和志がFalling Downしたって聞いた。
 
 退屈な週一回のスクーリング。
 Real Worldで唯一、波長が合う気がしていたのに。

 喋るのが好きな人だった。
 「僕達は本当を全然知らない。」
 ・・・本当なんてどこにあるのか。

 こんなことを考えていても意味はない。
 Falling Downして戻ってくる人間はほとんどいない。
 「好きな奴がいるんだ。」
 きっと、それが理由だろう。
 あれほどID値の高いBlood Parentsの遺伝子。
 無駄になっちゃうな。

 PIBでWorld Diveしている時に、無理矢理割り込んできたSoci
al Motherの発熱したイメージ。
 「レナさん。和志はあなたのところ?」
 そんなわけはない。
 彼とならBodyで触れ合ってもよかったけれど。

 くだらない。
 なんでこう纏わりつくのか。
 もう登校なんてことは止めてしまえばいい。
 イメージング無しの身体が感じる空気。
 ねっとりした感覚に寒気がする。
 スクーリングが必要なら、Personal Interface Boardで個別に
やればいい。

 「君は幸せ?」
 寂しそうに笑った。
 
 Diveしよう。
 こんな雑多な感情は嫌いだ。

 下着だけで横になる。
 オールセンス・PIBの樹脂が身体を包み込む。
 いつものチカチカする感覚。

 『脳波チェックOK』
 『代替感覚機能ALL-ON』

 今日は何を着ていこう?
 イメージング。
 何処へ出掛ける?
 ・・・海がいい。
 青い水平線がどこまでも続く南国の海。

 『Dive Into Paradice Beach』
 『Situation−Lovers−BodyCommunicationO.K.』

 パールホワイトから、エメラルドグリーン。
 露出は程々のワンピースタイプの水着。
 胸は少し大きくしよう。
 腰周りは少し控えめに。

 抜けるような青い空に、果てなく続く海岸線。
 打ち寄せる波。
 穏やかな海風。

 「カワイイ水着だねぇ」
 早速、来た。
 マッチョ系は趣味じゃない。

 「クルーズしようぜ。俺のイマジネイション、見せちゃる」
 そんな極彩色のアロハで?

 「南十字星を見たことがありますか」
 白い肌に、青い瞳が鮮烈。
 ブラウン・ブロンドの下の柔らかい笑み。

 この人、いい感じだ。

 「あなたの南十字星を見たいな」

 Dive。

 彼に手を触れて、一瞬で夜の窓辺にいる。
 白い肌と、程よくしまった身体。

 キングサイズのベッドの向こうは宝石箱。
 輝く夜景と、澄んだ夜空。

 そして、入ってくる充足感。
 そう、これが欲しかった。

 「Goood,baby.」
 絡まり合う舌が理性を奪う。
 「Sucking,please.」
 頬張ると、喉に突き当たる太い剛棒。
 
 激しく這い回る舌。
 クリットを剥き出しにしてしゃぶりつく唇。
 さっきまでの上品な態度が嘘のような強引さ。

 やっぱり、正解だった。

 窓辺に手をついて、後ろから貫かれる。
 腰を振って奥まで導く。
 いい感じだ。

 え?

 部屋の中に新たな影。
 振り向くと端正な顔立ちと浅黒い肌。

 そういう設定じゃなかった。

 EXIT?

 抜け出すのは簡単だった。
 
 「Would you join with us?」
 ま、いいか。

 立ったまま。
 正面から揉み上げられる胸。
 後ろから足の間に入れられる指。

 4本の腕と2つの唇。
 バラバラになってく感覚。
 
 たまにはこういうのもいい。
 
 後ろから貫かれる。
 膝をついた口元に、押し入って来る昂まり。

 息ができない。

 激しさを増す動き。
 舌を夢中で絡める。
 精が2個所から一気にわたしの中へ流れ込む。

 PIBのコネクトを切る。
 じわりと滲む汗。
 もちろん、あそこも。

 シャワーを浴びよう・・・。

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 Blood Parentsに会うのは好きじゃない。
 面倒だった。

 わたしの成長なんて、どうでもいいはず。
 自分の血に興味があるだけ。
 優れた遺伝子。
 その証明。

 そして、わたしもそうなっていくのだろう。

 久しぶりの街だった。
 歩いて出掛けるのは妙な気がする。

 充電した携帯用のPIB。
 たまには外でDiveするのも悪くない。

 午前までに頭に詰め込まれた情報。
 ほとんどはゴミ。
 選んで捨てるのも鬱陶しい。

 ホログラムサインの下を潜り抜ける。
 PIBグラスの視野を狭める。

 イメージングの海。

 7色の電子雲の上をスキンを纏って踊る人の群れ。

 わたしは1960年代風のスキン。
 少しスペーシブに。
 ちょっと前に見た昔のSF映画風。

 雲に覆われたフロアの底から、不意に上昇して現れるウェイター。
 ショックドリンクのグラスを取る。
 パープルの液体が喉を通る。
 100Credit。

 今日は踊るのも悪くない。 宙に浮かんだステージ。
 立ち上がってゆらゆらと歩く。

 誰?

 見えない影とぶつかる。

 可視領域を広げる。
 正面に頭一つ高い大柄な男。

 PIBを付けてない。

 「お、すまんな」

 刈り上げた短い黒髪。
 Tシャツにジーンズだけの姿。

 「困る。PIB付けてよ」
 スキンがなければ、見えないじゃない。

 IDなし。
 一致フェイスなし。

 ダウンナー。
 なんでこんな店にいるんだろう。

 なんでわたしが睨み付ける必要がある。
 コネクト。
 そして、店員に促されて出て行く男。

 肩幅の広い背中。
 店員を跳ね除けて歩み去って行く。
 その足取りの力強さ。

 印象が消えなかった。
 
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 よく踊った。

 PIBをつけたまま路地へ出る。
 近くにタクシーの情報はない。
 久しぶりに電車か。

 危険なことはあまりしたくなかった。

 不意に肩を掴まれる感触。
 
 ・・・誰?

 振り向くと、太い眉と角張った顔があった。

 さっきの男。
 ダウンナー。
 身の危険。

 エマージェンシー・サインを出そう。
 イメージングしかけて、躊躇する。

 にやりと笑った口元。
 意味がわからない。
 少なくとも、敵意ではない?

 「警戒しなさんな、お嬢さん」
 そして、PIBグラスをもぎ取る。

 目に飛び込んで来るシングルビジョン。
 手で遮って、しばし目を閉じる。

 「何するの、おじさん」
 
 「おお、それそれ。あんた、気ぃ強いだろ」
 にやりと笑う。
 「店で見た時から気になってね。外で待ってたわけ」

 「ナンパなら人を選びなさい」

 「ナンパ、ねぇ。そういうつもりじゃないさ」
 煤けたジーンズ。
 ポケットに入れられた手。

 「好奇心かな。あんたらが行くああいう店を見たかっただけなん
だけどね。ほとんど目がいっちまってる奴ばっかだと思ってたわけ。
けど、あんたはちょっと違ったからさ」
 早口とまとまりのない言葉。
 雑多な情報。
 「ま、そういうこと。それじゃあな」

 「待って」
 なぜ、声をかけるのだろう。
 この男はダウンナーだ。
 わたしとは違う場所に生きるモノ。
 違う種族と言ってもいい。

 「ほら、な」
 男の背中が止まる。
 「だから面白いと思ったんだ。普通なら、とっくにしょっぴかれ
てるよ。俺」
 また笑った。
 口の端を大きく上げて。

 わかった。
 見たことがなかった。
 こんな風に顔の筋肉を使う人を。

 いや。
 和志。
 時折見せる寂しげな表情。
 わたしはそれを知っていた。

 「一杯付き合うか? あんた、幾つ?」

 「17才」

 「ふうん、俺と同じか。やっぱ、若く見えるよな。あんたたちは」
 少し角張った男の顔。
 わたしたちの感覚では30代くらいか。

 なぜ、この男についていくのだろう。
 
 ただ、身体の奥で何かが流れている。
 動悸が聞こえる。

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 「経験ならしてる」

 「ふーん」

 言葉とは裏腹の圧倒的な存在感。
 服を脱がされる。
 太い腕。
 足の間に入り込んでくる。
 その指のごつごつした感触。

 スクールでRealなSexをした時。
 あれはいつだった?
 
 どうでもいいオトコ。
 ただ情報が欲しかった。
 そして終わった後、吐いたんだっけ。

 「どうだ、くるだろう」
 耳元に掛かる息。
 そんなにされたら、乳首が・・・。
 執拗に這い回る唇。

 でも、嫌じゃない。

 頭の芯が痺れる。
 「あ、そこ、そう・・・」

 「イけそうか?」
 
 「うん・・・」

 身体の間を汗が流れる。
 足を組み合わせて、腰を押し付ける。
 ため息。
 奥まで満ちる感覚。

 どうしてだろう。
 されてるのは同じ事のはずなのに。

 でも、イイ。
 とっても・・・。
 感じる。
 
 来て、お願い。
 わたしも感じるから・・・。

 迸り、脈動する感触。
 確かな。
 「あ、イイ!」

 眠っていたみたい。
 目を開けると、狭い部屋のベッドの上。
 音に気がつく。
 トランクス一枚でフライパンを持つ姿。

 「食べるか? スクランブルエッグとトーストだけど」
 そして、笑った。
 いかつい身体に似合わない笑顔。
 
 「・・・食べる」

 小さなテーブル。
 向かい合って誰かと食事。
 何処かでくすぐられる記憶。

 キスされた。
 ・・・嫌じゃない。

 そしてもう一度。
 
 長い夜。

 「君は幸せ?」

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 一ヶ月後。
 わたしはタウンを出た。

 そして、狭いアパートメントの扉を叩く。

 「マジか。俺、あんたのSocial Parentsに殺されるぜ」

 IDは捨ててきた。
 きっと、誰にも見つけられない。
 いや、わたしに、誰も気なんて遣わないだろう。もう、不良品だ。

 「まったく、変わってるなあ。こんなとこにいても、いいことな
いぜ。長生きできんし」
「いいんだ。わたし、あんたが好きだから。一緒にいたいと思った
んだ。いいでしょう? それとも、ダメ?」
 笑った。
「ま、いいか。お、息が切れてるじゃん。レナがそんな一辺に喋る
の、初めて聞いたな」
 そして、部屋の中を手で示した。
「入りなよ。女の子と暮らすのが嫌な奴なんていないさ。好きな子
とならね」
 
 こうしてわたしはFalling Downした。