第二章 彼女のカレ

 あれ、どっかでフラグ立て間違えたかなぁ。この展開なら、絶対
告白してくるはずなんだけど……。
『君は僕の運命の人ではなかったのか。二人の上に輝く星を感じた
瞬間もあったのだが。――さよならだ』
 う〜ん、セイ君のらぶらぶボイス、聞きたかったのに。どこでミ
スったんだろ。それとも、パラメーター上げが充分じゃなかったの
かも。
 どっちにしろ、データ戻さないとダメ。
 やっぱり、いいことばっかり、ってわけにはいかないかあ。
 マスコットのディスカスがひれを広げる金色のストラップをくる
くる回すと、チョコをひとかけ、口に放り込む。
 この味にも思いっ切り飽きちゃったな。目当ての黄金ストラップ
は手に入ったし、次は何にしようか。
 パタン。
 ディスプレイから振り返ると、あ、
「おじゃま、沙姉」
「いらはい。ガッコ、サボリ?」
 うん、午後授つまんないし、沙姉も試験休みだから――うなずい
てベッドに腰を下ろしたディープグリーンのブレザー姿は、いつも
通り。真ん中できれいに分けられたサラサラ髪が、今日も匂い良さ
そう。
「要(かなめ)、食べる? 私はもうギブ」
 四角いチョコを差し出すと、
「沙姉も根性あるよね。それ、何十個目? もしかして、三桁いっ
てるんじゃないの」
 小さな口が、控えめにチョコを折り取る。少し垂れ気味の眉と目
が、ちょっと見には女の子みたいにも見える、華奢な顔。
 うん、やっぱり要、可愛い。
「ほら〜」
 金色ストラップをかざすと、くるくる回して見せた。
「あ、マジ。やったね」
「そうなのよ、これでもう、そのミルク味にもお別れ」
 ディスプレイの前から離れると、ベッドの上に腰を下ろす。私も
そんなに大きい方じゃないけど、要のサラサラヘアーは目のあたり
の高さ。
 あ、ほんとに今日もいい匂い。
「コロン、変えた?」
「あ、うん。柑橘系もいいかな、ってね」
 うん、ちょっと甘酸っぱい感じ。今度、私も貸してもらお。
「……トゥルーエンド、行けた? 世名の」
 亜麻色の髪のセイ君が表示されたままのディスプレイに視線をや
った後、要は私の方を見上げる。
「ううん、駄目。どっかで選択肢間違えたのかなぁ……、どうもバ
ッドの方に行っちゃうんだよね」
 長い睫毛の下の、少し潤んだ瞳。笑ってるような、少し物思って
いるような。
「ネットの攻略法どおりやった? 沙姉、苛め系の分岐選んだんじ
ゃない? 趣味丸出しで」
 悪戯っぽく小さな口を寄せる。少し、ドキ。
「ち、違うって。セイ君にしないよ、そんな事。本命だもの」
「本命だから、趣味出るんじゃない?」
「ないない。要、わかってるくせに。要にそんなこと、しようと思
わないもの」
「そう? 僕は別にいいけど。沙姉にイタイことされるなら」
 ドキドキドキ。可愛い。これが、むさ苦しい同級の男たちの一つ
下とは到底思えない。やっぱり、学校のレベルの差かな……。
 柔かい顎に手を添えて、チュ。先に閉じられる目。私も目をつぶ
って、強く唇を合わせて……。
 パラララ〜ン♪ パララララ〜ン♪
 キーボードの横で着信音を立てる携帯。もう、いいところなのに。
無視しようかな。
「いいよ、姉さん」
 唇を離すと、すんなり見返してくる黒目がちな瞳。
「うん、ゴメ。要」
 誰よ……う、杏奈。
『へろへろ〜』
 ちょっと鼻にかかった感じののんびりした声。もう、ホントに間
が悪いったら、こいつは。
「何、さっき寄こしたばっかじゃない。どうしたの」
『何にも〜。だって、暇なんだもん。堅は帰ってこないし、洗濯は
終わっちゃったし』
「だから、さっきも言ったでしょ。大人しくTVでも見てなよ、あ
んたは。ちょうどやってるでしょう、昼メロ。主婦的じゃない、お
似合いの」
『う、サッチ、冷たい。ソーコールドだあ……。あ、』
 携帯の向こうでちっちっちっと舌を鳴らす音。
『さ・て・は、カナくんきたっしょ。大当たり〜ってか』
 う……。なんでこういうことには勘がいいかな、このエロ女子高
生は。
『お、やっぱり。ゴメンね〜。おじゃまおじゃま。いざカマクラ、
だったってとこ?
 もう、ダメだよ。年端もいかないコにあんなこともこんなことも
したら。う〜ん、でも、いいなぁ。早く堅、帰ってこないかなあ。
ああ〜、ダメだ、ひとりHすっかな〜』
 プチ。もう、電源切っとこう。杏奈の奴、最近ますます壊れてき
てるよ、まったく。
「ごめんね、かな……」
 携帯を充電器に置きながら振り向いて……、一瞬固まってしまっ
た。
 要。もう。
 色白の上半身は、生のままの肌をさらしていて、腰から下はピン
クのシーツで覆われていて。黙ってこちらを見つめている柔らかい
表情。
 ドアの鍵を締めて、カーテンを引いて。
 私もベッドの上に乗ると、今度はゆっくりとキス。サラサラの髪
に手を差し入れて、ぎゅっと引き寄せると、柔らかい舌が唇に触れ
る。最初はおずおず、そして、だんだんと強さを増して。
 もう、相変わらずキス上手。
 はあ……。
 吐息が耳元に聞こえると、胸の辺りがギュン、とする。
「沙姉も……」
 Tシャツを脱ぐと、背中に添えられた手が、ツツツ〜っとうなじ
の方へ指先でくすぐって。そして、カップの上からふもとをなぞる
と、忍び込んできて、ニプルの下の方を……。
 あ、もう。そこは弱いから。
「もう、そんなことすると、お仕置きしちゃうからね」
 シーツを取り去ると、乳首が可愛い胸を辿って、細い腰から下へ。
「いい? 要」
「うん、いいよ」
 頭の上から、小さな声が返る。
 もう。元気。
 身体に比例して、そんなに大きくはないそこは、ちっちゃな頭を
覗かせておなかにくっついている。
 すじのところに、小さく唇を当てる。そして、少し出した舌先で、
ゆっくりと舐め下ろして。
 杏奈のこと、言えないなぁ。私も、しょうもない。でも、可愛い
から……。
 もう一回せり上がって、静かに唇の中に押し込むと、腰がビクン
と震えるのがわかる。舌を裏側の皮の中に差し込んで、あ、大きく
なってく。
 奥まで飲み込んでも、ちょっと余裕のあるサイズ。でも、抱えて
る腰が上に動いて、耳元に手が添えられると、お腹の辺りがジンジ
ンしてくる。
 も、我慢できない。
 インナーを脱ぎ捨てて、すっかり頭を見せた要のジュニアに手を
添えると、でっぱりに押し付けて。
「入れるね」
 腰を沈めると、ニュニュっと擦れて、ああ……、いい感じ。入っ
て、くる。
「あ、イイ」
 薄目を開けて、切なそうに歪む華奢な顔を確かめる。寄った眉根
の下で、要もかすかに目を開けてる。
 あ、そんなにされると。
 お尻の線をたどって、脇腹を伝った手が、胸をギュッと握り締め
る。指先が、右の乳首を挟んで転がして、左は円を描くみたいに。
 ズン!
 思ったよりずっと強く突き上げられる腰。クリちゃんが擦れて…
…。
 もう、要、上手。スゴ。
 私の下でゆっくり回されてる腰。でも、負けない。イかしてあげ
るからね。
 後ろに手をついて、身体を反らす。こうすると、動かしやすい、
から。
「沙、ねえ……」
「どう?」
 ゆるゆる動かした後、激しく。もう一度。もっと激しく。前の方
に当たると、じんわりが熱くなって、我慢が……。
 お尻に添えられる手。少し爪が立てられると、あん、ダメ。
 はあ、はあ。息が乱れてくる。
「イッて、かなめ、私もぉ……」
 う、感じ……。
「ああ……!」
 メゾソプラノの声が身体の下で弾けると、飛び出したペニスから、
胸に散る白いしるし。入り口のジンジンが背中から駆け上がって、
頭のてっぺんに抜けていく。
 そのまま横に倒れると、大きく息をついた可愛らしい顔を見る。
 遠くにさ迷っていた視線が戻ると、少し下がった眦の中の瞳が、
私の方を向いて。
「気持ち良かった……。ゴメンねぇ、要。いきなりで」
「あ、いいよ、沙姉。僕も、したかったし」
 そして、ちっちゃなキス。
 お腹に飛び散ったアイのしるしを拭き取った後で、一回り小さな
身体に身体を寄せると、お互いにギュッ、と。
 そして、今度はもっと深くて、長いキス。
 要、大好き。絶対、離さないからね。 

 私とした事が、ケアレスミスだったなぁ。
 タグの単純な書き間違い。範囲がコンピューター概説だったし、
楽勝だと思ったけれど、油断だったか。
 試験終了と同時に、バタバタ、キーキーと騒音に包まれる教室。
 ま、仕方ない。後はだいたいオッケーだろうし。
 バッグからポーチを取り出して、髪のチェック。ヘアピン、可愛
いのに付け替えてこう。今日は、らぶらぶな映画だし。ルージュも
ピンクっぽくしていこうかな。
「沙瀬美、今日は〜?」
 三つ前の席から人垣越し、峰世のくりくり目が下目遣いに。
「う〜ん、今日はいいよ。寄るとこあるし」
「あ、また聖美館の彼だろ。最近付き合い悪いったら」
「しょうがねって。可愛すぎるもん、あの子。沙あ、エロばっかし
てるなよ。アタマ悪くなるぞ」
 斜め後ろで低めの声。黎子が超短めのスカートを翻して立ち上が
ったところだった。
「はいはい」
 まったく、よかったねぇくらい言える人間はいないのかな、この
クラスには。口を開けばどうやってタラシ込んだかだの、いきなり
乗っかったのか、だの。それなりに色々あって出会ったんだから、
要と私は。
 寒かった春の日、吐く息が白かった駅のホーム……。
 あっと、のんびりしてる場合じゃないや。要、待たしちゃう。
 ベージュにグリーンのラインの入った、制服とお揃いのバッグを
肩に掛けると、まだ人でごった返している廊下へ。早足で昇降口を
抜けて、校門の向こうの坂を下りると、すぐ左の路地に入る。後ろ
の公園の木が枝を伸ばして木陰になったそこは、このガッコの待ち
合わせプレイス。
 緑のフェンス沿いには何台かの車とバイク、自転車に、しゃがみ
込んだ制服姿がちらほら。
 う〜ん、まだ来てないみたいだ、要。
 曲がり口のところで立ちんぼしてる子達から少し距離をおいて、
道路標識のあたりでしゃがみ込むと……、あれ?
 どっかで見たような車だと思ったら、ススッと近づいてきて。
「こんちは」
 ウィンドウが下がると、茶の入ったスポーツ刈りの頭が突き出さ
れた。
「あ、こんにちは。堅一さん」
 面長の中、太い眉に笑ったような細目。忘れようにも忘れようが
ない、ナンパ系入りのちょっと間抜けな顔。
「杏奈待ちですか? まだだと思うよ。図書館寄ってから、って言
ってたから」
「は? トショカン? 狂ったか、あいつ」
 背の低いスポーツタイプの車から身を乗り出して、いぶかしむ感
じで眉を寄せる杏奈の彼氏。
「それはヒドイよ、堅一さん。いちお、試験向けに借りたらしいよ。
さすがにちょっとは真面目にやらんと、って」
「はっ。あいつの頭が付け焼き刃でどうこうなるかよ。分を知れっ
ての。ど〜せ、赤点で尻に火が付いただけだろ、バカが」
 からかい混じりの少し甲高い声。確かに……。このままいくと、
間違いなく夏休み補習だもんな、あの子。「ああう、堅とのらぶら
ぶ夏休みが〜」――昨日叫んでたばっかだったっけ。
 うう〜ん、思いっきり軽いオトコだけど、やっぱ、杏奈には似合
いかもね。
「沙瀬美ちゃんは、誰かと待ち合わせ?」
「う〜ん、一応。ここで待ってるわけだから」
「お、もしかして、例の……」
 はぐらかしの言葉を頭の中で作りかけた時、大造りな口元が動き
を止めて、視線が私の肩の向こうに。ちょっとびっくりしたような
感じだ。
 もしかして。振り向くと、
「こんにちは」
 少しすました感じで、ディープグリーンのブレザー姿が佇んでい
た。もう、いっつも気配なしのいきなりなんだから。
「どうも」
 要が小さく会釈をすると、杏奈の彼氏も、お、という感じで顎を
下げた。
「沙瀬美ちゃん、この子が……」
「あ、要。この人、杏奈のカレの」
 ちょっとの作り笑いで後ろを向くと、要はふんふんと柔らかく頷
いて、
「あ。逢沢堅一さん、ですね。杏奈さんからも聞きました。はじめ
まして。相本要です」
「あ、どうも。なんだ、杏奈の奴の事、知ってるのか。あ、そうだ
よな……、あいつ、沙瀬美ちゃんにカワイイ彼がって……、と、悪
い悪い」
「いいえ。いいです、学校でも結構そうやって言われるし」
 きまり悪げに言葉を切った杏奈の彼氏に、にっこり笑い返す要。
 うん、やっぱり賢いな、要。
「それじゃ、堅一さん。そんなんで、私達、行きますから」
「お、じゃね。また、その内」
 自転車を引いてきた要の横に並ぶと、黒いスポーツカーを後ろに
歩き始める。坂を上り切って振り返ると、「堅〜!」――ここまで
聞こえる素っ頓狂な声と共に、車体に駆け寄る制服姿が小さく見え
た。
 まったく、杏奈も元気だわ。
 自転車の前カゴにバッグを放ると、
「何か、食べてく?」
「うん、いいよ。沙姉。でも、カッコイイ人だったね、杏奈さんの
彼。さすが、杏奈さんの選んだ人だよね」
 横を向いたサラサラの髪の下、小さな顔から思いがけない一言。
「もう、要。いい子過ぎ。いないところでまで、お世辞言わなくて
もいいのに」
「え、そんなことないよ」
 心外そうに尖らされる唇。それなりに真剣に見詰め返してくる、
下がった眦の中の黒目がちな瞳に、ちょっとドギマギしてしまう。
「もう……」
 それ以上続ける言葉が見つからなかった。
 でも、要らしいかもしれない。ホント、好き嫌いがないんだもの。
 さ、そんなことより、映画、映画。
「ね、昼ご飯、スタバとかで軽くしとかない? 夕方、時間あるで
しょ?」
「あ、この間言ってた、おいしいところ?」
「ピンポーン。ほんとに、凄く雰囲気がいいところだから。料理も
美味しいし」
 街の景色が見えてきた。うん、今日もいいデートになりそう。
 私はちょっと身体を屈めると、要の唇に軽くキスをした。

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