ」

かすかな明かり。
水の音。
差し出されるコップ。
黒い瞳。

「いかがですか? 寒い夜ですね、春にしては」

あかりの下、影を落とす。
長い睫毛、形のいい鼻、巻いたロングヘアー。

型どおりの言葉が続く。
アルゴリズムが透ける。

……バカらしい。

「……セックスは」

しばしの沈黙。

「と、申しますと?」
「できるのか、って」
「ああ、申し訳ありません。そのタイプではないものですから。ふ
ふふ、お好きですねぇ、レナ様も。そのようなタイプでしたら、ネ
ット経由で紹介できると思います。認証をお持ちでしたら、すぐに
……。ああ、わたくしの会社、残っているかしら。一度、オンライ
ン設定にしていただければ、確認いたします……」

ノイズ、ノイズ、ノイズ。
耳障りな、言葉。

叩きつけた。

コップの割れる音。

「え、すいません。何か、お気に召しませんでしたか……」

丁寧な謝りの声。

何か叫んだ。
わたしの声じゃない。
こんな声は、わたしの声じゃない。

口から、迸っている。
叫び声。
こんな声は、わたしの声じゃない。

叩きつける。

潰れる音。

叩きつける。

「すいません、すいません、すいません………」

黙れ、お前なんか!
黙れ!

叩きつける。

――声が、止まった。

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「ああ、ひでぇなぁ……」
それだけを、言った。

かがみ込んで、ため息をつく。

何か言わないと、いけない。

工具の音、呟き。
それに、小さく舌打ちする音。

「こりゃ、ダメかな……」

何か言わないといけない。
壁だけ見ていたって……。

止まらなかった。
だって、どうしても。
だって……。

何故だか、わからない。
わからないよ。

ギシギシ、ガチャン……

「やっぱ、ダメか。ソフトがいかれちゃ、どうしようもねぇな……」
ゆっくり、手が伸びる。
「悪かったな」
半分壊れた頭部。
一度髪を撫でてから、目蓋が閉じられる……

「……どうしてよ!」

振り向かない。

「……あぁ? 何が?」

なんで怒らないのよ。
厚かましい口ばっかりきくくせに、いつだって。
何考えてるのか、わからない。ダウンナーなんて。

……わたしを何だと思ってるのよ!

でも、言葉が、出ない。
渦が巻いて、見えない。

……叫びたいはずなのに。
そうだ。叫びたいはずなのに。

「………生きたいの」

何を言ってるんだろう。
でも。

「わたし、生きたいのッ!」

キーンと、耳に反響した。
部屋中が、振動してる。
わたしの、声……。

「バカだな、ホント。お前は」
作業服の背中のままで、声が聞こえる。
「とっくに、レナ。お前、生きてんじゃねえか」

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次の休み、一緒に工場に行った。
何だか、冷やかされてばかりいたような気がする。
言っている言葉は、半分くらいしかわからなかったけれど。

「面白いとこだろ。同じ作りらしいぜ、人間の斎場とさ」

録音されたお経の声が、繰り返している。

「針供養とか、知ってるか? あれと同じだってな。わかんねぇよ
な、坊ちゃ
ん社長の考えることはよ」
ごつごつした顔で笑う。
わたしも、つられて笑った。

「でもなぁ、もともとこいつさ、ここで「焼いて」もらうつもりだ
ったからなぁ……、人の事は言えんか。ま、ご苦労さんってことさ」

引いてきた台車から「彼女」を下ろすと、鉄の箱の中に横たえた。
黒のシャツと、使い古しのジーンズ。
被せられた帽子の下は……。

頬に手を当てた。
――冷たい。

「ごめんね……」
隣で、鼻から息を吐く音がした。
くすっと、笑っているようにも聞こえた。
「じゃな、ハナコ。ご苦労さんだったな」
「……じゃあ、ね」
ハナコは何もしゃべらなかった。
目も、長い睫毛で閉じられたまま、動かない。

当たり前のこと、なのに。

踵を返すと、お経の声が小さくなっていく。

「ねぇ」
「ん?」
「嫌じゃなければ、なんだけれど」
「んん、なんだよ」
「くっついても、いい、かな」
「あぁ? ……ほれよ」

身体を寄せると、少し、ひそめられた声が聞こえた。

「肩も抱いてやるぜ、……嫌じゃなければ、な」
「……バカ」

ゴツゴツした手。
腰に手を回すと、暖かい……。

「おお、ここでおっぱじめるんじゃねぇだろうなぁ」
「そういうこと言わないんだよ、まったく」
「おいおい、やる気無くなるだろうが〜。外でやれよな、バカ野郎」

「うるせぇな、黙ってろ。言われなくても、消えるからよ」
早足で歩きながら、大声で返すと、後は冷やかしの声と口笛が響い
た。

工場の門を出た。
外の風。
一度、目をギュッと閉じた。
胸が苦しかった。
暖かくて、身体を寄せていて、でも、どこかで重い音が軋んでいる。

「わからないよ……」
小さく、呟いていた。

「どした?」
「ううん……、なんでもない」
「そっか。何か、食ってくか? ……あいつの分もさ」
「うん……うん、そうする」

もう一度、腰に回した腕に力を込めた。
きつく、肩に顔を押し当てて。

目を閉じた。

そして、彼にそのまま身体を任せて、ずっと、歩き続けた。