第五章 Happiness

 黒板に流麗な筆記体のアルファベットが書き付けられると、淡い
ピンクのスーツ姿が振り向いた。
「では、この文章を分解してみましょう」
 S、V、Oと単語の下に赤チョークでアンダーラインを引くと、
主語の部分にトンっと指を置く。
 圭吾はノートを取りながら、教壇に立つ真雪の後ろ姿を眺めてい
た。
 授業をしてる時の真雪、ホントに格好いい。先生なんて向いてな
い、なんて贅沢だよな、まったく。
 今日、デートに誘っちゃおうかな、そんな事をぼんやりと考えた
時、後ろから声がした。
「真雪ちゃんてさ、なんかイメージ変わらん?」
「オオ、オオ。イケてんじゃん。あのスーツ、ヤバすぎ。お願いし
ます、センセぇ、ってか」
 圭吾は鼻から息を吐いて軽く笑うと、テキストに視線を落とした。
『真雪の着てる服って、地味過ぎるから』
 素直に地を出せば、そんなに肩肘を張る必要はないはずだと思っ
た。真雪の持っているストレートな情熱、それだけで多分、クラス
をまとめていける。
 終業のチャイムが鳴って、テキストを畳んだ真雪の視線が一瞬、
自分の方を見たのがわかった。自分だけの『真雪』の表情がかい間
見えて、自然に嬉しくなってしまう。
 ……今日は金曜日だし、やっぱデートだな。
 肩掛けカバンから携帯を取り出すと、Yシャツの胸ポケットに放
りこんだ。
「お〜い、ケーゴ」
 前方から声がした。Yシャツを着崩した、面長にオールドサーフ
ァースタイルの男子生徒が歩み寄ってくる。
「おお、なんだ」
 顔を上げた圭吾の頬を、手が挟み込むとペシペシと叩いた。
「緩んでんな〜。にやにやしてっと、キモタイぞ、ケーゴ」
「うるせぇよ、町田。お前はナンパでもしてろ」
 こいつに気付かれるほど気を抜いていたろうか、僅かに臍をかむ
と、唇を引き締めて表情を作った。
「へいへい。でさ、また木村から俺のとこに携帯入ってたぜ」
「……だから」
「おまえさ、ちゃんと出ろよな。元カノだろ」
「勝手に決めんな」
 町田は圭吾のカバンの中に手を突っ込むと、MDに繋がるヘッドホ
ンのコードを取り出した。
「お、ベタなメロディ」
 再生ボタンを押した先では、甘いデュエットのラブソングが流れ
出しているはずだ。圭吾は黙ったまま停止ボタンを押すと、コード
を引っ張り落とした。
「…愛想ないのね。こりゃ、今日も付き合ってもらえないってこと
かいな」
「そういうこと」
 大げさな手振りで落胆の表情を作ると、町田は踵を返した。
「いいねぇ、女に不自由のない奴は」
 戻って行く町田の背中の向こう、教壇の上にはもう、真雪の姿は
なかった。
 放課後の開放感とざわめきの中で、圭吾は手早く荷物をまとめた。
そして胸ポケットに入れた携帯に触れると、足早に教室を後にした。

 マナーモードにしてあった携帯電話が、デスクの中で細かい振動
音を響かせたのは、進路指導の会議が始まる30分前だった。
 反射的に辺りを伺った。
 電源オフどころか、携帯を持ってくる事すら実質禁止の雰囲気が
ある職場だ。
 真雪は抱きかかえたファイルの下に携帯を隠すと、職員室を後に
した。
『今日、吉祥寺のいつもの店で待ってる』
 屋上でメールを見ながら、自然に頬が緩むのを止められなかった。
 夕刻へと深みを増しつつある群青の空を見上げながら、メールの
続きを反芻する。
『It will be soon FRIDAY NIGHT ガンバレ、真雪。ウマイ酒が
待ってるぜ』
 そして、最後の部分を小さな声で呟いた。
「Always by the side of you……かぁ」
 いつも傍に。そんな風に言われても、殆ど違和感を感じない自分
に驚いてしまう。6つも離れているのに……。
 でも、そんなことは関係ない。
 真雪は即座に首を振った。そして眼下に広がった街並みを目に映
しながら、携帯のボタンを繰る。
『7時には行けると思うから。早く会いたいな。待ち遠しいから先
に愛を送るね。LOVE・LOVE・LOVE……∞』
 ともすると鋭利に見える切れ長の瞳に、今は柔らかい輝きが宿っ
て止まらない。
 ホントにこんな気持ち、知らなかった。圭吾のことを考えると、
何もかもの色合いが変わってしまう。
 真雪は手に持った青いファイルを、ボンっと叩いた。
 さて、チャキチャキッと行きますか。ダラダラ続くマンネリ会議
に一発、喝を入れてやらないと!

 アルコールが回って、僅かに熱を帯びた頬に、夜風が気持ち良か
った。
 白いTシャツの上に、ロイヤルブルーの長袖シャツを羽織った圭
吾は、いつもよりシックに見えた。ソフトスーツを着た真雪が腕を
組んで肩を寄せても、それほどに違和感を感じさせない。
「いっぱい飲んじゃったね」
 真雪が光り輝くアーケード街の眺めに目を細めると、圭吾は斜め
下を見下ろしながら苦笑いに近い表情を浮かべた。
「あ〜あ、それが先生のセリフかねぇ。高校生に酒飲ませといて」
「あ、そういうこと言うんだ。じゃ、もっといけない事、してあげ
ないからね〜」
「バカ真雪。コンプリート教師失格じゃん。教え子を悪の道に引き
ずり込むアリ地獄センセイ」
「圭吾にだけだもの。後は、ビシッと真雪先生なんだから」
 真雪は、上目遣いに圭吾の顔を見上げた。もう、先輩の顔は重な
らない。どうしてあれほど似ていると思ったのだろう、そんな気さ
えした。
「……ま、少し先生らしく言わしてもらうとするなら、completeは
ちょっと違うと思うな。それを言うなら、not……」
 その時、組んでいた圭吾の腕が、真雪の身体を強引に右方向に引
っ張った。
「マズ…」
 そして、店の間の狭い路地に身を潜めると、建物の影から覗き込
むように、過ぎ去って行く人の波に目をやった。
「何?」
 身体を寄せて尋ねると、圭吾は濃い眉を寄せた。
「真雪、気付かんかった? あれ。」
 顎をしゃくった先、雑貨屋のワゴンの辺りでたむろう数人の女の
子達の後ろ姿。
 見たことがあるような……、あ!
 クラスの幾人かの女子生徒と重なる。制服を私服に入れ替えれば、
間違いなく。
「なんであいつら、こんなとこまで……」
 圭吾が呟いた時、一番端にいたストライプの長袖Tシャツの背中
が振り向いた。
 真雪は慌てて圭吾のシャツの袖を引っ張ると、路地の更に奥に身
を隠した。
 建物の壁を背中に二人並んだ姿を、通り過ぎる人の波から幾人か
が面白そうに眺めている。
 真雪は心臓が早鐘のように鳴るのを感じて、圭吾の手を握り締め
た。
「…どうしよ」
「この路地、行くしかないだろ。なんか、めちゃくちゃ暗いけど」
 肩を並べればそれで目一杯の狭い路地の向こうには、壊れかけた
ネオンが不定期に点滅している。湿り気を帯びたアスファルトを踏
みしめながら歩いて行くと、何度も折れ曲がった先に、広い通りが
見えた。
「……ここに繋がってたんだ」
 ずっと握り締めていた手を離して見上げると、駅から続く大通り
へ出る道に立っていることに気付いた。
「ドキドキしたぁ」
 後ろに立つ圭吾を振り返ると、不意に頭に手が当てられた。ショ
ートボブの髪を掻き崩すように、クシャクシャっと指先が頭皮を撫
でた。
「真雪って、ほんと、可愛い」
「な、何よ。年上を……」
 そしてそのまま、首筋に手が下りると、引き寄せられた。
 も、もう……。
 唇が合わさる。
 緊張の動悸が、別のドキドキへとすりかわっていくのを感じなが
ら、すんなりした圭吾の肩に両手を廻した。
 圭吾といると、すごく自然になれる。気負わない、ありのままの
自分に。
「家に、来る?」
 唇を離した後、低い声で尋ねた。
 圭吾の細い目が、静かに頷いた。

 頭からつま先まで、身体中を愛してあげたい、そんな気分だった。
 初めて真雪の部屋に入った時、思ったよりずっとカラフルで、可
愛らしい調度が並ぶ眺めに、何処か納得している自分に気付いてい
た。
 ライトブルーの水玉が散りばめられたベッドの上に、ペンギンや
クジラのぬいぐるみ。淡いグリーンのサイドボードの上には、船や
自転車の鉄製アンティーク。カーテンもマリンブルーで、三つの球
体が組み合わさった照明が照らし出す下には、丸いガラステーブル
が置かれていた。
 今日、ふざけ合いながら一緒に街を歩いて、そして、この部屋に
入るまで、まだ何処かで彼女は『真雪先生』だった。
 でも今、緑と白の紋様が描かれたカーペットの上で、白い身体を
紅潮させているのは、間違いなく自分の好きな真雪という名の女性
だった。
「は、恥ずかしいよ」
 足を開いて圭吾の顔の上に跨った真雪は、所在なげに視線を宙に
さまよわせている。
 圭吾は目の前に広がる紅い柔肉の重なりを両手で押し開くと、雫
を溢れさせる秘められた入り口に、舌を軽く差し込んだ。
「う……」
 小さなうめきが耳に届いた。片手をお尻に、もう一方を顔を覗か
せた真珠の先にあてがうと、中の壁を確かめるように舌で掻き回し
ていく。
 全身への愛撫で、既に幾度かの小さな山を通り過ぎたしなやかな
身体は、圭吾の舌の上に甘酸っぱい雫を次々に漏らして、止まるこ
とを知らない。
 俺がもっと、感じさせてやるから。
 舌を抜き出して、窄めた唇を敏感な核の廻りにあてがう。そして、
圧力をかけて吸い出すようにすると、舌先で頂きを弄った。
「ヤダ、圭吾……、感じちゃうから」
 腰を引こうとする真雪を許さず、中指を中心に差し込むと、捏ね
るような刺激を送った。指先に当たった内壁が、少しだけヒクつく
ような動きを示した。
 感じたいんだ、真雪。
 イかせてあげよう、そう思って舌の動きを早めようと思った瞬間、
強引に腰が離れ、潤んだ瞳がそばにあった。
「ダメ。圭吾と一緒にイきたい」
 そして、手を伸ばして硬直した昂まりに指を這わせた。柔らかく
包み込む5本の指の感触。身体の奥から尿道へと上がっていく精を
感じた。
 官能の波に飲み込まれそうになる意識の中で、ガラステーブルに
置かれた財布に目をやる。
 言葉にするより早く、真雪はベッドサイドの小さな引出しを開け
ていた。
「付けてあげるね」
 封を切り取ると、勃ち上がった剛直へ、緑色の薄皮を丁寧に伸ば
し下ろしていく。
 そして、僅かに勢いを失ったのを見て取ると、薄皮の上から暖か
い唇が押し付けられた。
 ショートボブの髪が、見下ろした股間で揺れている。
 コンドームの上からでもなお、唇の締め付けと口腔の生暖かい感
触は刺激的で、一気に限界まで昂まるのを感じて。
「ふふ、元気」
 唇を離した真雪が、跨るように腰を落とす。
 う、イきそうだ……。
 圭吾は必死に気を逃がすと、潮を吹き上げそうになる分身をコン
トロールする。けれど、しゃがみこんで激しく腰を上下する真雪の
勢いに押されて、限界が一気に近づいてくるのがわかった。
「い、イイ……」
 腰に手を添えて真雪の動きを補佐すると、限界まで膨張した先端
が、固い行き止まりを突くのがわかった。
 下から見上げても、眉根を寄せた真雪が、切なさの極みにあるの
がわかる。圭吾は、腰を下から律動させると、激しい音を立てて打
ちつけた。
 どうだ、どうだ!
 剛棒と柔壁が擦れ合い、熱を帯びた絶頂が近づく。
 圭吾は、細かく揺れる乳房に両手を添えると、乳首を摘み上げる
ようにしながら揉み立てた。
「ヤダ、一緒に、圭吾。一緒に……」
 もう、限界だった。
 最後の力を振り絞って腰を叩きつけた瞬間、真雪の頤が反り上が
り、太ももに当てられた手が、痛いほどに握り締めて止まる。
「い、イイ……」
 圭吾も喉の奥から搾り出すうめきを上げると、一気に精を噴出し
た。
 数秒、いや、数十秒の空白?
 大きく息を吐いた真雪が、そのまま倒れ込んで胸の上に頭を預け
た。
 熱い。
 押し付けられる柔らかい胸の感触を味わいながら、真雪の肩に手
を添えた。
 そうか、こんなに、一つになれるもの、なのか……。
 そして、もう一度大きな息をつく真雪。
「……気持ち、よかった。圭吾も、だよね」
「ああ」
 そして静かに身体を離すと、コンドームを抜き取ってガラステー
ブルに投げた。
「わたし……」
 横にずれ落ち、うつ伏せで肩に身体を預けた真雪の横顔が言った。
「わたし……」
 小さくなる声に、圭吾は尋ねた。
「わたし?」
「うん」
 目を閉じると、静かに言った。
「初めて思った。このまま、一杯中に注いで、って。あなたので、
わたしに植え付けて欲しい、子供が欲しいって……」
 一瞬、胸の奥を鈍く突かれるような痛みが走る。
「どうして、そんなこと思ったんだろう。まだ、そんなに付き合っ
てもいないのに。でも、本当にそう思ったから…」
 圭吾は口を開くことができなかった。その台詞が嬉しいと思う傍
らで、どうしても浮き上がる、かつての記憶。
 沈黙の後で、真雪は上半身を起こした。
 その紛れのない瞳は、俺に内面に兆したものに気付くのだろうか。
もし、それならば……。
「……圭吾」
 真雪は静かに言った。
「わたし、変なこと言った?」
 圭吾は、無言で首を振った。そして、再び沈黙が流れる。
真雪は、テーブルの上に置かれた白濁したコンドームの先端を結ぶ
と、ごみ箱に落とす。
「ねぇ」
「ん?」
「前から聞きたかったんだ」
「うん」
 目を見開いて、裸の後ろ姿を見つめる。
「いつも、ちゃんと避妊してくれるよね」
 その声は、先細るように小さくなる。
「……今まで、そういう人と付き合ったことがないから、凄く嬉し
い。大事なことだと思うから。でも…」
 そのまま口篭もると、再び圭吾の肩の上に身体を預けた。そして、
暫しの沈黙の後、小さく息を吐いた。
「やっぱり、いい。圭吾がちゃんとわたしを見てくれてる、それだ
けで」
 圭吾は真雪の呼吸を聞いていた。
 心の奥が熱く満ちて行く。何も言わなくても自分のわだかまりの
片端でも気付いてくれた優しい気遣い。
 ……考えてみれば、麻衣と真雪は同じ年齢なんだ。
「昔の話になっちゃうけれど……」
 今までとは違う。きっとこの人とは本当に恋していける、そう思
った。
 肩の上の小さな頷き。
「高校に上がってすぐ、付き合ってた奴がいたんだ」
 長い髪に大きな瞳、もの静かな表情をぼんやりと思い出す。
「そいつ、もう大学生でさ。俺、結構舞い上がってたんだよな。結
構自慢して廻ったり、ほら、何もかも初めてだったから……」
 真雪の方を見下ろすと、肩に手をかけた。
「嫌じゃないか? こんな話…」
「ううん、続けて」
「で、もう夢中だったさ。気持ちよけりゃなんでもよかったし、付
き合うってのはそういうもんだと思ってた」
 真雪は黙ったまま、静かに呼吸を繰り返していた。髪の毛が胸に
当たって、少しくすぐったかった。
「大学の試験期間とか何とか言って、しばらく会わなかったんだ。
それで、久しぶりのデートの時……」
『ちょっと体調悪くて。できちゃったの、おろしてきたから』
『え?』
 あの時の麻衣の表情には、何の色合いもなかった。まるで、お腹
が痛いから医者に行って薬をもらってきた、そんな風に聞こえた。
『やっぱり、堪えるみたい。でも、もう大丈夫、圭吾とエッチでき
るよ』
 言葉の意味と、感情を繋ぐ糸が見えなかった。子供、堕ろす、エ
ッチ……。
 圭吾は目を閉じた。
「それからも暫く、付き合ってたんだ。でも、何処かで考えてた。
あいつは、『まだ早いでしょ、圭吾が一番だから』、そんな風に言
ってたと思う。俺はこうして生きてる。それは、産まれてきたから
だ。だから、考えていられる。そんな風に選ばれて、物のように捨
てられる……、それでいいのか、俺は、知らない内にとんでもない
事をしてるんじゃないか……」
 かつて考えた言葉を、何とか具体的に口にしようとした。
けれど、うまく表せない。
 それより先に、静かに耳を傾けている傍らの女性への想いが重な
って、感情が零れそうになる。
「産まれてこなかったかもしれない、俺。そして、あいつがもっと
楽しい何かを見つけたら、こうして生きている俺も切られるに違い
ない……、それで付き合いは、ジ・エンド。それから、遊んでる女
なんて、みんな同じに見え始めてさ。くだらねぇ、恋なんて、ホン
トにくだらねぇ……」
 口を止めた瞬間、押さえられた、でも深く低い響きが優しい言葉
を紡いだ。
「わたしとの『今』も、くだらない? 違うよね。圭吾」
 圭吾は頷いた。真雪の言うとおりだ。この想いに嘘は付けない。
「……凄いな、圭吾。わたしも、避妊はして欲しいといつも思って
きた」
 ゆっくりと真雪は続けた。
「でも、それは、『できたらやばい』くらいの感覚でしかなかった
気もする。だから、わたしは圭吾の昔の彼女のこと、責められない
よ」
「真雪は、違うよ!」
「買い被っちゃダメ。わたしだって、結構遊んでたし、もしかした
ら同じこと、してたかもしれないんだもの」
「違うって。麻衣と真雪は違う。あいつは……」
 それ以上は続けられなかった。目を見開いて見つめたまま、柔ら
かく口づけられたから。
 濃青に佇む深い海のような瞳を映したまま、息が切れるまでキス
が続いた。
「うん」
 口の端を上げて、大きく微笑むと、真雪は囁いた。
「……違うよ。だって、わたしは圭吾を大好きだから。わたしを好
きでいてくれる圭吾が愛おしいから」
 胸の中に淀んでいた霧が、一気に晴れ渡っていく。
「真雪!」
 細い首に両手を廻すと、もう一度口づけた。こんどは僅かに下の
絡まり合う、軽いフレンチキス。
 圭吾はもう、胸の奥で湧き上がる熱い想いを止めることはしなか
った。
 そして、キスは更に熱心さを増していく。
 開いていた手と手が絡み合い、身体を強く押し付け合った。交わ
った足と足の間に熱が生まれ、再び身体の奥底に火が点る。
 腰骨の辺りを上下していた真雪の手が、大きさを確かめるように、
再び昂まりを捉えた。
 唇を離した目と目が合わさり、どちらからともなく微笑みが漏れ
た。
 長い夜は、終わらない。

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