第一章 彼のカノジョ

 くちゅ…、くちゅ……。
 見下ろせば、黒に茶の混じった髪が、前後の動きに合わせて揺れ
ている。
 頬が窄まった瞬間、締め付けられて吸い出される感触が俺のモノ
ぜんぶを包み込み……、
 チュウゥゥ。
 すぐに解放されて、唇が離れた。
 片手を根元に添えたまま、半円に近い大きな目が上に視線を寄こ
して、ニンマリ。
「どっする、堅。イかせてあげよっか」
「いいのか?」
 厚ぼったい唇が更に、ニッコリ。
 どうすっかなぁ。こいつのフェラ、めちゃ上手いけども……。
「オッケー、ね」
 どっから取り出したもんか、ミディアムロングの髪をゴムでまと
め上げると、
「じゃ、いただきま〜す」
 仰角45度に立ち上がったオレはビクン、と。まったく、正直な
奴。
「見ていいよ〜。刺激的でしょ」
 更にビクビク。ホント、コイツには負ける。どうやってこう、明
るくエロに育ったもんかい。
 ニュニュニュ。
 尖らせた唇が先に当って、そのままズズッと飲み込んでいく。
 両手は俺の尻の後ろ。抱え込まれると、顔が斜め上にせり上がっ
て、幹の半分が唇の中へ消える。
 そして、そのまま首が捻られて、
 ズリュリュリュ……。
 う、やば。気持ち良すぎだわ、これ。
 上下動少なめで、その場で締め付けと回転を繰り返す赤い唇。オ
レとの間で唾液に光るサマを見てると、くそ〜、我慢できね。
 目をつぶって、感覚だけを追う。
 頭押さえ込んで腰突き出しちまおうか……。
「すご〜い。おっきいよ、今日は」
 突然、解放される感覚。ちょい、もう少しだってのに。
「杏奈、」
「うん、わかってるよ〜。ほら、見てみて。ほらほら」
 薄目を開けると、上目遣いに跪いたまま、裏側へ這っていく唇と
濡れて笑う瞳の色。先っぽは、指で握られたまま――親指が裏を撫
でて……。
 根元をなぶる暖かい感触、そして、
 リュリュリュ……。
 真下まで回り込んだ唇が、「フクロ」を包み込んで、柔らかい圧
力をかける。幹を掴んだままの左手は指を総動員――やべ、もう我
慢できね。
「いい感じ……」
 口を離して、
「出して、いっぱい」
 また唇を這わせて、舌先が裏側をゆっくりと舐め上げ、
「かけて。かけてぇ。堅の白いのぉ」
 激しく動く指、下から回った手がフクロを揉み上げ、酔ったよう
な目を見詰め返すと、
「出してぇ!」
 大きく開けた口。何もかんもが消えて、こいつにぶちまけたい!
「あ、」
 うお……。
 限界まで膨れたオレからのほとばしり。杏奈の唇の中に、丸い頬
に、髪に、飛び散って、う……。
 細い眉を寄せて、目を閉じた、うっとりとした表情。
 参った。めちゃ、気持ちいいわ。
 ベッドの上に座り込むと、杏奈はおっきく息をついて、タオルで
顔を拭いた。
「うあ、ベトベト。AVしちゃったね〜、ホンジツは」
 そして、肩にパラパラかかった髪の毛に手を当てると、
「げ、こんなとこまでかかってる。もう、ひどいじゃん、堅一」
「あのな〜」
 味わう間もなく余韻が去ると、どうにも身体から力が抜ける。俺
は、オールヌードで唇を尖らせる少し丸まっちい身体を見上げた。
「水鉄砲じゃねぇんだって。そんな、狙いなんてつけられるかよ」
「白いネンエキが出る鉄砲なんてある? ああもう、髪の毛パリパ
リになっちゃうじゃん。さっき綺麗にしたばっかなのに。ふぅ……。
ま、いいか。ここのお風呂、カワイイし」
「って、おい杏奈、お前は?」
「え、」
 くるっと回転して、すりガラスの向こうへと行きかけた杏奈は、
お、という感じで眉を上へ持ち上げる。そして、薄く生えた足の間
のかげりにひとさし指を持っていく――うなずく俺。
「あ、アタシはいいや、もう。堅、気持ち良かったみたいだしさ」
 バタン、バスルームから音が響き、シルエットにシャワーが流れ
始める。
 たく、少しは隠せよな。恥ずかしいって気持ちはないのか、あい
つには。
 仰向けにひっくり返ると、クッションばっかりが柔らかいラブホ
のベッド。シャワーの合間に漏れてくるハミングを聞きながら、俺
はブルーに雲の浮かんだ天井を見上げていた。

 「もう一息、やらんか?」
 腕時計の針は六時過ぎ。もう一ゲームくらいはできそうだった。
「いい、いい。今日は上がろうぜ」
 ラケットを放り投げて一回転させると、ネットから乗り出した澤
本はベースラインのずっと向こう、木立の下のベンチを顎でしゃく
った。
「マジ入っちまって、お前にスマッシュぶつけるかもしんねぇ」
 ため息。
 一時間も前から、ベンチには、白いYシャツにグリーンのリボン、
同じ色のスカートの二人組みが座っている。一人はお馴染みの丸顔
にミディアムレイヤーの茶髪混じり、もう一人は、面長の顔にヘア
ピンで綺麗に分けたショートカットの黒髪。
 時々、ここまで聞こえる笑い声を上げながら、肩を小突き合った
り、こっちを指差したり。
 だいたい、部の奴等もよくも飽きずに突っ込み入れるよな。別に、
そんないいもんじゃねえって。
「ロマンだよな〜、制服。ぜってえ、お前、判決ギルティ。だいた
い、何才だよ。どう見ても制服コスプレじゃねぇだろ」
 後ろから尻に堅い一撃。
「痛ぇ! 何だよ」
 振り向くと、大橋のおちょくった顔が下にあった。
「痛ぇことしたのは誰だよ。このエロ」
「げ、やっぱ?」
 芝居っ気たっぷりに歪む、澤本のむさい顔。
「澤、こいつの部屋、行ったことねぇべ。思いっ切りだぜ。あの制
服、ハンガーに掛けてありやがんの」
「信じらんねぇ。完全に犯罪じゃんか。なにさせてんだよ、高校生
によ」
「へいへい、そんないいもんじゃないって。あと二年経ちゃ、あい
つらも大学生だぜ」
 まったく、やってらんね。なんで杏奈の奴、大学まで来てるんだ
よ。ただでさえこいつら、うざいってのに。
「その二年が大きいんだよなぁ……。おさな妻、いいなぁ……。手
取り足取り、身体取り」
 高い調子の声、いつの間に高橋まで。やめろよ、その揉み手は!
 ああ、ったく、やめやめ。ネットの前にテニスウェアのむさい男
が固まって女子高生を鑑賞してる方が、なんぼか怪しいだろうが。
 ラケットにカバーをつけ、タオルを肩に掛けてコートから出ると、
木陰に置かれた長いベンチの前へ。
「へろへろぉ〜、堅〜」
 パラパラと手を振ると、屈託の一個もなく、ニンマリ笑う厚ぼっ
たい唇。
 ダメだ、こいつ。全然わかってね。
「学校帰りか? 今日は、ウチに戻るって言ってただろ」
「うん、まあね。ほらほら、これ、カワイイっしょ〜」
 肌蹴た太ももの上に乗せたチェックのバックの肩紐に、間抜けな
魚のアクセサリー。
「なんだ、そら。寸胴のイルカか?」
「あ、ひでぇ〜。マンボウだよ、マンボウ。ほらほら、押すとキュ
ッっと」
「お、ホントだ……、じゃねぇ、お前、大学来るなって言ったろが。
何でひょろひょろと」
「いいじゃん。あ、可愛いカノジョが来て、喜ばないなんて、怪し
い。堅一」
「どこがだ! 自分で言うな」
 たく、よく言うわ、その口で。
 ……クスクスクス。
 右脇から堪えたような笑い。やべ、すっかり忘れてた。
「もう、らしいなぁ、杏奈。思いっ切り似合いじゃない」
 六分四分に綺麗に分けた額に、ブルーのヘアピン。杏奈とは対照
的な細い目が、くっきりした眉の下で光る。
「あ、ゴメンゴメン。ちわ。杏奈の友達?」
「こんにちは、逢沢さん」
 ペコリと頭を下げると、形のいい頭の稜線と、整った髪が印象で、
そして面長の顔の中、落ち着いた瞳がこっちを見上げ…って、なん
でこんな上品な感じの子が、こいつと?
「おい」
「何よ」
 突然、すねに痛みが……、う、こいつ、蹴りやがった。
「ちゃんと紹介しろよ、困るだろうが」
「沙瀬美。話したでしょ」
 ぶっきらぼうに言うと、さっきのマンボウをつまんで、キュッと
鳴らした。
 ああ、この子がさせみちゃん、か。杏奈と高校一年からの付き合
いって言う、「サイショク」兼備の。へぇ、確かに。
「あ、こいつから聞いてる。迷惑かけてね? このバカ」
「大丈夫。杏奈、意外としっかりもんだから。ね」
 丸い顔がさらに縦に縮むと、目の前にグレーの物体。
 キュッツ!
「馬鹿はどっち、金だけ大学生! さ来年、レベルの差に泣き見る
なよ、アタシの合格通知見て」
 間抜けたマンボウの顔を払いのける。
「はあ……? おまえ、就職すんじゃなかったのかよ。今更修正不
能なんだよ、積んでるCPUが違うんだからな、砂瀬美ちゃんとは」
 再び押さえたような笑い声。少し前かがみになって、首だけをこ
っちに見上げた目が、面白そうに見開かれて、
「ホント、仲いいね。お似合いだ、絶対」
 秀でた額が印象的な……げ、いきなりデコピン。
「むっか〜、サッチ。そういうボーカン的なの、気に入らないって
言ってんじゃん」
「痛っい……。あんた、すぐ手が出るんだから。そんなんだから、
S入ってるって言われんのよ」
「どこが。アタシは尽くす方なんだからね。――ね、堅。どっちか
っていうと、M系だよね」
 て、なぁ……。いつも通りの杏奈に、ちょっと見ほどには大人し
くなさそうな沙瀬美ちゃん。こりゃ、確かに友達になるかもな……、
「ナニナニ、S、尽くす?」
「ちわす! お仲間に入れて欲しいなぁ〜」
「そうそう、こんなデクの坊、話してても意味なし」
 げ、こいつら、どこからわいて出た。
「うわ、馬鹿そうなヒトタチ。もう、堅の友達、って感じだね〜」
 舌先を出す杏奈。まったく、コイツはなぁ……。礼儀って奴を知
らんのか。
「キッツ〜。やっぱ、堅のカノジョだわ」
「無理ねえって、こいつ、絶対暴力亭主だもんな。それくらい強気
じゃなきゃ、やってられないよな」
「あ、わかる?」
 澤本のいなせな調子にニコニコ笑って頷く杏奈。で、その隣では
……、
「ねぇ、逢沢のカノジョのお友達の彼女、すっごいキレイな髪だよ
ね」
 この、ナンパマニア。たく、しょうがねぇ。
「ありがとう」
「あ、だめだめ。ずんぐりむっくりのお兄さん。サッチは年下趣味
なんだから。ちゃんと、カワイイ彼もいるんだからね」
「ずんぐりむっくり……」
「年下……って、そりゃあ…」
 目をグリグリさせる大橋。ついでに、言葉に詰まる他二人。ああ、
そういや、そんな話を聞いた気もするなぁ。
「……ま、それは置いといてさ、みんなでメシでも食わん? いい
でしょう、彼女たち。それに、彼氏さん、もな」
「へいへい」
 高橋。まったく、懲りん奴。ニコニコしながら聞いている杏奈の
丸い顔を伺うと、口の端に笑みを浮かべて、大きくウンウン。沙瀬
美ちゃんも、少し視線を落としがちにしてゆっくりと頷く。
 まったく、この二人も何をしに来たやら……。
 
 アパートの鍵を開けるなり、白いブラウスの腹をポンポンと叩い
て、尖らせた唇から大きな息。
「あ〜あ、食った食ったぁ〜」
 そして、杏奈はベッドの上にポンと腰を下ろした。
「たく、おまえはオヤジか。食った食ったじゃねぇだろ」
「だって、あの飲茶処、すっごい美味かったんだもん。もう、ダメ
だ〜」
 そのままベッドの上にひっくり返ると、腕を伸ばして大あくび。
「おかげで俺は大出費だよ。銀行、ピンチだってのに」
「ゴメンゴメン。そう言えば、月末だっけ」
 横に腰を下ろすと、天井に目を見開いたまま、大きく息を吐く。
「明日から、ちゃんと作ったげるからね、夕飯」
「そう願いたいもんだ。――おい、違うっての」
 じゃないだろ、しばらく家に戻るって言ってなかったか、こいつ。
「杏奈。おまえ、今日からしばらく帰る、って言ってたろうが」
「う〜ん、なんかねぇ。家に居てもつまんないんだよねぇ」
「ってなぁ、いくらなんでも、オヤジさんに殺されって、俺が」
「そーでもないよ。昼間、携帯入れたら、堅一くんのとこにいるん
だろ、ならいいよって言ってたから」
 ふぅ。返す言葉がねぇ。こういうの、何て言うんだっけな。この
子にしてこの親あり? 違ったか? だいたい、俺のどこがどう信
用できんだよ。娘ってのは目に入れても痛くないんじゃなかったの
か?? ホント、こいつのオヤジもオフクロも、厄介払いと思って
んじゃねぇだろうなぁ。
 ニコニコと笑って、酒を勧めてくれたこの間――いや、そりゃ、
違う。自然体でああなんだ。
 クイクイ。袖に引っ張る感覚。
 あ?
 グレーの縞のシーツの上、広がった茶混じりの髪の上に、目を閉
じて、唇を思いっきりチュ、にした杏奈。
「……何だよ、それ」
 そのまま無言で停止し続ける丸い顔。まったく、何考えてるんだ
か。
「だから、何だって」
「ご褒美、ご褒美。ごちそうさまぶん」
 クイクイ。
 へぇへぇ、わかったわかった。唇を合わせると、背中に回ってく
る手。そして、ぐっと引き寄せられて、すぐに入り込んでくる舌先。
 ホント、何を頭の中でこねくってるかな、こいつは。さすがに世
代のギャップを感じるわ。
 押し付けられた身体の間に、窮屈なくらいの柔らかさ。緩んだブ
ラウスの胸元から、白く透き通ったレースのブラがのぞいた。
「ほら、セクシーでしょ」
 唇を離すと、半円系の瞳が、少しからかう様な上目遣い。そして、
第三ボタンまでを自分で手早く外すと、上向きになっても盛り上が
って見える白い谷間。
 カップの中に手を入れると、もう一度、唇が寄せられて、さっき
よりねっとりと絡んでくる舌。手にしっとりと重い感触。少し反っ
て押し付けられる腰。
 頭の中が、インパクトだけに埋められる。
 おい! たく、なあ……。
 足の間にいきなりの感触。ギュッ、と。
「おまえ、節操なさ過ぎ。食欲満ちたら次はそれ、かよ」
「いいのいいの。堅、元気じゃん」
 絡んでくる指と差し込まれる舌に、出るところはしっかり出た身
体。
 しょうがねぇなぁ……。すっかりこいつのペースに乗せられてる
気もすっけど。
 ま、いいか。しょうがねぇ奴だけど、可愛くないわけじゃ……、
 ギュッ!
 うお、ちょっと刺激強。
 くそ、今日はしっかり鳴かせてやるからなぁ。
 いくぜ、杏奈。
「あん!」
 普段と打って変わった細い声が、耳元で切なく聞こえた。

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