第5章 エスカレーション -September-
この9月は今まで生きてきた17年間の中で、間違いなく一番充実していた。部活、勉強、そしてもちろん・・・。
まだ熱さが残るその週の日曜日、わたしは武史君とデートをした。月曜日の試験勉強を土曜の夜にまとめて済ませた寝不足気味の頭だったけれど、武史君と並んで街を歩いていると、眠気なんてすぐに吹き飛んでしまった。
「まだ、時間あるけれど。」
わたしが言うと、久しぶりに俺の家にくる、と誘ってくれたのが嬉しかった。二人で学校から帰る時、街を歩いている時、喫茶店でお茶を飲んでいる時、いろいろと喋るのはいつもわたし。どんな話でも肯きながら耳を傾けてくれるけれど、あまり自分のことは話さないのが少し寂しかったから。
3年ぶりの武史君の部屋は、あまり変わっていなかった。
机と本だな、パイプベッドだけのシンプルな眺め。ただ、大事にしていた野球のトロフィーやメダルが何処にも見当たらないのにすぐ気付いた。
ベッドに腰を下ろした彼を横に、鉄製の棚に並んだ本を眺めた。懐かしい本がたくさんあった。
中学生の頃、よく野球選手の本を借りに来たっけ。
真新しいトレーニング理論の本が目に付いて、手に取ってみた。腕の動きや腰の動きが力学的に図解されていて、とても専門的だ。
最近、こんなの読んでるんだ。
ページをめくろうとした時、急に肩の上から太い腕が廻された。
・・・武史君。
アクセントを付けようと思って下ろしていた髪に、武史君の顔が埋められて、息が首筋にかかった。
本を元に戻して、静かに手を重ねた。日焼けした逞しい腕は熱を帯びていて、抱き締められると胸がドキドキして止まらなくなる。
そして、キス。
目を閉じて唇の感触を追うと、3年分の想いが今ここに還ってくるようで・・・。
中学2年の冬、引っ越しの決まったわたしはちょっとした覚悟を決めてこの部屋に座ってた。武史君は、あの時の事、憶えているだろうか。
「変わってないね。この部屋。何年ぶりだっけ。」
どうしても訊きたくなって、腰に手を廻したまま体を離すと、彼の細い目を見詰めた。
「・・・中学2年の時。選手名鑑を借りに来た。」
あ、憶えててくれたんだ。なんか嬉しい。
「ピンポーン。大正解。ねえ。」
「どうした?」
「ほんとはね、あの時もちょっとドキドキしてたんだ。キスくらいされちゃうかも、なんて。」
そして、好きだよって言いたかった。
「ゴメン。朴念仁で。」
ちょっと済まなそうにわたしを見る瞳の色は、あの時告白を諦めたのと同じ。でも今は、一緒に手をつないで前を見ていられる。
「いいよ、今日のキスで全部帳消し。」
今度はわたしからキスをした。ありがとう、武史君。わたし、あの時の気持ちをずっと持っていられたよ。
抱き締められて、ゆっくりと彼の手が身体をなぞり始める。カーテンの外の眺めは夕闇に近付いていて、時間が少し気になった。
・・・武史君のご両親が戻ってきたらどうしよう。
わたしの気持ちを察した彼が、「誰も帰ってこないから。」と言った。マンションの廊下の無機質な眺めが急に脳裏に重なった。この部屋以外は、人の生活している気配が妙に薄いことに、わたしは気付いていた。
唇がまた合わされて、ベッドの上に力強く押し倒された。
武史君が、中学の時の様に笑わなくなった理由が、なんとなくわかる気がした。でも今はそれ以上は考えない。いつかきっと、武史君から話してくれる。それまでわたしは待っていよう。
彼の手が、わたしの太股の辺りをもどかしげに上下している。履いていた黒いジーンズのボタンに手がかかったけれど、キスをしたままの体勢でなかなか外れない。
ごめん、脱がせにくいよね。
「もっと脱がせやすいのにすればよかったね。」
身体を起こして、自分でジーンズを脱いだ。勢いで、上に着ていた半袖のニットシャツも頭から抜き取ってしまう。
まだ明るい部屋の中で下着だけになると、少し恥ずかしい。いつもなら、もう少し暗いし、シーツを掛けていたりするから・・・。
上半身を起こした武史君の視線がしばらくわたしの身体の上でさまようのがわかった。
「恥ずかしいよ。」
視線を遮るように、身体を近づけて武史君の首に手を廻した。
「こんな明るいところでするの、初めてだね。」
「恥ずかしい?」
耳元で、低い声が囁いた。やっぱり恥ずかしいよ、そう言おうと思ったのに、まったく正反対のセリフが口をついてしまった。
「ううん、もしかすると・・・」
「もしかすると?」
「・・・ちょっと、見て欲しいかも。」
うわ、ちょっと大胆な事、言っちゃったかな?
思った瞬間、再び仰向けに押し倒されてた。
ちょっと武史君、すばやい・・・。
もう上半身を脱ぎ捨てた彼の顔が、わたしの胸のところにあって、あっという間にブラが外されてしまった。
すぐに大きな手が乳房の下の方から柔らかい動きで揉み上げる動きを始める。唇が、ふもとから這い上がってくるのがわかった。でも乳首には触れないで、その周辺をくすぐるようにキスし続ける。時々、熱い息がかかるけれど、また遠ざかって舌が稜線を辿る。
やだ・・・。
もう頭がジンジンし始めていた。なんか、すっかり胸の弱点を知られてしまったみたい。
心の中で思ったのと、彼の舌がわたしの左の乳首を捉えたのは同時だった。そのまま唇が包み込むと、舌で弄られる。時々軽く歯が当ると、ピリピリした感じが腰の奥を溶かしていくのがわかって、自然に足を擦り合わせてしまった。
お尻の辺りを動いていた手が、ショーツの間から足の間に忍び込んでくる。ごつごつした指が泉の脇に触れると、探るような動きを繰り返した。濡れているのがわかってしまったと思うと、やっぱり恥ずかしい。
「あ。」
指がじっとりと中に入ってきた時、自然に小さな声が出てしまった。入り口の辺りでゆるゆると動く武史君の指。目を閉じていると、膣の入り口だけに神経が集まった気がして、快感がどんどん昂まっていくのがわかった。
あ、もう少し中にいて欲しい。
指が離れた時、正直に心の中で思った。わたし、だんだんエッチになってくみたい。
下着を下ろしてそのまま唇を這わせようとした武史君を押し止めて、手を広げた。シャワーを浴びてなくて、恥ずかしいのもあったけれど、すぐに武史君を感じたかった。
厚い胸がせり上がってきて、彼の先が部分がわたしの入り口に当たる。
「あぁ・・。」
武史君のが、入ってくる・・・。
止まることなく、一気にわたしの中を満たす固い感触。でも少しの違和感もなくて、ただじっくりと広がる満足感があった。彼のものが、ゆっくりと動き始める。押し付けられ、引いていく度に、じわじわと広がる感覚が心地良かった。こんなに、武史君を近くに感じる。身体全部で感じてる。
「好きだよ、武史君。」
「俺も、好きだよ。亜矢。」
とても深くて、どこにも飾った所のない声だった。そして彼の唇が結び合わせられると、身体を支えられるようにして起き上がらされた。
彼が仰向けになって、わたしが上に乗る形。前にも何回かした格好だけれど、薄目を開けて下になった彼の身体や顔が見えると、どうしても恥ずかしい。
「この格好、やっぱりちょっと恥ずかしいかな・・・。」
言葉にしたのは、照れ隠し。だって、自分から動かないといけないから・・・。
奥までいっぱいになった武史君を感じながら、腰を少し持ち上げて、そして下ろした。まっすぐ上を見つめた彼の両手が、乳房の下に添えられて、力強く揉み上げてくれる。頭の中でスパークが飛ぶと、入り口の上の方でジンジンする感覚があるのに気付いた。
やだ、擦れてる・・・。
一番敏感な部分が、合わさった身体の間で、刺激を受けているのがわかった。どうしよう、と思いながら、彼の身体に当てるように擦ってしまう。
「あ・・・。」
声が、出ちゃうよ。
「でも、武史君のがよく感じられるから・・・」
「好き?」
うん、そう。自分から感じられると、もっと愛せるような気がする。
いつの間にか、もっと積極的に腰を動かしてるわたし。そして、武史君の手が腰に添えられると、突き上げる動きが加えられ始めて、だんだん何も考えられなくなっていく。
パンパンと小さな音が聞こえてくる。彼の胸の上に両手を突いて、出来上がってきたリズムに合わせて動く。
え・・・。
苦しいくらいの感覚を感じた時、何かが膣の奥で突き当たっているのがわかった。
お、大きい。いつもよりずっと。
武史君の太い眉が、苦しげに歪み始めた。リズムが乱れ始めて、彼の腰の動きが激しくなっていく。奥に当たる感覚と苦しいくらいの充足感も、じりじりするような快感に変わっていく。もう、身体を起こしていられない。胸の上に覆い被さる形になると、大きな波が近くに来ているのがわかった。
「い、っしょに、感じ、よ。」
「ああ。」
武史君の腕が、わたしの身体を抱き締めてくれる。腰の動きが跳ね上げる程に激しくなった。
あ、もう・・・。
目を閉じて、襲ってきた官能の波に身体を任せた。ぶるぶると腰が震えて、声が出てしまう。
・・・気持ちいい・・・。
何も考えられなくなった意識の中で、身体の中の武史君のものが脈動して、精が解き放たれる感覚だけが残った。時間が戻ってきても、しばらくそのままでいたくて、身体を合わせたままでいた。
武史君の荒い息と、心臓の大きな鼓動が聞こえる。頭の芯がまだ痺れているような気がして、身体が熱かった。
今日も、感じちゃった・・・。
「・・・この格好で感じちゃったのって、初めてだよね。」
ゆっくりと身体を離すと、彼のものが抜き出される感覚。そして瞬間、トロリと流れ出すものがわかった。
「あ。」
ヤダヤダ、恥ずかしい。
わたしの中から溢れてしまった武史君の精。咄嗟にティッシュ箱を見つけて足の間にあてがった。そして、武史君の身体も拭いてあげる。
でも、そんなわたしの慌てた様子を見ている武史君の視線がとても温かい事に気付いて。
だよね、2人でした証拠だもの。
そう思うと、少しでも近くで肌を合わせていたくなって、もう一度武史君の横にうつ伏せになった。シングルベッドは大柄なわたしたちには小さかったけれど、身体をくっつけていれば全然狭く感じなかった。
武史君の身体は、まだ温かかった。夕日の光が窓から差し込んでる。
わたしたちの思い出は、いつも夕焼けと一緒にあるみたい。一緒に歩いた小学生の帰り道からずっと・・・。
そのあと、武史君と交わした言葉はあまり憶えていなかった。ぼんやりと話している内に、目が開けていられそうにないな、と思ったのが最後で、後は意識が遠くなった。
「亜矢、あなた最近外に出掛けてばっかりじゃないの?」
母に言われても仕方ないと思う。でも、時間があれば少しでも武史君と一緒にいたかった。日曜日にデートして、月曜日からまた頑張る。自分でも不思議なくらい力が湧いてきて、毎日が充実していた。
服を脱ぎながら、自然に第9のフレーズが口をついて出てしまう。
Seid umschlungen,Millionen!Diesen Kuss der ganzen・・・
百万の人々よ、互いに抱き合え、世界の接吻を受けよ、か・・・。なんか、今のわたしにぴったりな様な気がしちゃうな。
裸になってバスルームに入ると、人の家なのにどうしてこんなにリラックスしていられるのか不思議なくらいだった。
綺麗に洗わなくちゃ。多分このあと、また・・・。
シャンプーを手に取ると、濡れた髪の毛につけて泡立てた。
武史君の家で、お風呂を借りるのは初めてだった。今日のデートで一杯汗をかいたから、「シャワー浴びる?」と言われた時、わたしは至極自然にうなずいていた。
男の子の家でお風呂借りてるなんて知ったら、父は卒倒するだろうなぁ。なんとなくそんなことを考えながら髪の毛を濯いだ時、バスルームのドアが突然開いた。
え?
驚いて振り返ると、日焼けした逞しい身体がそびえ立っていた。
「た、武史君。」
「一緒に入っていい?」
見下ろした短い髪の下の表情に、紛いようのない茶目っ気が浮かんでいた。思いもかけない状況に、適当な言葉が出てこない。
「歌ってただろ。」
わたしの答えに構わず、青いバスチェアーを引っ張って背中の後ろに座った。
「う、うん。第9。ベートーベンの。12月に歌うんだよ、市の交響楽団と一緒に。」
「・・・この間、言ってったっけ。ね、」
彼の胸がわたしの背中に当たる。耳元に息がかかって、胸がドキッとした。
「洗ってやろうか、亜矢の身体。」
え、嘘?
「冗談、やめてよ、武史君。」
「冗談じゃないよ。」
あ、もう。
後ろから手が廻されると、ボディソープの付いた手が、わたしの胸に当てられる。
「だって、亜矢があんまり楽しそうに歌ってるから。思い切り可愛くなった。」
らしくないことを武史君が言った。
「・・・変だよ。武史君。どうかした?」
「どうもしてない。いつも、そう思ってるんだ。」
もう、そんなこと言われたら、嫌だって言えないよ。
武史君の手が、わたしの身体中に泡を付ける。その動きは、洗ってると言うより、ちょっと・・・。やだ、そんな感じでされたら・・・。
「きゃ、武史君!」
足の間に突然手が滑り込んだ。だめ、お風呂でこんなこと。でも、彼の息が耳元にかかると、身体が痺れて逆らえなくなる。
「ここも洗ってあげるよ。」
言われると、頭もボーッとなってくる。指が、わたしの一番敏感な部分の周りで円を書く。後ろから胸を揉まれると、泡でなめらかになった肌がくすぐったいようで、身体中がビリビリする。
やだ、もう・・・。
武史君の指先が、敏感になった突起の先に触れた瞬間、小さな声が漏れて全身の血が一個所に集中した。
快感の波が通り過ぎていく。
「も、もう。ひどいよ。」
「ごめん、ごめん。」
武史君の胸にしなだりかかりながら言っても、説得力ないな、と我ながら思った。
「でも、気持ち良かったでしょ。」
はっきり言われると、ちょっとムッとする。もう、デリカシーないんだから。
「お風呂は、こういうことする場所じゃないんだからね。」
振り向いて睨むようにすると、彼の細い目が面白そうに輝いた。そして、小さな笑い声。
「もう、何がおかしいの?」
「いや、何でもない。さ、一緒に入ろう。 」
湯船を指すと、まだ可笑しそうに口元が歪んでいる。
むぅ・・・。
「お風呂から出たら、仕返しだからね。」
言って、先に湯船に飛び込んだ。
バスルームから出ると、わたしはすぐに彼のものに唇を当てていた。思わぬ場所で、自分だけ感じされられてしまった恥ずかしさもあったけれど、なんとなく今日は気分が変だった。
そう言えば、一緒に街を歩いている時も、ちょっとエッチなことを考えてしまってたり・・・。
いつもよりずっと熱心に武史君を愛していたような気がした。彼がわたしの口の中で達した後、じりじりするな感覚に気付いて、そっと足の間に指を当ててみると、やっぱり。
さっき感じたばっかりなのに。どうしよう。わたし、もしかして凄くエッチなんじゃ・・・。
じんわり広がる身体の痺れを少しでも隠そうと思った時、武史君の身体がベッドの上で反転した。横臥したわたしの足の間に、彼の顔が近づく。
「亜矢も、感じないと。」
「い、いいよ。さっき・・・。」
足が強引に開かれてしまう。濡れてるのがわかっちゃうよ。
わたしの気持ちにお構いなく、お尻に両手が当てられると、強く引き寄せられる。温かい息が感じられてすぐ後、武史君の唇にわたしは捉えられていた。
入り口のあたりへざらざらした感触が近付いてくる。
やだ、そんな所、舐められたら・・・。
「た、けし君。恥ずかしい・・・。」
生暖かいものが入り口に侵入してくる。恥ずかしさで頭が真っ白になりかけた時、再び元気を取り戻し始めたペニスが眼前にあった。自分の秘部だけに集中してしまいそうになる意識を逸らせたくて、もう一度唇を這わせた。
さっき達したばっかりなのに、もうこんなに凄い。
ピンク色の表皮が張って、少し左に傾いた先を包み込むように口に中に含むと、お尻に当てられた彼の手に力がこもった。唇が、わたしの内側の襞を吸い込むように弄るのがわかる。
雑誌で見た時、こんな恥ずかしい格好なんて、と思った形になってることに気付いた。
武史君の指が、わたしのクリトリスに触わる。唇が動き回る感覚と合わさって、また快感の山への道が見え始めていた。
さっき達したばかりの武史君の官能は、まだそれほど昂まっていないのはわかっていた。自分だけ先に感じるのは嫌で、身体を離そうとしたけれど、彼の手がそれを許してくれない。
左手でお尻を抱え込まれたまま、右手がわたしの下腹部にぐっと当てられる。そんなことされたら、剥き出しになって・・・、それで、唇が、唇が・・・。
口の中に入れた彼のものに、めちゃくちゃに舌を這わせてしまう。唇に捉えられた敏感な部分が、吸い込まれるような刺激を受けると、もう何がなんだかわからなくなってきた。
でも、先に感じちゃうのは嫌。一緒に、ちゃんとしたい。
強く思って、なんとか小さな波をやり過ごすと、今度こそ身体を離す。武史君も身体を起こすと、座って向き合う形になった。どちらからともなく顔が近付いて、唇が合わさる。自分から舌を突き出して、武史君の舌にからめた。頭の中の桃色の光が、点滅したまま止まらない。
そして、奪い合うように唇を合わせ続けた。
「亜矢、入れていい?」
少し甲高くなった声で武史君が訊いた。
「うん。入れて。武史くんの・・・。」
ベッドサイドに置かれたコンドームを手早く取ると、彼の固くなったものに被せた。そうしている時間さえもどかしくて、向かい合ったまま腰と腰を近づける。
こんな格好のままで受け入れる事が恥ずかしいと思う傍らで、もっともっと感じたい自分がいた。薄目を開けて、合わさろうとしている部分を見下ろした。
・・・あ、入ってくる。
それだけで、小さな波が背中を駆け上がっていく。
「動いて、亜矢。」
武史君の声が、少し切迫した感じになってくる。お互いに後ろに手をついて、腰を動かし始めた。
そうだよ、もっと気持ち良くなろ。
目を閉じて、必死に腰をぶつける。
「あ、いいよ、武史、君。」
乱暴な程に出入りする彼が、中を襞をかき分けるようで、わたしはその感覚を追おうと必死になっていた。
はあはあ、と荒い息を吐く武史君。わたしの息もどんどん激しくなって、呼吸をするのも苦しいくらいになっていた。
武史君は?感じてる?
何とか目を開けて彼の表情を見ると、眉根の寄った必死な顔が目に入った。そして、入り口で引っかかるような感覚。
感じてるよね。わたしも、わたしも・・・。
彼が、ついていた片方の手を離すと、合わさった身体の間に入れる。そして、わたしの敏感な部分に指を当てた。そして、腰の動きが一気に早くなった。
あ、感じちゃう、だめ。
「だめ、武史君、わたし・・・。」
「亜矢、俺も・・・」
後は言葉にならない。
「い、い・・・」
イッちゃう!
向かい合ったまま強く抱き締めた武史君の口から、大きなうめき声が聞こえた。そして、わたしの中で跳ね上がる彼のもの。その動きを感じた瞬間、もう一度痺れるような感覚が全身を揺るがした。そして、彼の首に手を廻したまま、官能の波に身を浸していた。
ゆっくりと背中を撫で下ろしてくれる武史君の手が心地よくて、快感の余韻が身体中に広がっていく。
先に身体を離した武史君が、脱力したように仰向けに倒れた。首筋から胸のあたりに、汗が幾筋も流れ落ちている。
「凄い汗。タオル、ある?」
「・・・押し入れのボックスの中。」
指差された場所からタオルを一枚取ると、まだ荒い息をしている武史君の身体を拭った。ふと下半身を見ると、まだついたままのコンドーム。手を伸ばして取ると、白い精がゴムの中にたまっていた。
「・・・いっぱい、出たね。」
「ああ。亜矢も、凄く感じてたみたいだった。よかった?」
「うん。」
何の恥ずかしさもなくうなずけた。それどころか、武史君と一緒なら、もっと感じ合っていきたいと強く思う。
「やっぱり身体も恋しないと、ダメだよね。こんなこと、半年前なら絶対思わなかったけど。」
「そうだな。俺も、亜矢とするまで知らなかった。好きな人とするのが、こんなに気持ちがいいってこと。」
「ありがと、武史君。」
まだ仰向けになったままの彼の横に座ると、精悍な顔を見下ろした。
そして、身体を屈めて顔を近づけた時、突然、ガタンと廊下の奥で音が響いた。
武史君が勢いよく身体を起こすと、時計を見た。針はほぼ午後6時を指している。柔らかかった表情が急速に強張ると、服を素早く身につけた。
「亜矢、ちょっとここで待ってろ。」
低い声で言うと、部屋から出ていった。
誰が来たんだろう?やっぱりこの時間なら、おばさんだろうか。
うわ、この格好見られたら大変だ。
わたしはライトブルーに白い水玉のプリントされた襟付きのシャツとジーンスを履くと、髪を手早く手直しした。
その間にも、廊下からはぼそぼそとした話し声と、何かが倒れるような音が響いてくる。
「・・・やることやってんじゃん・・・。」
明らかに、からかうような感じの女性の声。
「ほら、いい加減にしろよ。」
多少怒気を含んだ武史君の声が響いた。その感じは、どう考えても母親に対するものとは思えなかった。
立ち上がって、完全にはしまっていなかったドアのすき間から廊下の向こうを覗う。赤っぽく染められた髪が目立つ30代半ば位の女性が、黒にシルバーが散った派手なスーツ姿で、武史君の肩にもたれているのが見えた。誰だろう、と思ったのはつかの間だった。幼い頃からの記憶が、その女性の顔に重なった。
でも、まさか・・・。
武史君のお母さんの記憶といえば、豪快でスポーツ好きなお父さんの影に隠れて、目立たない人というイメージが強かった。かなり酔った様に足元をふらつかせながら武史君にもたれかかる化粧の濃い顔は、いわゆる「お水」の女性にしか見えない。
そして、床を見据えた武史君の瞳。感情を押さえたその表情には、見覚えがあった。
「武史君・・・。」
どうしても黙っていられなくて、部屋から顔を出した。彼の目が、険しくこちらを見詰め返す。口を結んだまま視線を逸らすと、リビングへおばさんを引きずっていこうとした。
「こんにちは、馬鹿息子の彼女さん。よろしくね。」
「ど、どうも・・・。」
通り過ぎながらはっきりと見えた顔はやっぱり間違いなかった。化粧は濃くても、全体的に造りの小さな顔は、記憶にあるものと同じだった。でも、ひどくくだけた感じの口調はきつい印象を残して、どう応えていいのか戸惑うばかりだった。
わたしが誰かがわからなかったのか、奥に行きかけたおばさんが、突然踵を返してもう一度近付いてきた。そして、強いアルコール臭がする口を近づけて大声で言った。
「あらら、もしかして、亜矢ちゃんじゃない。」
お酒に弱いわたしは、その臭いだけで顔をそむけたくなった。
「は、はい・・・。おばさん、ですよね。」
気の利いたことを言う余裕もなかった。おばさんは、えへへという感じで笑うと、舌のもつれた様子で言った。
「そうよ、わかんなかったでしょ。おばさんねぇ、生まれ変わったんだよ。いいでしょ。」
言って、髪の毛を掻き揚げた手には、大きな青い宝石の嵌められた指輪が光っていた。
「ほら、おふくろ。」
後ろから強い調子の声が響いた。
「何。誰もとって食ったりしないわよ。まったく、誰に似たのか堅物なんだから。」
「いいから。仕事がないなら、おとなしく寝ろよ。」
酔っ払った自分の母親に命令調で言う武史君は、ベッドに横たわって優しい声で話していた時とは、まるで別人のように思えた。
「はいはい。まったく、親に指図するんじゃないわよ。」
振り向くと、バランスを崩して倒れそうになるおばさん。わたしは咄嗟に手を掛けようとしたが、武史君は当たり前のように冷たく眺めているだけだった。
「だいじょーぶ、亜矢ちゃん。馬鹿息子をよろしくねぇ。」
ふらつきながらも、なんとか奥のリビングへ入って行く黒いスーツ姿。
「ごめん。今日は帰ってくれる?」
少し近付いて言った武史君の視線は、言葉の優しさとは裏腹にとても冷たく感じて、わたしはどう応えたらいいのかわからなくなっていた。
目を逸らせてただ頷くと、奥からがらがらした声が響いてくる。
「タケちゃーん、水ちょうだい。」
「ゴメン。」
ただそれだけを言うと、リビングに消えて行く武史君。
わたしは、考えがまとまらないまま、武史君の部屋に戻ってのろのろとポーチを手に取った。
怒った調子で何かを告げている武史君の声が聞こえる。
やっぱり、帰った方がいいのだろうか・・・。
今のわたしの中には、さっきかいま見た彼の表情をほぐす言葉がない。その事にすぐに気付いた。この家に来る度に感じていた生活感の希薄さと、再会した時に感じた武史君に対する違和感、そして、いくつかの言葉が思い浮かんで頭の中をかき乱した。
気がつくとわたしは、彼のマンションの前のバス停に立っていた。
星が輝き始めた空を後ろに聳え立つ8階建てのマンションを振り返った。
「武史君・・・。」
小さな声で呟いた。今は想像するしかない彼の想い。でも、あれほど変わってしまった母親の姿を思うだけでも、胸に鉛が詰まったような重苦しさを感じた。
程なく停車したバスに乗った後も、考える手がかりの掴めないわたしの心は、同じ場所をぐるぐると回るばかりだった。