第4章 Summer Days -July,August-

 夏になると、今でも思い出す。わたしの一番熱かった日々のことを。


 終業式の日、一学期最後のホームルームが終わると、教室からすうっと出て行く武史君の姿が見えた。
 すぐにでも後を追い掛けて一緒に帰りたい、そう思ったけれど、今日は一度合唱部の方に顔を出さないといけなかった。
「それでは、夏の練習計画はプリントの通りという事で。3年生は受験との両立が大変とは思うけれど、伝統の12月に向けて気持ちを一つにしていこう。」
 50人以上いる部員が集まった音楽室の一番後ろの席で、部長が夏練の予定について話すのをぼんやりと見ていた。
 武史君、一人で帰ったのかな・・・。
 いつでも会えないのがもどかしかった。なんでこんなにこの市は広いんだろう。中学生の時みたいに、同じマンションだったらこんな思いはしなくていいのに。
「山藤さん。」
 解散が告げられて、カバンを持って立ち上がったわたしの背中から、聞き慣れた声がした。
「・・・部長。」
 まだ残った幾人かが、こちらを覗いながら教室を出て行く。何を考えているか想像がついて、きまりが悪かった。
「こんなこと言うのはなんだけれど、大丈夫?」
 部長の言う意味はわかってた。このひと月くらい、どうしても練習に身が入らなかったから。
 わたしは黙って首だけで肯いた。
「僕のことなら、気にしないでいいから。山藤さんが、あんなことで部に顔を出しにくくなったら・・・」
「大丈夫、部長。心配しないで。」
 言葉を遮って言った。5月に告白されて以来、ちゃんと言葉を交わしたのは初めてだったような気がした。
「・・・そう。ならいいんだけれど。」
 何処か寂しそうな表情に見えた。
「わたし、歌うのは大好きだから。ね、伝統の12月でしょう。がんばろう。」
 わたしの方こそ、部長に申し訳ない気持ちだった。これは部長のこととは全然関係のない、わたし自身の問題だったから。
 下校する人影もまばらになった校門を通って、緑が木陰を作る坂を下って歩く間も、なんとなくすっきりしない気分が続いていた。
 わたしは、武史君が好き。絶対に誰よりも好き。でも、6月のあの日から、一時も彼の姿が頭から離れない。少しでも傍にいたい。少しでも、曇った表情に笑顔を取り戻させてあげたい。何度でもキスをして、抱き合っていたい。
 彼の事を考えていると、他の何もかもが遠くに行ってしまう。歌のこと、受験のこと、今だから考えなければならない多くのこと。
 これでいいのだろうか。この気持ちに埋もれてしまうわたしを、武史君は好きでいてくれるだろうか。
 昔から思っていた事。恋愛しても、お互いに高め合える自分を持ち続けて付き合っていきたい。
 そんな考えよりずっと強い気持ちが自分の中にあるのがわかって、少し怖かった。
 ・・・そう、わたしは怖い。このままで彼を本当に好きな自分でいられるんだろうか。
 学校からの坂が終わり、これ以上は考えあぐねてため息をついた。ふと目を上げて視界に入った、商店街へ曲がる角の空き地に、赤いロードタイプの自転車と横に立つ人影があった。
「武史君。」
 垂らしていた前髪を切って、しばらく前よりさっぱりした感じになった彼の目が微笑んだ。
「暑いね。」
 青い空を見上げた表情に、わたしは初めて夏の日差しに気がついた。
「後ろ、乗ってきなよ。」
 ポンポン、と自転車の荷台を叩いた。
「・・・でも。」
 周りを見渡した。確かにうちの高校の生徒らしい影はないけれど、今街へ下りて行ったら、絶対誰かに見られてしまう。
「いいよ。見たい奴には見せてやれば。それとも、亜矢は困る?」
「ううん、そんなことない。」
 カバンを自転車の前カゴに放ると、荷台に横座りした。
「待っててくれたんだ。」
「だって、夏休みに入ったら、毎日は会えないじゃないか。」
 自転車をこぎ始めた白いワイシャツの背中から、少し照れくさそうな声がした。
 すごく、嬉しくなった。今までのもやもやが消えていくような気がする。
 スピードを上げていく自転車の横で、景色が後ろへどんどん飛んでいく。すぐに街へ続く大通りへ出ると、付属の白いセーラー服と、ワイシャツの一群が見えてきた。
 風のように通り過ぎると、何人かの見知った顔があった。
 あ〜あ、2学期に思いっきり噂になるだろうな・・・。でも、構わないかな。
「掴まってろよ!」
 黒いズボンの腰が揺れて、市の中心街へと向かう車と並ぶように走り始める。
「・・・危ないよ!」
「元野球部の足をなめるなって。」
 風の中で武史君の大声が響いた。腰にしっかりと掴まると、デパートの並ぶ3車線の通りを突っ切った。
 プッププー。
 黒いスポーツカーがクラクションを鳴らした。軽く後ろを振り向くと、駅に向かう大カーブに向けて、一気に右へとハンドルを切った。
 車の波の中へ自転車が割り込んでいく。
「怖いよ!武史くん。」
 身体を密着させると、駅へ続く細い横道へ走り込んだ。一気にスピードが落ちて、彼が振り向いた。
「到着。」
 言って、自転車を止めた。
「もう、二人乗りでこんなことしたら、学校に報告行っちゃうよ。」
 まだ胸がドキドキしていた。彼の目の上で、日に焼けた額から汗が滲んでいた。
「はは、それもいいんじゃない。」
 ・・・あれ?
「・・・なんか、あったの?」
 どことなく歪んで見えた口元に、いつもより寂しげな影が浮かんで見えた気がして。
「何が?ほら。」
 自転車に鍵を掛けて、カゴからカバンと手提げを取ると、至極自然にわたしに手渡した。気のせいだったのか、それ以上は訊ねる自信も持てなくて、駅の改札へと続く狭い路地を二人で歩き始めた。
「海、行けそう?」
「うん、なんとかお母さんから許可出そうだから。」
「そっか。寛史にも言っちまったし、亜矢がだめだと、困っちゃうからなあ。で、俺たちと行くって言ったわけじゃないだろ?」
「まさかぁ。お父さんに知れたら、とんでもないことになるもの。」
「だよな。」
 さっき見えたように思った不透明な表情が消えて、少しホッとする。そして、夏休みの計画をなんとなく話している内に、すぐに改札の前まで来てしまった。
「ね、武史君は模試とか受けないの?わたし、全文社のやつは受けるんだけど、武史君も受けるなら、一緒に行かない?」
 なんとなく口にした質問だった。でも、彼は目を一瞬伏せると、今までと明らかに違うトーンで呟いた。
「・・・いや、夏の模試は受けないんだ。別に、受けてもしょうがないから。」
「え?だって、一応判定とか見ておかないと・・・。」
 わたしの言葉を遮るように、大きな手がわたしの肩にかかった。
「今日、もう帰らないとだめ?」
 まっすぐ見下ろされた瞳の色で、彼が何を言いたいかすぐにわかった。
 ・・・お母さん、今日午後まで帰らないって言ってたよね。
「少しなら、大丈夫だと思う。」
 もう何度もしてきたことなのに、少し恥ずかしくなって目を伏せてしまう。でも、武史君が望むなら・・・。
 胸の何処かが少し苦しくなった。それがどうしてなのかはよくわからなかった。


 その夜、お風呂に入って、ゆっくりと湯船に身体を沈めた後も、なんとなく足の間の違和感は抜けなかった。
 青いTシャツとホットパンツだけで、バタンとベッドに倒れ込んだ。
 やっぱり、こんな感じなのかな・・・。
 わたしの身体の上で、必死に動いている武史君を感じていると、とても愛おしく感じる。今日も、そうだった。わたしで、気持ちよくなってくれてるんだ、そう思うととても嬉しくて、こんな事なら何度でもしてあげようと思う。もう、痛みはなくなっていたし。
 でも、抱かれていても、何処かで掴みどころのない感覚があって、もどかしかった。武史君がわたしの中にいると、時々ビリビリとする感覚が内側から兆すような気もした。ただの痛みのようにも思えるし、そうでないような気もした。
 こんなこと、誰かに訊くわけにもいかない。それに、わたしがこんな感じで、武史君は気持ちよくなってるんだろうか。それも、不安だった。
 ・・・結局わたしは、まだ自信が持てていないんだ。武史君に近付きたいと思っても、その手がかりがどうしても見えない。心も、身体も・・・。
 1週間前に買ってそのままだった女性雑誌をおそるおそる手に取った。
 何処かで見たブロンドのモデルが大きな瞳で笑いかけている表紙には、大きく『特集 彼との夜を満足に終わらせるために』と書かれている。
 ・・・どうしよう。
 ベッドにうつぶせになったまま、パッと最初の方のページを開いた。
『彼を喜ばせる秘密のテクニック』。大きな字で縦書きされた見出しの下に、女性の顔を象ったイラストが幾つも並べて書かれていた。
『オーラルセックスは、優しさを基本に。』
 最初は、柔らかく右手で彼のものを支えて、左手は優しく周辺を撫でるようにして・・・。
 最初の時以来、あまりはっきりとは目にしていない彼のもの。半分の想像で補って頭に思い浮かべると、詳しく書かれた説明とイラストが妙にリアルに思えてくる。
 20才以上の女性の30%がオーラルセックスを体験しています、か。
 こんな風にできたら、武史君も気持ちよくなるのかな。少しは彼の事がわかるだろうか。
 頭の中で彼のものに唇を当てている自分を想像した。
 口の中で少しだけ舌を動かすと、身体のどこかがジンとするのがわかった。部屋の入り口に鍵がかかっているのを自然に確かめてしまう。
 ちょっとだけだから、武史君。
 目を閉じて、Tシャツの上からゆっくりと胸の膨らみに手を当てた。軽く頂きを挟むようにして、柔らかく撫でてみる。
 そうしていると、身体の奥に残っているもどかしさに気がついた。
 ・・・やっぱり、一緒に気持ち良くなりたい。今日も彼が達した時、本当はどこかで寂しかったんだと思う。
 わたし、エッチなのかな?ううん、違う。だって、好きだから。好きだから一緒に感じたい。
 ホットパンツの中に手を忍び込ませた。ショーツの上から軽く手を触れただけで、そこがどうなっているのかわかった。人差し指と中指を脇から中に滑り入れると、すぐに湿り気に辿り着く。
 こんなに濡れてる・・・。
 入り口の花びらに当てられたわたしの指は、想像の中で武史君の指に変わって奥へと入り込もうとする。
 やだ、そんなにされたら。
 おそるおそる一本だけを湿り気の中に沈めていく。
 痛くはなかった。でも、もどかしさが腰の辺りに広がってせつない気分がする。
 指を浅く入れたまま、手のひらを押し付けると、敏感になった突起に軽い電気が走った。
 触わって、武史君、お願い。
 Tシャツの中に左手を入れて、柔らかく胸を揉みながら右手を軽く擦り付けると、身体の中心から甘い感覚が湧きあがって、手の動きが早くなってしまう。
「あ・・・」
 彼の指がより深く入り込んだ瞬間、手の下の敏感な部分を中心に軽い痙攣が走った。
 好き!
 目の裏のスパークがゆっくりと引いていく。静かに息をつくと、ベージュ色の天井がぼんやりと見えてきた
。  足の間で止まったままの手を取り出すと、もう一度目を閉じて息を吐いた。
 ・・・しちゃった。
 ひとりHする時に感じる後味の悪さは全然なかった。ただ、想像の中の武史君が消えて、傍らに誰もいないことが寂しい。ここに彼がいたら、身体を寄せ合えて温かいのに。ぼんやりとそう思っていた。


「もう、帰ろっか。」
 美佳がそう言った時、わたしは少し残念だった。終業式から1週間、待ちに待った海はあんまり輝いていて、もっと泳いでいたかった。
「よく泳いだなあ。」
 遠ざかるビーチを後ろに振り向きながら、ジーンズに白いTシャツを着流した寛史君が呟いた。
「ホントか。お前のは目の保養にしか見えなかったぞ。」
 青いパーカーを羽織った武史君がからかうように言った。
「そうそう、隣のパラソルの女子大生、すっごいハイレグだったものね、寛史。」
「あれはぜったい気付いてた。思いっきりタオルで隠してたもんな。」
「あんたの目つき、思いっきり電波放ってるもんねぇ。『お姉さま、できれば僕とお願いします。』って感じで。」
 緑のTシャツ姿の美佳が、少し見下ろし加減に隣に並んだ寛史君をなじる。
「・・・勘弁してよ、美佳姉御。しっかりこの目に焼き付けましたって、姉御の特製水着。年増の女子大生なんか目じゃないっすよ。」
「ほーう。じゃ、わたしの水着の柄、憶えてるだろうね。」
「え?」
 美佳の鋭い視線に、怯んだ感じの寛史君の表情がおかしくて、わたしはクスクス笑ってしまった。
「花柄、じゃなかったよな・・・。」
 武史君もおかしそうに斜め前を並んで歩く二人を見ていた。
「寛史、お前正直すぎ。佐野さんのは無地だろ。あの青いビキニは印象深いぞ。」
 うっ!なんかちょっと・・・。
「・・・武史くん。」
「ん?」
「やっぱ、わたしのは地味だった?」
 パーカーの裾を掴むと、耳元で言った。
 前を見ていた武史君がわたしの方を見ると、目を逸らし加減にした。
「・・・いや、亜矢らしくていいと思ったよ。俺は。」
 照れた感じで言う表情が少しかわいらしく思えて、パーカーの裾を捉えていた手をそのまま彼の手に絡めた。目と目が合って、大きな手がわたしの手を包み込むように握り締め返してくる。
 今日は、わたしから言うんだ。
 海辺にいた時から決めていた事を自然に心の中で確認した。
「じゃ、俺はあれで行くから。」
 バスターミナルまで歩いてくると、寛史君が脇の駐車場に停めてある大きな黒いバイクを指差した。
「じゃ、武史。決めろよ。」
 寛史君が頭一つ高い彼の肩を叩くと、その顔に何ともいえない連帯感のようなものが浮かぶ。
「サンキュな、寛史。」
 いいな、男の子同士って。
「寛史。わたしも乗っけてってくれない。」
 様子を見ていた美佳が、歩み去りかけた寛史君に声を掛けた。
「美佳さんを?」
「わたしじゃ文句ある?」
 少し離れた場所から腰に両手を当てて、美佳の切れ長の目が寛史君の方を見る。
「どうせ、寛史のことだから、メットもう一個常備してるんでしょ。」
 寛史君がははは、と軽く笑った。
「そこまで見抜かれてたんじゃ、しょうがないな。どうぞ。」
 サドルを手で示すと、美佳はわたしたちの方を向いて、
「じゃね、ラブコメカップル。」
と言うと、黒いバイクの後ろに跨って赤いヘルメットをかぶった。
 低いエンジン音が駐車場に響き渡って、2人はあっという間に広い道路の向こうで点になり、消えた。
「結構お似合いみたい。あの2人。」
「そうだな。」
 落ち着いた声で彼は言った。さっきから握ったままの手がすごく暖かい。
 程なく来た緑色の大きなバスに乗った後も、満ち足りた気持ちは続いていた。
 2人で座った一番後ろの席には、キラキラ光る夏の夕日が差し込み始めていて、眩しかった。わたしたちの他には2、3人しか乗っていないバスは、冷房の代わりに窓が開けられていて、海からの匂いがまだ残っている。
 わたしは、肘をついて窓の外を眺めている武史君の横顔をそっと見た。
 太い眉の下の細い瞳に、赤が映っていた。引き締まった唇は、何を考えて閉じられているのだろう。
『きっと、たくさんの時間を過ごしてわかることがあると思うよ。恋愛って、理屈じゃないところがあるから。』
 ありがと、美佳。いつも助けてもらっちゃてるね。
 今日は、すごく楽しかった。なんであんなに考え込んでたんだろうと思うくらい。わたし、少し焦ってたのかもしれない。自分から近付いていかなきゃ何も始まらないのに。
 だから、これは2つ目のステップ。
 所在なげに椅子の上に置かれた彼の手に、自分の手を重ねた。
 外を眺めていた武史君がわたしの方を振り向いた。黙ったまま、「何?」と言う感じで目を見開く。わたしは、その耳元に口を寄せて、小さな声で言った。
「わたし、武史君と愛し合いたい。」


 シャワーを浴びて、お互いに裸でベッドに入った後、武史君は優しいキスをくれた。いつものように、軽く触れるように始まって、やがて深く。舌が絡まり合って、唾液が少しずつ流れ込んできた後、彼が愛撫を始めようとしたその手を押し止めた。
 身体を離して見つめた戸惑ったような表情に、わたしは囁いた。
「今日は、わたしにさせて。」
 かかっていたシーツを取り去ると、彼の身体を押すようにした。
「亜矢・・・。」
 意図を察しながらも躊躇の素振りを見せる武史君に、わたしからキスをした。上に跨るようになって、唇を合わせる。
 暗めのライトに浮かび上がった逞しい身体に少し圧倒されながら、腰の方へと目をやった。
 ・・・凄い・・・。
 すっかり立ち上がった彼のものをはっきり目にした途端、胸の奥がズンとなった。合わせていた唇を離して、手を伸ばすと、ズキズキと大きく脈打っているのがわかる。
 身体をそろそろと下ろして、顔を近づけた。目の前に初めて間近に見るペニスがあった。
 ピンク色の先端が、今にも張り裂けそうに見える。太い血管が浮き出た幹の部分がとてもリアルで、添えている右手が少し震えてしまう。
 いつもこんな大きなのが、わたしの中に入ってたんだ・・・。
「いいの?亜矢。」
 上を向いたままの彼の声にうなずいた。
「力抜いててね。気持ち良くなって欲しいから。」
 自分で言ったセリフに身体の何処かが反応するのを感じた。恥ずかしさを紛らわすように、張り出した先に唇を這わせた。
 思ったよりずっと柔らかい感じだった。
 最初は軽く先だけを含むように・・・。
 少し雑誌の記事を思い出しながら頭の部分を口の中に入れた。
 あっ!
 その瞬間、握りしめていた幹が更に立ち上がり、先も口の中で膨れ上がる。勝手が良く分からないまま、頭を上下に動かしてみた。
 ・・・気持ちいい?武史君。
 上目遣いに彼の表情を確かめようとしたけれど、仰向けで顔はよく見えなかった。でも、シーツを握り締めている彼の手を見た時、わかった。
 もっと、気持ちよくなって。
 少し苦しかったけれど、半分くらいまで彼のものを含んでみた。頭を必死に動かして、口の中に擦り付ける。どうしたらいいのかわからなくて、ただ勢いだけで抽送を続けた。
 幹が、握り締めた指が回らない位に膨れ上がっている。
「駄目だ、亜矢。出そうだよ。」
 いいよ、武史君。そのままイッて。
 同意の意を込めて、余っていた左手を彼の手に当てた。
 その瞬間、口の中の先っぽがグッと膨れ上がり、全体がビクッと跳ね上がった。
 あ、あ・・・。
 口の中に生暖かいものが飛び散った。喉の奥の方に向けて、飛沫が当るのがはっきりわかった。
 受け止めなきゃ・・・。
 気持ちとは裏腹に、息が苦しくなって思わず口を離してしまう。放出された精の多さに激しくせき込むと、苦いような味が全体に広がるのがわかった。
「大丈夫?」
 身体を起こした武史君が、わたしの背中に手を当てた。ティッシュを取って口に残っていた精液を拭うと、息を吐いた。
「うん。ちょっと飲んじゃった。」
 苦しさより、嬉しさの方が勝っていた。へへへ、と笑うと、唐突に仰向けに押し倒された。何も覆うものがない身体に、彼が覆い被さってくる。唇が、あっという間に胸の頂きを滑り降り、おへそのあたりまで下りていった。
 ・・・ちょっと、待って。
 彼のしようとしている事に恥ずかしさに、太股を合わせて抗しようとしたが、強引に膝を割られてしまった。
「こんどは、俺の番。」
 小さな声が足の間で聞こえた。
 うーん、恥ずかしいよぉ。
 舌が、草むらの生え際当りに当るのがわかった。わたしは、両手を顔に当てたまま、目を閉じていた。
 どうしよう、もっとちゃんと洗っておくんだった。
 そんな事を思った瞬間、一番敏感な突起が、温かい感じに包まれるのを感じた。ざらざらした感触が、軽く先を弄った時、腰の奥で何かが緩やかに動いたような気がした。
 何、今の感じ?
 恥ずかしさと同時に何か未知の感覚がして、足が震えてしまう。すると、彼の両手が腰を抱え込んで、更に強く唇がわたしの秘密の部分に押し付けられていく。
 舌が、武史君の舌が・・・。
 そんなにされたら、気持ち良くなっちゃう。そう思った瞬間、彼の唇が離れた。そして、力の抜けたわたしの身体に手を掛けると、うつぶせになるように促した。
 少し靄がかかり始めた意識の中で、促されるままに身体を返すと、彼の手がわたしの腰を力強く持ち上げる。
 お尻だけを大きく突き出した格好に、何をされようとしているのか気がついた瞬間、熱いものが背中に当るのを感じた。
「武史君、恥ずかしいよ。」
 辛うじて声を出したが、その答えは短いものだった。
「入れるよ、亜矢。」
 ああ!
 押し付けるように突き入れられた瞬間、目の前で火花が散ったように感じた。
 少しも痛くなかった。それどころか、いつもと違う感じの入り方に、彼のもの包み込んだわたしの中が、意識とは別の動きをしたように思った。
 ・・・もしかして、わたし感じてる?
 間違いなかった。後ろから激しく出入りする彼のものを感じる度、あのビリビリする感覚はますますはっきりして膣の入り口辺りに広がり始めていた。
 汗に濡れた身体が押し付けられ、乳房がわし掴みにされた瞬間、中の壁が唐突に蠢いた。
 あ、あ、感じる。イッちゃう。
「た、けしくん!」
 ギュッ、ギュッと彼のものを締め付けるわたしの身体。頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。そのまま、腰を落としてへたり込んでしまう。
 はあはあと息をついた武史君の身体が、わたしの脇に横たえられた。
 わたし、感じられたんだ。
 なんとも言えない充足感が身体全体を包んで、汗に濡れた彼の背中に手を伸ばす。
「・・・亜矢、感じた?」
「うん。わかっちゃった?」
 ベッドライトの下に置き放しになっていたバスタオルを取り上げて、横になったまま武史君の背中を拭う。
「ちょっと、ビクビクッてしただろ、・・・その、中が。」
「うん。」
 照れくさげに言う武史君にうなずいた。
「よかった。俺も、亜矢に感じさせてあげたくてさ。勝手に俺ばっかり気持ち良くなってた気がしてたからさ。」
 嬉しさが込み上げてきた。気付いてくれてたんだね。
「・・・やっぱり、気持ち良くなきゃだめだよね。お互いに。」
「うん、そうだな。」
 息が収まってきた彼が、身体を起こしてわたしを見下ろす。ふと見ると、すっかり勢いを取り戻したペニスが大きく勃ちあがっていた。
「あ、武史君、いってなかったもんね。」
 はっきり目にしても、もうあまり恥ずかしくなかった。手を伸ばそうとすると、武史君はシーツで下半身を覆った。
「いいよ。さっきしてもらったから。」
「・・・ううん。だって、そんなになってるんだもの。今度は、一緒に気持ち良くなろう。いいでしょう?」
「参った。元気な亜矢ちゃんには。」
 そしてわたしたちはキスをした。今までのキスの中で、一番嬉しいキスだったかもしれない。


 夏休みの残りの間、武史君とわたしは時間の許す限り何度でも会った。海にももう一度行って、プールにも、食事にも、映画にも行った。
 そして、その度に何度も愛し合った。
 わたしは、幸せだった。
 彼を好きになればなるほど、力が湧いてくる。彼をわかろうとすればするほど、わたしの想いは深くなっていく。
 部の夏練も、受験勉強にも、今までよりずっと力が入るようになった。
 わたしたちは、まだ全部を分かち合ったわけではないけれど、そうなろうと努力していける。人を想う気持ちは、強いほど自分を豊かにしていくことができる。
 もう迷いはなかった。
 夏休みも終わる頃、初めてのデート以来懸案になっていた野球観戦に出掛けた。
 予定通りに先発した背番号11は快刀乱麻の投球で、相手チームを寄せつけなかった。
「トルネード、今日も凄かったね。」
 ちょっと恥ずかしかったチェックのミニスカートも、彼と一緒だとなんとなく気分がうきうきして当たり前に思えた。
「彼なら、メジャーにも通用するんじゃないかな。」
「そうだね。」
 いつも通りの飾り気のない緑のポロシャツに身を包んだ武史君の腕に、自分の腕を絡めた。
「ねえ、わたし分かっちゃった。」
「何を?」
 いぶかしげに彼はわたしの方を見た。
「好きって気持ちは広がっていくんだって。それで、最後は絶対に勝っちゃうんだ。」
「何だよ、それ。歌じゃないんだから。」
「ひどいんだ。でもいいの。わたし、確信してるんだから。」
 身体を放そうとしたわたしの腕を、彼の手が握り締めた。
「・・・嘘だよ。俺もそれに一票。」
「うん。」
 見上げた空はとても青くて、わたしたちの心の中のように思えた。2学期になれば、毎日会える。それだけでとても嬉しくて仕方がなかった。
   

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