2020ちなみちゃん

 あ〜あ、いい天気。
 丘の上の風力発電の風車も涼しそうな感じ。たくさん並んでぐるぐる大きく回って、ここまで風を運んでくれてるみたい。
 今年の夏も、あんまり暑くならなかったなぁ。
 やっぱり、効果が出てきてるのかな。シード計画。二酸化炭素が地球をあったかくしてるのって、本当だったんだねぇ。
 あら、私らしくないこと、考えてる。
 洗濯は、もう終わりですか。
 ちょっとメタリックな声。こっちに突き出されたソフトベージュの光る腕。
 もう、おしまい。ありがとうね。そうそう、グラ、今日の洗濯指数は?
 ――100です。現在時刻、九時。午後一時には完全に乾燥するでしょう。
 ツルっとしたフェイスで、赤いセンサーアイがきらきら。
 じゃ、おやすみ。取り入れの時は、また手伝ってね。
 オフ、と言う事でよろしいでしょうか。
 そいうこと。お疲れさま。
 くるっと腰が回転すると、ウィーンって小さな稼動音。私より少しだけ低いアルミ製の頭が揺れて、ベランダから部屋へ入ってく。
 ほんとにグラ、働き者。大事にしないと。
 階段の下で最低機能以外停止している姿を考えちゃうと、やっぱりグラも家族の一員だなぁって。ほらほら、ベランダの下で庭一面に広がる花や、遠くを眺めてるオットーとおんなじで。
 あ、今日はオットーの散歩、少し早く出かけちゃおうかな。
 空がとっても青いなぁ。いい気分。
 玄関前のらせん階段を下りて……、あれ?
 下駄箱の上のパネルが光ってる。なんか、すごい電気消費。
 グラは……あら、もう寝ちゃってる。うむむ、この表示は……。
 あ、沙里ちゃんの部屋だ。もう、またなんか着けっぱなしで学校行ったな。
 
 
 ええと……、あ、やっぱりPIBだ。もう、オールセンスの方を着けっぱなしなんて、なに考えてるのやら。規定量に行っちゃうじゃない。ママがTV見れなくなったら、あんたのせいだからね。
 えっと、スイッチはどこだっけ。
 おっきなベッドにも見えるオールセンスPIB。電源もPCから制御するんだっけ?
 えっと……。もう、メカ音痴は相変わらずだなあ。あ、これこれ。強制終了ボタン。
 土台のところにある、ちっちゃなボタン。低い音を立ててる近くにしゃがみ込んで……、あれれ。
 何となく、どこかで憶えがあるような香り。うう〜ん、これって……。
 開いたカバーの上に投げ出されたセンサーパッド。いかにも慌てて外しましたって……そうだ。沙里、今日はいっつもにましてバタバタしてたっけ。朝ごはんも食べてかないし、何だか顔も赤かったし……。
 あ。
 あ〜、もしかして。
 
 強制終了、やめ。
 
 ええと……。パーソナライズ、どこだったっけ。
 私の目に当てて、と。
 認証、OK。
 頭の上のサブモニタ。シンクロ、OK。擬似知覚は、オフ。モニター出力で。
 じゃ、ちょっとだけ……。たぶん……。だって、結構流行ってるって。
 
 あらら、やっぱり。
 ちょっと懐かしい景色かなぁ。2000年風っていうか。
 でも、街の全部がパステルカラーで優しい感じ。うんうん、やっぱり女の子だよね。
 街の中、誰も歩いてないなぁ。うう〜ん、それはこの時間じゃね。
 あれ、このボタンって……リフレインモード?
 シチュエーション記録あり、だって。あれれ、日付は2020……、今日の朝の時間じゃない。
 
 ちょっとだけ、見ちゃおうかな。
 お母さんの特権、だもの。
  
 
 
 うわあ、なになに、やっぱりこんな子がいいんだ。ちょっと中性的な感じだよね。
 キラキラ、街の光が溢れてる。空に浮かんだホテルの部屋?……そっか。今の子にはこういうのが憧れなのかなぁ。
 そう言えば、昔のドラマとか、流行ってるもんね。
 
 あ、あらら……。
 
 沙里ちゃん、いきなりそれは。
 
 
 愛してみろよ。
 はら……。画面いっぱいにアレが。あ、結構大きい。
 擬似知覚モードなら、目の前いっぱい、ってとこ?
 う、いいぞ、もっと飲み込め!
 うわ、生々し。ゴクって、うわ、もう。
 尻こっちへ向けろ。
 はい……。
 あらら……、こういうの、好みなんだ。やっぱり、オンナの子。強引なの、いいんだよね。
 口の中に指突っ込まれちゃったりして。
 肩を噛まれちゃったり。
 うわ、髪の毛引っ張って、ちょっと痛いなぁ。
 イケよ。見せてみろよ。
 ホラ!
 
 あ、ちょっと気持ち入っちゃった。
 オールセンスでしてたら、結構いい感じ、かも。
 ふふ、面白いものが出るよね。
   
 ううん、沙里も大きくなったなぁ。
 来年は、高校生だもんねぇ。
 でもこれじゃあ、ホント、はまだかも。
 かなり空想入ってるもの。たぶん、お相手さんも。
 
 
 そういえば、私って初めてはいつだったっけ。
 う、小六の時か……。
 ホントもう、しょうがない、なぁ。
 
 
 
 
 え。ええ! 勝手に部屋に入ったの? やめてって言ってるのに。
 しょうがないでしょ? とにかく、PIB消し忘れないでね。すごく使うんだから。
 う、うん……。
 唇を突き出した、丸い顔。そうだよねぇ、怒る気持ちもわかるけど。
 とにかく、使い過ぎは困っちゃうから。ここのところ、沙里の分が凄いんだよ。規定量越えちゃうと、ママがTV見れなくなっちゃうし、グラの充電もできなくなっちゃうでしょ。
 ……わかった。でも、一時間くらいなら、いいでしょ。
 もっと何かを言いたそうな目。
 そうね。もう少し使ってもいいよ。ただ、オールセンスはほどほどにしてね。他のことが頭に入りにくくなるみたいだから。
 知ってる。大丈夫だから。
 ふいっと立って出ていく制服の背中。やっぱり、大きくなった、のかな。

 バカ沙里! ママに怒られてやがる〜。
 うるさい! あんたに言われたくないね!
 
 ふふ。でも、まだまだ。二人ともかわいいかわいい。
 
 
 
 
 チチチチ。
 小さな稼動音。
 ちょっとだけ、のぞかせてね。
 あ、やっぱり。
 ベージュのオールセンスPIBのボディに包まれて。手が、胸と足の間で動いてて。切ないため息。押さえた声。
 体温、.2℃上昇。心拍数、5%上昇。脳波……。
 いいよ、グラ。もう、モニターしなくても。
 おやすみ、沙里ちゃん。いい夢、見れるといいね。
 
 
 
 そうか。沙里がなぁ……。
 うん、そうなんだ。大人になったなあって。
 横に座ってくれてるパパ。触ることはできないけれど、やっぱり、これも技術の進歩、のおかげだよねぇ。
 でも、そういうもんなんだろ。
 たぶん。私のが、参考になるのかわからないけど。
 だよな。おまえはなぁ……。
 太い首の上で笑う、逞しい顔。機嫌良さそう。今日の試合は、勝ったんだよね。
 でもさ、こういう件については、おまえに任せるよ。間違いないと思うしさ。
 ありがと、パパ。
 
 でさ……。
 なあに?
 
 例の移籍話だけどさ。
 ドキ……。そうだ、もう、結論出す時期。ずっと、気になってたけど、どうなるかって。
 うん。
 断ることにした。
 え。
 ……いいの? だって、最後のチャンスでしょ? ヨーロッパでプレイできるなら……。
 いいんだ。Rリーグもまだまだ軌道に乗ったってわけにはいかないだろ。
 でも……、それは若い人達がって。
 イメージからだけでも、伝わってくる柔らかくってあったかい雰囲気。パパ?
 いやさ、やっぱり俺はお前らを置いてけないよ。30半ばまでやってこれたのも、お前と子供らのおかげだしさ。
 パパ……。
 あ、もう。何だかちょっとホロっときちゃった。
 どした? 大丈夫か?
 う、うん。ちょっと涙出ちゃった。でも、それがパパの決めたことなら、いいよ。
 決めたことならいいよって……。
 ううん、違うよ。もちろん、嬉しいんだ。遠征が多くても、一緒がいいし。
 そうか。安心した。それなら、今から……、
 
 え?
 
 ………そっちにいくから。
 
 え? だって、今、名古屋じゃ。
 いや、来週は仙台だろ。だからさ、通り道。
 
 え、うそうそ!
 
 
 
 バタン。
 ほ、ホントにパパだ。誰より大きくて、あったかくて……、
 私の愛してる。
 
 ただいま。千波美。
 
 おかえりなさい、パパ。
 
 黒いポロシャツの広い背中が、靴を脱いでる。どうしようか……。すごく、今日は……。
 でも、オフでもないし、少し寄っただけなのに。
 
 ね。
 うん?
 
 ね、パパ。
 にっこり。そして、大きくうなずき。
 ああん、そんな風に笑われちゃうと、やっぱり我慢できない。
 ね、今日は、ちょっとだけ、甘えてもいい?
 最初からそのつもりだけどな。お前、沙里のPIB見て、ちょっとクラクラってきてただろ。
 え……。
 何か、やけに熱入ってたからな。
 や、やっぱり、バレてた?
 そりゃ、な。ほら、こいよ、ちな。もう、子供ら寝たんだろ?
 
 
 は、はにゃ……。やっぱり、陸、優しい。
 ちょっと明かりを確認して、うん、みんな寝てる。
 
 おっきく広げた腕に、ピョン。
 あみゅ……。抱っこ、嬉しい、にゃ。強くてカッコイイ陸、大好き。
 
 チュ!
 
 このまま、部屋まで連れてって。
 当たり前だろ。お前なんて、羽根みたいなもんだ。
 うん。
 
 も一回、チュ。
 今度は、すごく熱烈で、ふか〜いの。
 アン。抱っこされて歩きながらキスされるのって、最高なんだ。
 
 バタン。
 
 大きくて、広いベッドルーム。この時のための。
 久しぶりだし、いっぱい元気づけて上げる。でね、いっぱい愛して、にゃ。
 
 へへへ。
 とっても幸せ。
 
 と〜っても!

扉ページに戻る 前の話へ