第三章 カノジョとカレ

 あら、このビーズの穴、やっぱりちょっと通しにくいや。
 テグスの先を引っ張って、…しょっと。おし、結んで、切ってと。
……おお。できたできた。パープルとピンクの色合いが、我ながら
グット。輪郭はちょっとダークカラーでまとめたし、これなら堅も
つけてくれるかな〜、杏奈ちゃんお手製ビーズストラップ。
 これで何代目だったっけ。ん〜っと、ゴールデンウィークに十代
目だったから、おお、十五代目。
 徳川幕府に並んじゃったじゃん。うん、そだ、これはヨシノブく
んって名前にしよお。って、やっぱ最近勉強してんなぁ、アタシ。
これでもうアホ扱いさせないからな、堅のヤロ。やりゃあできるん
だから。なんたって、パパもママも賢いんだからね、能天気みたい
なことばっか言ってるけどさ。
 それにしても。
 もう一時過ぎちゃったじゃん。こっちの窓から陽が差してきてる
し。
 午前中で戻ってくんじゃなかったのかよ、まったく。携帯くらい
いつだって寄こせるだろが。
 ああ〜、ハラ減っちゃった。作ったグラタン、オーブンにかけち
ゃおうかなぁ。
 ヘタうまな演技が笑える昼のドラマが、すっごいベタな音楽と一
緒にTVに映ってる。
 そう。なんか、ちょっと最近、ナイガシロ、って感じかも。
 朝も昼もご飯作ってるしさ、洗濯もしてるし、部屋もいつもピッ
カピッカ。
「わたしを家政婦扱いしないで! 血の通ったオンナなのよ!」
 そうそう、その通りだって。
 いっつもバイト終わるまで待ってるし、レポートの入力だって手
伝ってるし。
 絶対いい奥さんだと思うけどなあ〜。んん……。やっぱり尽くし
過ぎちゃうとダメなのかなぁ。
 ん、おお。
 このシーン、結構エロい。ケンカの末にちょっと責め系のエッチ
モードなんて、むむ、あなどりがたし、昼メロ。
 とは言え、カンジンのトコはシーツの向こう。
 はああ、そうだよ、アタシって、エッチの時も尽くしモードだし。
結局ユルしちゃうんだよねぇ。この奥さんとおんなじだ。
 テーブルのこっち側でバッタリ。なんか、力抜けてきた。あう、
一人エッチでもすっかなぁ。
 うう〜ん、でも、最近こんなんばっかのような気も……。
 ベッドの下の引出しを……、ゴソゴソ。
 バイブはちょっと、気分じゃないかぁ。でもなぁ、これも……。
 かわいいバタフライ型のローター。これも、このあいだ堅とのエ
ッチで使ったし。
 ほら、もう、こんなにオッパイ、反応しまくり――ああ、指でし
よっ。ユルユル気持ち良くなる方がいいもん。
 カップの下に手を入れて、全部の指でギュッと握って、手のひら
を押しつけて。
『あんた(おまえ)、そればっかじゃん』
 ちょっとの火花と一緒に、声が重なって聞こえた、気がする。
 はう……。そーいうばっかじゃないんだけどな〜。
 やっぱ、ヤメ。ノリ悪で無理矢理コイてたら、ホント淫乱みたい
じゃん。
 ピッ。
 こう言う時は、しゃべるに限る! うん。
 マチャコ――現在、この番号の電話は電波の届かない……。
 恵――あ〜、アン? 悪い、今電車ん中だわ。
 ザッピ――鳴りっぱなし……出ない。
 サッチ――また、あんた? もう、見かけによらず家虫なんだか
ら。彼氏留守なら、外にでも行けば?
 プチッ。
 くっそ〜。みんな、冷たい。そりゃ、アタシだって、遊びに行き
たくないわけじゃないけど。ようやく、夏っ!だもの。いいよなぁ、
恵や沙瀬美なんて、金持ちでさ。彼氏もそうだし。そりゃ大学生だ
けどさ、全然金持ってないもんなあ、堅。車にばっか使ってるし。
 あああ〜、我慢かなぁ。もうすぐみんなで海の約束だし。いちお、
そのためにバイトしてんだもんね、アイツも。
 あれ。そう言えば、サッチ、さっき一人だって言ってた。珍しい
じゃん、休みに入ったばっかりで、要クンと一緒じゃないとは。
 お、そだ。教えてもらったよね、要クンの番号。……と、あった
あった。ふふ、ちょっと暇つぶし、暇つぶし。
 こっちの電話でかけて、と。
 ……出るかな。お。
「もひもひ〜。アタシ〜。誰だか当てれたらご褒美〜」
『ホントに? 何くれるの?』
「それは、当ててからのお・た・の・し・み」
『99.9%、杏奈さん。わからないわけ、ないでしょう』
「あらら〜。やっぱ、わかる?」
 ついこのあいだ、ガッコ帰りにサッチと一緒した時の、おとなし
くて優しいニコニコ顔がふんわり浮かぶ。ホント、いい子だなぁ、
要クン。
「どしたの、サッチは。一人にしちゃダメじゃない〜? 彼氏とし
ては」
 ふふふ、と笑った後で、ちょっとからかった感じで。
『杏奈さんこそ。逢沢さん、バイトですか?』
「そうなのよ。もう、暇〜。ついでに、あっついし。溶けちゃいそ
お」
『じゃあ……』
 え? 要クンのハスキーな声が思いがけない一言を。マジ?
「いいの〜? サッチ姉さんに苛められちゃうかもだよ」
 ――じゃ、僕が杏奈さんの暇つぶしにご相伴(ってなんだろ?)
しましょうか。
 ホント、いい子だ〜。プライドツンツン野郎ばっかの聖美の子と
は思えないよ、ったく。
『大丈夫。沙姉、杏奈さんのこと、よくわかってるもの』
「あ、アイツ。何か言ってんな、間違いなく100%悪口」
『はは、そうでもないよ。その話は、オフで』
「オフ?」
『あ、ゴメン。会ってってこと。……どこにします?』
「えっと……」
 あんま思いっきりなところじゃマズイよね、さすがに。そだ、や
っぱり暑いし。
「アイスなんてどう? 要クン、今、家だよね? じゃ……」

 オトコの子と街を歩くのって、こんなに楽しかったっけ。
 アタシとほとんど背丈の変わらない、ファッショナブルな装いの
優しい子。何だか、普通のオトコと歩いてるのとは違う感じ。
 そっか、サッチの奴、こういうのが好みなんだあ。
 むぅ。あなどりがたし、年下趣味。
 そりゃ、アタシだってちょっとはクラッときちゃう。一緒にアイ
スをペロペロして、サラサラ髪の下で、かわいい目がニコッとか笑
ったら。
 うあ、ヤバヤバ。ホントにサッチに殺されそう。
「ああ、食べた。美味しかった? 杏奈さん」
 ハトが一杯歩き回ってる公園。鉄のベンチにもたれながら、ブル
ーのカッターシャツを着た要クンは大きく伸び。
「うん、サイコ〜。いっつも、サッチと来るんでしょ。オシャレな
お店だよね〜」
「ううん、違うよ。杏奈さんとが、初めて。そんな、沙姉といつも
行ってるところじゃ、失礼だもの」
 え?
 えっと……、今、ムネがドキンとした。もう、結構お茶目だ、要
クン。
「こら〜。そういうことテキトウ言ってると、刺されるよ。……悪
いヤツ」
 華奢な顔の中から舌がチロリ。まったく、そんなんだったらこっ
ちが困らせてやる。
「もうねえ、お姉さんを困らせないんだよ。これでも、一年早く生
まれてんだからね。あ、そういう調子で、サッチも落としたな〜。
ほれほれ」
 肩をウリウリすると、うつむいて鼻からちっちゃく息。お、照れ
てる照れてる。
「あいつ、ほんとカワイイ子好き〜、だからあ。要クンと相性バッ
チリ、じゃん。デートしたら、お任せ〜なんじゃない?」
 ちらちらと聞いてた二人の関係。もう、知ってんだからね、ラブ
ラブなのは。
「で、その辺のことは? 聞かせてよ、要クン。いいなぁ、お姉さ
んとラブラブ。アタシに言わせりゃ悪趣味だけど、こればっかは個
人の好みだもんねぇ。サッチなんて、お姉風バリバリだもん。要ク
ン、もうクラクラもんでしょお。ほれほれ〜」
「もう、杏奈さん〜。勘弁」
 顔を上げて作って見せたのは、怒り顔。でも、全然怖い感じじゃ
なくって。
「杏奈さんも、結構イジメ系。沙姉、違うって言ってたけど」
「へへ、そう? クラッときた?」
「もしかしたら。……でも、本当は僕、どっちでもいいけど」
 怒り顔がほどけて、風がふわ。目が合ったら、優しいっぽい黒が
光って……。
 ドキドキドキ。
 や、やば。
 なんだか、サッチと一緒の時のイメージとはちょっと違うような
……。可愛くて、優しいんだけど。
「ホントに? サッチにチクっちゃうからね、そおいうこと言って
ると」
「いいよ〜。だって、ホントのことだから。僕さ、どんな風なのが
好みとか、ないから。……沙姉みたいな感じも好きだけど……」
 頬っぺたをちょっと膨らませた横顔。何だか、凄く真面目で……
ちょっと寂しい感じ?
 ドキドキドキ、切ないみたいな感覚がもう……。
 ヤバ、ヤバイ。アタシ、何だかヤバイ。次に出る台詞がわかる気
がする!
「でも……ずっと杏奈さんのことも聞いてたし。杏奈さんのこと…
…」
「ちょ、ちょっと待った。これ、要! 悪ふざけが過ぎ。一応あん
なんでも友達だし」
 バタバタ手足を振ってるアタシ。な、なんでこんな話になってん
のよ。だって、要クンとはサッチの付き合いで何回か会ったくらい
で……。
「ゴメン。…でも、ふざけてはいないよ、杏奈さん。迷惑だった?」
 う……。
 ちょっと、待ってよ。そりゃ、困るけど……。迷惑……だけど…
……。
 でもでもでも。
 ――可愛い子だよね〜。サッチ、やりぃ、じゃん。いいなぁ〜。
堅、ダサダサなんだもん。要クンみたいな子も、悪くないよね〜。
 ――あ、浮気の虫? 杏奈。それじゃ、探せば。もう少しカッコ
イイ男。
 そりゃ、確かに、全部満足なんかしてないけど、要クンはサッチ
のだよ。こんな調子でウンウンって言ってると、……うう、マズイ
よ。
 アタシは、そういう趣味は。三角、ううん、四角カンケーになっ
ちゃうじゃん。ああ〜、ダメだって。
「杏奈さんは、どんなのがいい?」
 うう、でも、ズルズル。きっちり身体まで洗っちゃったし。
「そ、そんなこと、オンナの子に聞くもんじゃないでしょ」
 裸を見せるのがすごくハズカシイ。目を見つめたら、吸い込まれ
そう。なんだか、要クン、全然イメージが違うよ〜。
「うん、わかった」
 黙ったまま、顔が近づいてくる。どうする。どうしよう……。
 ああ、もう、ダメ。もう……。
「杏奈。こっち向いて」
 ああ、ダメだ。もう、いいや。サッチも、堅も。
 サラサラの髪が額に当たって、両頬に手。
 アアン、すごいキス……。あっという間に舌が割り込んできた。
アア、そんなにかき回されると、もう。
 すごい、逞しいよ、要クン。
 胸の先が、キュ……。
 手が触れてくると、捏ねるみたいにギュ、ギュッって。
 そう、そうなの。そうやって思いっきりされると、身体の奥がジ
ンワリと。
 で、でもお、どうしてこんなにわかっちゃうの?
 ――受け身だよ。ふふ、可愛くって。
 全然違うじゃない、サッチ。かっこいいし、ギュってしてくれる
し。
 あ、ダメェ。
 いきなり、あそこに唇。ダメダメ。そんなにされたら。
 両足が持ち上げられて、ここのところ、ずっとやってもらいたか
ったことが。
 ジュルジュル、すごい音がしてる。
「ダメだよ、要クン……。イッちゃうって」
「いいよ、イって。杏奈。されるの、好きだよね」
 アアン、そんなこと、言われると。し、舌が中で暴れて、るぅ。
 膝が肩の横。苦しい体勢だけど、もうアタマの中が真っ白になり
そ。
 そこ、触って、そしたらぁ。
 弾けた言葉より先に、敏感なところがグイって。それで、舌が、
舌が。
「イク、イッちゃうぅ」
 アン、こんな感じでイケるのって、すごく久しぶり。うう、もう、
許さないぞ、要。
 ベッドの上で息をついてる細い腰の間で顔を出してる、カワイイ
そこに、チュッ。
「出さなきゃ、ダメだからね」
 ああ、ちっちゃいけど、なんかスゴク、いい。
 いつもの感じだぁ。エッチがアタマの中で回り始めると、もう、
止まんない。
 ムム、根っこまで飲み込めちゃう。先っぽのカリってしてるとこ
ろ、イッパイ舐め舐めしてあげるから……。
 あ、おっきく。
「杏奈、さん……」
 ちっちゃなうめきと一緒に、ビクビクって。
 あう、出して。飲んじゃうから。全部。
 手を当てた袋をちょっとだけギュッと掴むと、ドンドン出てくる。
ああん、すごい。たくさん〜。
 ゴクって飲み込んだら、またちょっと、ジンってした。頭を抑え
てる手が、気持ちイイよ。
 ……はあ。
 ララララ〜ン♪
 何だろ、このメロディ。ああ、要クンの携帯の着信音かぁ。
 エッチのキラキラな感じがだんだん引いてくアタマの中。ゴメン
ね、要クンが言って立ち上がる。
 いいよ〜、でもやっぱり、優しいなぁ。誰かとは大違いじゃん。
「あ、沙姉」
 さっきの余韻が残ってる感じの声の相手は、マジ?
 慌ててシーツを身体の回りに寄せ集めて……なにやってるんだ、
アタシ。
「うん、うん。ゴメン。ちょっと友達と会ってた。ちょっと前まで、
電源落としてたし」
 ラブホのちっちゃいテーブルの前に立った要クンは、目尻の下が
った瞳に、ちょっと微笑を浮かべて。
「……誰かって?」
 眉毛を持ち上げて、こっちを伺う目。ああ、何とかテキトウ言っ
て、誤魔化しといて。まだ、アタマがごちゃごちゃ。うう、やっぱ、
トンでもないこと、しちゃったかなぁ。TVに良く出てくる、フタ
マタ女じゃあるまいし〜。
「聞きたいの、沙姉。話してもいいけど」
 え、え? 冗談でしょ、要クン。
「後悔しない? うう〜ん、じゃあ」
「ちょっと、要ク……」
「……杏奈さんだよ。うん、その、まさか。ううん、だって、杏奈
さん、いいよって……」
 う、ウソぉ。な、なんで、そんなとんでもない事をバカっ正直に。
 え、そんな大声出さないでよ、沙姉――携帯に話しかけてる裸の
ままの要クンをマジマジ見つめながら、アタシのアタマの中はグル
グル回るばかり。
 こ、これって、どういうこと??
 いい夢なんだか、わるい夢なんだか!
 じゃない、夢じゃないよ〜。
 あう、参っちゃった……。

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