第5章 エスカレーション -September-

 夏休みが終わるのが待ち遠しかった事なんて、初めてだった。時間を見つけては会っていたのに、始業式の日に見た亜矢の姿に、思わず駆け寄って抱き締めたくなってしまった。
 もう俺達は周りの目を気にすることはやめた。昼食はいつも一緒だったし、部活のない日には校門で自転車を停めて堂々と待った。俺の方は少なからずからかいの的になることもあったが、亜矢は女子の間で至極うまくやっていた。
 彼女のキャラクターなんだと思う。
「だって、好きなんだもの。」
 あそこまではっきり言われたら、嫉妬したり、貶めたりする方が馬鹿らしくなると思う。
 俺は、無性に身体が動かしたくなっていた。バス通学はほとんどしなくなった。毎日自転車で10キロの道のりを通う。勢いがある時は、亜矢を乗せたまま市の反対側まで送って行ってしまうこともあった。
 少年野球の練習にも、週1で参加させてもらうことになった。ボールを握る感覚が蘇ってくるのが嬉しい。どんな形でもいい、ベースボールに関わっていこうと心に決めていた。
「あ、やっぱりたくさん野球の本があるねえ。」
 初めて俺の部屋の中に亜矢がいた。身体にぴったりしたハイネックの青いニットにスリムなブラックブルーのジーンズを履いた彼女は、机の上の本だなに並んだトレーニング理論の本を手に取った。
「まだ、読み始めたばっかりなんだけどね。」
 ベッドに座って、斜め後ろから彼女を見上げた。
 今日は下ろした豊かな髪を、星を象った水色の髪留めでまとめて背中に流した横顔を見ていると、どうしても抱き締めたくなった。
「・・・武史君。」
 不意に立ち上がって、肩の上から手を廻すと、首筋に顔を埋めた。細い指が、柔らかく重ねられるのがわかった。そのまま、顎に手を当てて、軽くキスをした。
 唇を離すと、閉じていた大きな瞳が開いて、しっかりと俺の目を見つめ返した。
「変わってないね。この部屋。何年ぶりだっけ。」
「中学2年の時。選手名鑑を借りに来た。」
「ピンポーン、大正解。ねえ、」
 照れくさげにクスクスと笑った。
「どうした?」
「ほんとはね、あの時もちょっとドキドキしてたんだ。キスくらいされちゃうかも、なんて。」
 身体を密着させたまま、亜矢は目を伏せた。そっか、俺はそんなこと思ってもみなかったな。
「ゴメン。朴念仁で。」
「いいよ、今日のキスで全部帳消し。」
 言って、今度は亜矢の方から唇を合わせた。少し激しさを増した求め合いに、自然と肩に当てていた手で、彼女の身体を愛撫し始めてしまう。
 時計の針は、夕方の4時を指した所だった。ニットのシャツの上から、柔らかい胸に手を当てると、細く開かれた彼女の目が、時計を見たのに気付いた。
「もう、帰らないとダメ?」
「ううん、そうじゃなくて・・・。」
 亜矢の言いたいことがすぐ推測できた。
「大丈夫。誰も帰ってこないから。」
 少しだけ考えるような素振りを見せる彼女の唇をもう一度塞ぐと、そのままパイプベッドの上に押し倒した。
 キスをしたまま、手を下へと下ろしていく。太股を軽く愛撫した後で、ジーンズのボタンに手をかけたが、なかなか外れなかった。
 亜矢は唇を離して軽く笑うと、身体を起こした。
「もっと脱がせやすいのにすればよかったね。」
 自分でボタンとホックを外すと、ジーンズを脱いだ。そして、ニットのシャツも素早く頭から抜き取る。
 バランスの取れた肢体に、どうしても一瞬見とれてしまう。上を向いた豊かな胸と緩やかなラインを描く腰には、ホワイトにミントブルーの花柄レースが散らされた下着が付けられ、白い肌とあいまって眩しい。
「恥ずかしいよ。」
 俺の止まった視線に気付くと、身体を寄せて首に手を廻した。
「こんな明るいところでするの、初めてだね。」
「恥ずかしい?」
「ううん、もしかすると・・・・」
 少し口篭もると、大きな瞳を伏せた。
「もしかすると?」
「・・・ちょっと、見て欲しいかも。」
 はにかんだ表情だけで、身体中が一気に熱くなる様な気がして、そのまま胸に顔を埋めながら仰向けに押し倒した。
 フロントホックを外すと、血管が透き通る白い乳房と、ピンク色の丸い乳首が姿を見せた。両手で稜線を柔らかく揉み上げながら、乳首の周りに舌を這わせた。
 小さなため息が亜矢の口から漏れる。
 まだ、彼女の官能を呼び覚ますしっかりした手がかりがわかっているわけじゃなかった。マニュアル本を読んでみたりもした。それでわかることもあったけれど、一番確かなのは、何度もお互いに抱き合うことだった。そうすれば、身体も心も、近付いていく。
 例えば、ここ。
 左の乳首を下からじっとりと舐め上げると、それだけで俺の肩に当てられた手に力がこもるのがわかった。そのまま軽く含んで、舌で転がすようにする。口の中で、柔らかかった乳首が少し固くなっていくのがわかった。
 胸に当てていた右手を下ろすと、ショーツの上からお尻を愛撫する。
 もう一度、亜矢のため息が聞こえた。
 脇から指を侵入させて、そのまま前へとなぞっていく。下着の下のそこは、もうしっとりと潤み始めていた。中指を少し中に進めると、入り口の襞が柔らかく受け入れる。
 熱さを確かめた後、抜いた指でショーツの端に手を掛けると、ゆっくりと引き降ろした。そして、胸に当てられていた唇を下らせていく。逆三角形の若草に唇が辿り着く頃には、亜矢の甘い香りがはっきりと感じられた。更に唇を下に這わせようとした時、亜矢の両手が頭にかかった。
「・・・ちょっと恥ずかしいよ。今日は、シャワー浴びてないし。」
 そして、足を閉じる。
 見上げると、俺の顔を窺がった視線のまま、両手を広げた。
 何のサインかは言うに及ばず、身体を迫り上げると俺は剛直に手をあてがった。彼女の丘に擦り付けるように腰を入れると、何の抵抗もなく温かさの中に没入していく。
「あぁ・・。」
 小さな声が亜矢の唇から漏れる。一気に奥まで挿し込んでも、もう何の抵抗もなかった。
 それどころか、奥までしっとりと包み込んでくる感触に、それだけで達しそうになった。つい何週間か前まで、身体を合わせる度に窮屈な違和感があったのが嘘のようだった。
 ゆっくりと腰を動かし始めると、彼女の手が俺の頭の上で組み合わされ、視線があった。
「好きだよ、武史君。」
「俺も、好きだよ。亜矢。」
 軽く唇を合わせると、彼女の肩を支えるようにして身体を持ち上げた。俺が下になって、彼女が上に跨る形になった。少し切なそうに眉根を寄せる亜矢の顔を下から見上げる。
「・・・この格好、やっぱりちょっと恥ずかしいかな・・。」
 小さな声で呟いた彼女の腰に手を当てると、ゆるゆると自分から上下に動き出す。上を向いた豊かな乳房がゆっくりと揺れている。乳房の下の稜線に伸ばした手を添えると、少し激しく揉み上げた。
 もう何度目かの体位だったけれど、今日の腰の動きは少し激しさを増しているのがわかった。上下の動きだけでなく、時折俺の身体に擦り付けるような前後の動きが加わった。
「あ・・・。でも、武史君のがよく感じられるから・・・」
「好き?」
 うん、と首で肯くと、さらに擦り付けるような動きが続いた。そして、再びためらいがちな上下の動きが始まると、俺はそれに合わせて、腰をぐっと突き出した。
 小さな声を上げて少し前屈みになった亜矢が、俺の胸の辺りに両手をつくと、腰の上下動を続ける。リズムに合わせて腰を突き出す度に、剛直の奥から快美感が突き上げて、自分でもさらに膨れ上がるのがわかった。
 あ。
 何か突き当たるような感触が先端にあった。
 その瞬間、少し苦しそうなうめきが亜矢の口から漏れた。それでも彼女の腰の動きは速さを増していく。俺の腰も、もう止まらなかった。リズムを無視して、強引に突き上げる。
 限界が近付いていた。
「い、っしょに、感じ、よ。」
 完全に俺の身体の上に覆い被さる形になった亜矢が、途切れ途切れに耳元で言った。
「ああ。」
 そして、汗の滲み始めた身体を強く抱き締めると、亜矢の身体が飛び跳ねるほどに突き上げた。
「あ、あああ・・・・。」
 うっ!もう限界だ!!
 根元を包み込む襞が動くのと、俺が達したのは同時だった。肩に当てられた亜矢の手が震えて、身体がギュッと硬直する。俺の剛直の中を官能が流れ出して亜矢の中へ飛び散っていく。
 しばらく二人の息だけが狭い部屋に響いていた。
 長い息を吐いた亜矢が、まだ繋がったままで呟いた。
「この格好で感じちゃったのって、初めてだよね。」
 そして、身体を離した。
「あ。」
 生ぬるい液体が太股の辺りに落ちるのがわかった。
「やだ、恥ずかしい。」
 ティッシュを取ると、そそくさと自分の太股の辺りと、俺の身体を拭う亜矢。でも、すぐに満足そうな表情に戻ると、仰向けの俺にぴったりくっついてうつ伏せになった。
 少し汗の光る顔を横目で見ると、亜矢も俺の方をぼんやりと見ている。
「なんか、どんどん気持ちいいのがよくなってきちゃったみたい。」
 少し言葉を止めた。そして、視線を少し逸らすと、
「エッチなわたしでも、武史君は嫌じゃない?」
と確かめるように言った。
「・・・全然。だって、俺がエッチにできるなら、いくらでも嬉しいだけだよ。」
 本音だった。
「よかった。」
 そして、彼女は目を閉じた。頭の上で組んでいた手を解いて裸の肩の上に置くと、そのまま横顔を見つめていた。
 どれくらいそうしていたろうか。いつの間にか、小さな寝息が耳に聞こえ始めていた。
 南西側に切られた窓に掛けられた緑色のカーテンに、夕焼けの赤い色が映っている。
 身体を起こすと、寝息を立てている彼女の身体に厚手のタオルケットを掛けた。
『試験勉強で4時間も寝てないから。』
 部活に、勉強に、全力で頑張る亜矢が眩しかった。付き合い始めてから4ヶ月。もう何度も抱き合ったのに、俺の傍にこの女性がいるのを不思議に感じる時があった。
 その亜矢が自分の部屋で寝息をたてている。
 正直、今日のデートの後で家に来ることになった時、複雑な気分だった。亜矢がこのマンションに住んでいた頃とは、すっかり様変わりして見えただろう。
 でも今は、こうして亜矢が自分の部屋にいることが当然に思えた。
 いつか話してやろうと思った。亜矢のいない間にあった様々なこと、そして、野球を辞めた本当の理由を。


 次の週も、その次の週も、俺たちはデートを重ねた。学校で毎日会っていても、2人で待ち合わせて出掛けるのは特別な楽しさがあった。
 そして、9月最後の日曜日、再び亜矢は俺の部屋にいた。
「お返しだからね。」
 バスタオルを腰に巻いただけの俺を、ベッドに仰向けにさせると亜矢は膝の間に跪いた。
「でも、あんまり亜矢の反応がかわいかったからさ・・・。」
 バスルームに乱入して、ちょっと強引に感じさせてしまったのは、悪戯が過ぎたかもしれない。
「もう、お風呂でなんて、恥ずかしかったんだから。」
 亜矢も、青いバスタオルを胸元に巻いただけの姿だった。まだ少し濡れた髪の下で、大きな瞳が少し恥ずかしげに揺れた。
 彼女が何をするつもりかわかって、俺の剛直はもう反応し始めている。
 ゆっくりと腰に巻かれたタオルを取ると、亜矢の手が柔らかく俺に触れる。しなやかな指が、ゆるゆると屹立した先をしごきながら、もう一方の手が袋の下に添えられて優しく揉まれるのがわかった。
 そして、なんの前置きもなく当てられた唇の熱い感触。窄められた口の中にゆっくりと吸い込まれて行くと、半分位飲み込んだ所で、頭の動きが止まった。舌がなぶるように動き、裏側の部分にねっとりと当たるのがわかった。
 こんな風に口でしてもらうのは、まだ両手の指にも達しないほどなのに、亜矢の愛しかたは一回ごとに巧みになっていく。
『武史君の感じ方を考えながら、ちょっとずつ試してるんだよ。』
 俺の不躾な質問に、少し照れながら答えてくれた亜矢の表情が思い浮かんだ。下を窺がうと、頭の動きに合わせて唇から出入りする剛直が、唾液でねっとりと光っている。どうしようもなく扇情的な眺めに、自分のものがひときわ膨れ上がったような気がした。
「・・・見ないで。恥ずかしいから。」
 俺の視線に気付いた亜矢が、唇を離して言った。見ていたいと思う気持ちより、彼女の恥じらう気持ちが大きく伝わってきて、目を閉じた。
 唾液に濡れた舌の感触が、膨れ上がった先に当たるのがわかった。裏側の一番敏感な部分を、繰り返し舐め上げる。そして、それに合わせて素早くしごき上げる5本の指。今までされたことのない攻め方に、俺はあっと言う間に追いつめられていった。
 だめだ。思った瞬間、生暖かく包み込まれる感触がした。そして、沸騰する剛直から精が迸った。そのまま、手の動きを止めて俺を受け入れる亜矢。最後の震えが通り過ぎるまで、じんわりと口で包み込み続けていてくれた。
 官能の波が引いていくと、身体を離した彼女が精液を吐き出しながらティッシュで口を拭った。その姿を見ていると、少しきまりが悪くなった。自分だけ感じてしまうのは、どこか片手落ちで軽い後悔の念が湧いてくる。
「気持ち良かった?」
 大きくため息をついた亜矢は、バスタオルを巻いたまま、俺の傍に横向きに寝転がった。
「あ、ああ。亜矢は、嫌じゃなかったか?」
「どうして、そんなこと訊くの?わたし、武史君のだったら、いつでも愛してあげるよ。他の人のだったら、絶対嫌だけど。」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。」
 言って、彼女の表情を見やると、濡れた髪の下で紅潮した頬に連想させるものがあった。そして、少し擦り合わされる感じの白い太もも。
 もしかして、亜矢も?
「亜矢も、感じないと。」
 すばやく身体を反転させて、足の間に顔を近づけた。石鹸の香りの中に、もうすっかり馴染んできた甘い匂いがあった。
「い、いいよ。さっき・・・。」
 バスルームでのことを思い返して遠慮がちにする亜矢のバスタオルを取り去って、少し強引に足を開いた。唇を近づけると、やはりそこはかなり潤っていた。
 口でしてる内に、感じちゃったんだ・・・。
 抱き締めたくなるような可愛さと、そんな彼女の快感への義務めいた感覚を抱いた。そして、外側の襞に隠れて、ピンク色の影をちらちらと見せる泉の中心へと舌を伸ばした。
「た、けし君。恥ずかしい・・・。」
 細い声が足元の方で聞こえた。でも、決して拒否を感じさせる調子ではなかった。
 少し唇で押し広げるように襞の中に舌を侵入させていくと、外側の皮膚とはまったく違った赤っぽい世界が広がっていた。重なった襞の奥に、小さく開いた入り口を見つけると、唇を付けながら、少し舌を入れる。
 亜矢の身体が小さく突っ張る。お尻を抱え込んで、強く引き寄せると、鼻をつく甘い香りに、収まっていたはずの俺の官能も再び兆してきているのがわかった。
 股間に息がかかるのを感じると、再び生暖かい感覚に剛直が包まれる。遠ざかっていたはずの快感が、すぐに昂まってはっきりした反応を返してしまう。そして、深く飲み込まれる感触。
 亜矢の勢いに負けまいと、舌で入り口のあたりを舐め上げた後、唇を内側の花びらに這わせて軽く含むようにする。顎のあたりにしこったものを感じて、右手をお尻から離した。草むらの生え際に指を当てると、彼女の敏感な核がすっかり充血しているのがわかった。
 少しだけ唇を離して視線を下げると、肉の合わせ目の窪みで、小さな顔を出しているピンク色の真珠が見えた。
 亜矢の腰が、強い力で離れようとする。
 もう少し感じさせたかった。抱えた左手に力を入れ、彼女の丘に右手の平をあてがうと、ぐっと押し上げる。被さっていた包皮が、また少し捲れて彼女の核がさらに露わになった。唇を優しく当てると、少しだけ吸うような感じにしてみる。
「うっ・・・。」
 俺の剛直に当てた口から、堪えれないようなうめきが漏れた。
 亜矢、感じてるんだ・・・。
 舌で根元をくすぐるようにしながら、そのあたり全体を包み込むように唇を広げて圧力をかけた。応えるように口の動きが早くなると、俺の中でももう一度たぎってくる感覚があった。
 再び亜矢の腰が離れようとする。今度は抱え込んでいた手を放してそれを許すと、どちらからからともなく上半身だけを起こして向かい合う形になった。
 彼女の瞳を見ると、少し焦点があっていないような感じで、荒い息遣いとあいまって、感覚が揺さぶられる。
 紅潮した顔が近付くと、彼女の唇が大きく開かれて舌が入ってくる。今までにないほど激しい調子の唇の奪い合い。俺の口の中全体を縦横に舌が動き回る。そうかと思うと、俺の舌を誘うように唇の中に誘い込む。
「亜矢、入れていい?」
 再び臨戦態勢にまで昂まった自分を感じていた。
「うん、入れて。武史くんの・・・。」
 かすれた声が、今までにない彼女の官能を感じさせた。
 そして、コンドームを装着するのもそこそこに、向かい合ったまま腰を近付けた。下を見下ろしながら位置を合わせると、亜矢も的確に腰を寄せてくる。
 先が触れたと思った瞬間、信じられないほどの滑らかさで身体が交じり合い、腰同士がぶつかった。薄皮を通じてさえ、はっきりと伝わってくる彼女の熱さ。一気に根元にあがってくる潮に、彼女より先に達してしまう恐れさえ考えた。
「動いて、亜矢。」
 後ろ手をついた彼女が、少し浮かせ気味にして腰をぶつけてくる。目を閉じた眉根が寄って、彼女の快感も頂点に辿り着きかけているのがわかる。
「あ、いいよ、武史、君。」
 高いソプラノの声になって、喘ぎ声が上がった。あ、あ、とうめく度に、こんなに彼女を感じさせていることが満足で、腰の奥から上がってくる快感と混じって、今までにない充足感が身体中に満ちてくる。
 俺も、できる限り変化をつけるように腰を動かした。ベッドのきしみと共に、腰のぶつかり合う音が狭い部屋に響き渡る。再び合わさった部分を見下ろすと、絡み合った草むらの間で、苦しそうに腫れ上がった亜矢の核が見え隠れしていた。
 右手を放して、親指を尖りだした先に当てる。瞬間、亜矢の身体がビクンと震えた。
「だめ、武史君、わたし・・・。」
 また亜矢の中が蠢いた。そして俺の剛直も、誘われるように一気に頂点に達した。
「亜矢、俺も・・・」
「い、い・・・」
 あああ、と外に聞こえる位大きな声が亜矢の口から発された。そして、そのまま俺は彼女の身体を強く抱き締める。精が尿道を通り抜けて行く。その間も、ずっと身体を固くして快感に身を浸している亜矢。肩の上に顔を埋めると、濡れた髪の毛が顔にかかった。
 快感が引いていっても、くすぐったいような充足感が残っていた。まだ少し力の入っている亜矢の背中をゆっくりと愛撫する。彼女の身体にも、うっすらと汗が滲んでいるのがわかった。
 そして、彼女の口からゆっくりと息が吐き出されるのがわかると、俺は身体を離して仰向けになった。気がついてみると、ランニングをした位の汗が、身体中から流れ出していた。
 タオルを取った亜矢が、俺の身体を拭ってくれる。そして、幾つかの言葉の後で、裸のまま傍らに座った彼女が頷きながら言った。
「やっぱり身体も恋しないと、ダメだよね。こんなこと、半年前なら絶対思わなかったけれど。」
 どこにも緩みのない白い裸身を見つめていた。まだ官能の余韻で紅潮している様に感じる。そして、半分は自分の身体のような近しさを思う。
「そうだな。俺も、亜矢とするまで知らなかった。好きな人とするのが、こんなに気持ちいいってこと。」
「ありがと、武史君。」
 微笑んだ亜矢の瞳は静かに輝いていた。そうだ、ただ感じるのとは違う、愛おしい想い。そして、もっと愛していけると思う、確信に近い感覚。
 こんな満足を俺が味わえるのだろうか。俺でいいのだろうか。相反するような不安が一瞬背中を過った時、ガタンと玄関で音がした。そして、ガチャンと鍵の開く音に続いて、人の入ってくる気配がした。
 まだ時刻は夕方の6時だった。母が帰ってくるような時間じゃない。
「亜矢、ちょっとここで待ってろ。」
 手早くTシャツとスウェットを身につけると、部屋から出た。
「あー。タケちゃん。」
 だらしなく玄関マットの上に腰を下ろした姿は見まがいようもなかった。ブラックにラメが散らされたソフトスーツ姿に、きつい化粧が目立つ顔は、何処から見ても夜の勤めをしている女性にしか見えない。
「おふくろ・・・。どうしたんだよ。」
「たまには寄ってもいいでしょー。自分の家なんだから。あ、酔ってんのはわたしかぁ。」
 明らかにかなりアルコールの入った様子だった。内側が赤く染められて軽くパーマのかかったセミロングの髪も、かなり乱れた状態になっている。
「店に行かないのか?こんな時間からそんなに飲んでさ。」
 俺とは似ていない大きな目が、どんよりとして玄関のあたりをさまよっている。
「今日は、臨時休業。よいしょ、っと。」
 手を突いて立とうとしたが、高いヒールでバランスを取れずに尻もちをついた。スリットの入ったスカートから、レースのストッキングの太ももがだらしなく剥き出しになって、ドアの方にしなだれかかった状態で座り込んでしまう。
「あれぇ?」
 玄関に置かれた亜矢のスニーカーをぼんやりと見ると、突然悪戯っぽく俺の方を見た。その視線のあからさまな感じだけで、怒りにも近い嫌悪感が湧いて、押さえられなくなりそうになった。
「もう、やることやってるじゃん、この息子は。」
「ほら、いい加減にしろよ。」
 亜矢にこんな母親の姿は見られたくなかった。玄関に下りて肩を貸すと、なんとか腰を立たせて廊下からリビングへと連れて行こうとした。
「武史君・・・。」
 俺の部屋の前を通り過ぎた時、少し開いたドアの間から、亜矢が顔を出していた。どうしてだよ、部屋で待ってろって言ったろう。
 母は亜矢に気付くと、幾分か背筋に力が入った感じになって立ち止まった。
「こんにちは、馬鹿息子の彼女さん。よろしくね。」
「ど、どうも・・・。」
 亜矢が戸惑った様子で母を見つめた。そうだろう、亜矢の知っている母は、どちらかと言えばおとなしい感じの専業主婦だったはずだ。
「あれ・・?」
 リビングに入りかけた時、何かが引っ掛かったように母の足が止まった。だろうな、いくら酔っていても、思い出すと思っていた。
 俺の手を振り払うと、2、3歩戻って亜矢の前に立った。
「あらら、もしかして、亜矢ちゃんじゃない。」
「は、はい・・・。おばさん、ですよね。」
 どう振る舞っていいかわからない感じで、水色のプリントシャツを着た亜矢は立ち尽くしていた。
「そうよ、わかんなかったでしょ。おばさんねぇ、生まれ変わっちゃたんだよ。いいでしょ?」
「ほら、おふくろ。」
 後ろから声をかけると、うるさそうに振り向いた目が据わっていた。
「何。誰もとって食ったりしないわよ。まったく、誰に似たのか堅物なんだから。」
「いいから。仕事がないなら、おとなしく寝ろよ。」
「はいはい。まったく、親に指図するんじゃないわよ。」
 振り返ると、ぐらっとして壁にぶつかりそうになった。慌てて手を出そうとする亜矢。
「だいじょーぶ、亜矢ちゃん。馬鹿息子をよろしくねぇ。」
 ふらつきながら、リビングの方へ消えて行く母の姿を後ろに、亜矢の方に身体を寄せた。
「ごめん。今日は、帰ってくれる?」
「う、うん。」
 目を伏せて、所在なく頷く亜矢の姿が、胸に苦しかった。最悪の場面に彼女を同居させてしまった気がしていた。
「タケちゃーん、水ちょうだい。」
 大声がリビングの方から響いてくる。
「ゴメン。」
 もう一度言うと、リビングに取って返した。水を汲む間に、バタンと玄関のドアが閉まる音。
 さっきまでの時間との落差に、悲しいほどの孤独感が背中を押して、歯を喰いしばった。
 それでも、その後しばらく、酔ってろれつの回らない母の繰り言に相ずちをうち続けるしかなかった。

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