第7章 深まる愛  -December-

 深夜11時。
複次方程式の解を導きだそうと、俺は必死に頭を働かせていた。中学の時、とうに投げ出してしまったはずの「勉強」という奴。
 部屋の机がその目的のために使われたことは、今までほとんどなかった。
 ・・・何のためにこんなことをしているんだ。
 意味のない問いかけが浮かんできて、気持ちをかき乱す。
 英語の文法や、古文の解釈、物理の公式。
 複雑怪奇な論理だけの代物を扱う時、心の中から「もうやめてしまえ。」と囁く声が聞こえてくる。
 それでも俺は、歯を喰いしばっていた。
 どんなことがあっても、この山を乗り越えてみせる。
 大学受験を決意したのは、11月、亜矢と共に過ごした夜の次の朝だった。目を覚まして、窓の外で輝きを増す陽の光を見た時、何かを為していきたいという強い力が湧きあがるのを感じていた。そして、これからの道行きを考えた時、自分が最も活きる場所はあの世界の他には考えられなかった。
 以前から、自分がプレーするだけでなく、もっと広い範囲に興味を広げていきたいと思っていた。コーチングや、トレーニングの理論、野球というチームスポーツの持つ特質と教育効果、そして歴史。
 リトルの頃から納得いかなかった練習や、コーチ、監督の態度。朧げだった問題点が少しずつわかってくると、もっと多くのことを知るために、もう一つ上に進むことが自然の流れに思えた。
「おまえ、本気か? 」
 受験することを、しかも都内の国公立を狙うことを告げた時、矢島は見慣れた太い眉を歪めて、オールバックの頭を掻いた。
「まったく、勝手な奴だな。おまえは。」
 頭を下げた俺に、堅物だとずっと思っていた2年の時からの担任は、予想外の一言を投げた。
「・・・山藤に手伝ってもらえ。二人で励ましあえば、結果も変わってくるかもしれん。」
 そして、握った拳で俺の肩口を軽く叩いた。
「そのでっかい身体で、ちっとはいい所を見せろよ。山藤に愛想つかされんようにな。」
 俺は考えていた。
 足を踏み出せば、世界は自分を待っていてくれるのかもしれない。何も疑いを持たなかったあの頃のように。
 そして、亜矢は笑って頷いてくれた。
「絶対、やれるよ。武史君の根性は、わたしが一番よく知ってるもの。それに、最高のコーチもいるでしょ。」
 そうだ、絶対にやれる。
 光源氏が何を考えているか、どうやってアポロが周回軌道に乗るかなんて関係なかった。今、頭に入ればいいのは、飛んできた問題を、どうホームに返すかだけだ。
 時計の針は、いつの間にか1時を回っていた。
 ・・・少し、休もう。
 誰もいない台所でケトルをガスにかけた時、ガラステーブルの上で電話が鳴った。
『あ、武史君。起きてた?』
「ああ。今、ひと休みしてるところ。」
 張りのある声が受話器から響いてきた。
『まだ、がんばるんでしょ。目覚しのカフェインがわりの亜矢ボイスだよ。』
「ありがと。亜矢こそ、がんばってるじゃん。」
 ソファに腰を下ろすと、暗い窓の外を見た。
『やる気、でちゃって。なんか、すっきりしたみたいだし・・・、あ。』
 余分なことを言った、という感じで声がくぐもる。
「すっきり?」
 俺は、大声で笑った。今日の放課後のことを思い出す。確かに、学校でHってのは、俺も暴走気味と言えばそうだったけれど。
「まったく、いつからそんなエッチになったわけ。」
『そ、そんなんじゃないよ。気分が抜けたって言うのか、ほら、ちゃんと会えなかったじゃない、ずっと。だから、身体じゃなくて、気持ちが・・・。だいたい、ひとりHだけじゃ寂しいんだも・・・、あ・・・』
「ひとりH?」
 俺はもう一度大声で笑った。受話器の向こうの声が暫く途絶える。
『そんな大声で笑わなくたって・・・。』
「ごめんごめん。あんまり正直に言われるとさ、びっくりするっていうのか、なんていうのか。」
『ひどいなあ。武史君だって、その・・・、あるでしょ。・・するとき。』
「俺は、亜矢とする時まで我慢一筋。」
『ホント?美佳が言ってたけどなあ、3日我慢できる男は少ないよ、って。』
「・・・まったく、あの耳年増は。ま、かなり当たってるけど。」
『ほら、じゃあ同罪じゃない。』
「でも、亜矢の事を考えてしてる。もし、どうしてもの時はね。」
 嘘じゃなかった。亜矢との間が深くなるほど、どうしようもない生理現象を収めるための行為の時でも、自然に彼女の姿が思い浮かんでくる。この頃はビデオやグラビアを見ても、違和感の方が強くて、そんな気にはならなかった。
『そんなの、当たり前だよ。わたしがする時は、いっつも武史君のこと・・・。あ、って事は、やっぱり男の子って、彼女がいても、変なビデオとか見てしちゃう時、あるんだ。』
「だから、俺はしてないって。」
『・・・うーん。でも、やっぱり嫌だなあ、武史君がそういうの見てしてたら。』
 真剣に悩んでるぞ・・・。
 こういう時の亜矢は、目の前にいなくても様子が想像できて、可愛くて仕方がない。
『わたしのスナップとかあげちゃおうかなぁ。ちょっとセクシーな奴。』
「あ、それいいかも。」
 受話器の向こうからクスクス笑う声が響いた。
『でも、今日は大丈夫でしょ。いつか、その内、ね。』
「思いっきりセクシーな奴ね。」
『はいはい。』
 今、亜矢が隣にいたら、絶対に抱き締めている。身体全体が熱くなるくらい愛しかった。でも今は、その想いを力に変えて、挑まなければ。
「・・・ありがとう、亜矢。」
 しばらく間があった後、落ち着いたトーンに変わった声が耳元に響く。
『ううん。がんばって、武史。愛してるよ。』
「俺も、愛してる。亜矢。」
 通話が切れた。
 受話器を置くと、もう一度窓の外を見た。明日は土曜だ。亜矢に内緒で続けてきたもう一つの課題も、あと僅かで終わる。
 ・・・とりあえず、3時までがんばろう。
 俺は、もう一度机に向かった。


 次の日曜日―受験生の忙しい時間を削って、亜矢がずっと取り組んできた「夢」が叶う日が巡ってきた。
 そして、俺も、今日を特別な日にするつもりだった。
 この後は、クリスマスの前後も模試の日程が組まれ、来年になれば、もう本番へのカウントダウンが始まる。二人で会える時間は、今より一層少なくなるのは間違いなかった。
 コンサートの開かれる市の文化会館に向かう前、このところ週末の夜だけ手伝いを続けてきたミラノ・ハウスで、バイト代を受け取った。
「決めろよ。」
 マスターの言葉を背に、手渡された茶封筒を持ってそのままアクセサリーショップへ向かう。どれも高いものばかりの指輪の中から、目星をつけていたシンプルな銀のリングを選んだ。
 本来は翌日以降、というメッセージの彫り込みを無理矢理頼み込むと、ホールへ向かった。
 ぎりぎりで駆け込んだ大ホールは、既に薄暗くなり始めていた。大きなえんじ色の幕の上がったステージには、たくさんの椅子と、楽譜台が並んでいる。
 静かに前を見つめる観客の頭を見下ろしながら、中央の後ろ寄りにある自分の席を見つけ出した。
 程なく、オーケストラが入場し、ホールはさざ波のような拍手に包まれた。
『わたし達の入場は、第2楽章が終わった後だから。』
 亜矢の言葉を思い出して、姿を探すのを止める。正直、クラッシックはまったくの守備範囲外だった。だいたい、音楽自体、あまり興味がないのだから。
 指揮者がタクトを振り上げ、弦楽器が音を響かせ始める。ほとんど、意味のわからない音の羅列。演奏が始まってしばらくの間は、どうにか目を開けていようと思ったが不可能だった。目の前に幕が下り、時間は停止していた。
 どれくらい時間が経ったのだろう。
 突然、雷のような楽器音の咆哮と、それに引き続く男性の独唱で瞼の中に光が戻ってきた。目を開けると、光に包まれたステージの後ろには、既に合唱団も立ち並んでいる。
 ・・・亜矢は。
 慌てて探すと、白いドレスの女声部の右端に、背の高い姿がすぐに見て取れた。普段のポニーテールを下ろして、肩の当り、白いリボンで束ねた姿。
 大きな瞳が一心に指揮者を見つめている。輝くような美しい姿が、自分のかけがえのない人であることが誇らしかった。
 やがて、聞いたことのあるメロディが耳に入り、身体を前方に傾けた亜矢の口も、大きく開かれる。
 演奏のテンポが上がり、独唱、合唱と複雑に絡み合う。そして、不意に女性コーラスだけの神々しいばかりの響きが全てを支配し、美しいメロディが胸を突いた。
 クラッシックというジャンルの音楽で、こんな気分になるのは初めてだった。いや、音楽が耳より奥に届くことがある、と知った初めての瞬間だった。
 そして、オーケストラの演奏と、コーラスが渾然一体となって大波を作り上げた瞬間、曲は終わりを迎えていた。
 湧きあがった大きな拍手の音を聞きながら、亜矢が音楽を、歌を好きな意味が片端わかった気がして、胸が熱くなった。また一つ、彼女と分け合えるものが増えていく。
 何度かカーテンコールが続く間、ステージの上の亜矢が、こちらに視線をやるのがわかった。小さく親指を立てて見つめ返すと、この場所からでもはっきりわかるほど、満面の笑みで頷く姿に、喜びを共有できた嬉しさに胸が踊った。
 そして幕が下り、俺は慌てて文化会館を飛び出した。
 昨日亜矢から、帰路につくのはコンサート終了1時間後くらいだと聞いていた。
 ここから繁華街まで約15分。走れば充分間に合う時間だ。手に持ったハーフコートを羽織ると、俺は全力疾走で街へ向かった。


 一人で帰ろうとしていた亜矢に、なんとか追いついたのは、公園の大噴水の前だった。  辺りはすっかり夕闇を越え、星の光が瞬き始めていた。
「どうしたの、わたし、ずっとロビーにいたのに。」
 ベージュのダッフルコートに、白いマフラーを巻いた亜矢は、少し戸惑い混じりの大きな瞳で俺の顔を覗き込んでいた。
 コートのポケットに手を入れて、指輪の入った箱の感触を確かめる。これを亜矢に渡す場所は、あそこの他に考えられなかった。
 理由も説明せずに、細い手を握ると、公園の西端を目指した。
 暗くなった冬の空気の中に、吐く息が白く浮かび上がる。ぼんやりとした光を送ってきているのは、スポーツエリアにあるサッカー場の照明灯だった。
 そして、その手前に聳える、市営球場。
 こんなに近くまで来るのは、本当に久しぶりだった。
 通り慣れた裏口から、ブルペンを通ってグラウンドに足を踏み入れる。
 淡い光の中に、芝生と真っ黒な土が浮かび上がっていた。
 あの時の声が、記憶の中から響いてくる。
 (・・・冗談じゃない、ここで押さえてこそ、誰もが喜ぶんだ。)
 サインは、アウトサイドへのカーブ。臭い所をついて、あわよくば内野ゴロ、フォアボールでも5番勝負でよし、の配球だ。
 2アウト、2、3塁。スコアは3対2。1打逆転のこの場面で、バッターボックスには初回に2ランホーマーを食った付属中の4番。
(逃げはなしだ。絶対、俺の直球が勝つ。)
 腕が折れてもいい。この一球で全てが決まる。
 歓声とどよめき、ミットを持つ林の驚いた顔。
 そして、奴のバットは空を切った。
 南中の県優勝の瞬間、駆け寄って来る林より、集まって来る仲間より、最初に目に入ったのは、バックネット裏で躍り上がった赤いトレーニングウェア姿の少女だった。
 そうか、俺もあの時から・・・。
 黒い土が大きく盛られたマウンドの上に立った時、初めて思い出した。
「・・・亜矢は、ずっと俺みたいな奴のこと、好きでいてくれたんだよな。まるで気付かなっかったんだから、まったく大馬鹿だ。」
 手を握ったまま、亜矢は俺の横で静かに立っていた。
「でも、最後は見つけてくれたでしょ。わたしのこと。」
「亜矢が俺を好きでいてくれる、それがわかった時、いろいろ考えたんだ。俺は亜矢の気持ちに適ってるのか、俺の気持ちはなんなんだろう、って。」
 見下ろしていたホームベースから目を離し、亜矢の目を見つめた。
「でももう、そんなことはどうでもいいんだ。今の気持ちは本当だ。それを大事にすればいい。」
「・・・そうだよ。」
「俺は直球勝負だから、どっかで踏み外すかもしれない。そしたら・・・」
 亜矢の口元に微笑みが浮かぶ。
「タイム!でしょ。絶対、マウンドに来るから。」
 通じ合う想い。誰よりも輝いているその瞳。
「・・・キスして。」
 首に回された手を、引き上げるように唇を近づけた。
 ポケットの中の箱を確かめる。
 ・・・これは、決して亜矢をしばるためのものじゃない。
「これ、開けてみて。」
 ブルーの小箱を、亜矢の手の上に乗せる。
 指が、少し震えているのが見えた。そして、静かに開けられた箱の中で、淡く銀色に輝くリング。
「箱だけ立派で、安物なんだけど。今はこれが精一杯だから。」
 亜矢は顔を伏せたままだった。ポニーテールに結んだ旋毛だけが見えて、表情は伺えない。
 でも、どうしても言わなければいけない一言があった。俺は、今の亜矢が好きだ。他の誰にもなって欲しくはない。
「・・・さっきも言ったけど、俺は今を信じていきたい。だからもし、俺の力が足りなくて、亜矢が行く道が他に見えたら、いつでも・・・」
 君は君の道を行って欲しい。俺は、君と歩ける人間でいられるようにがんばり続けるから。
 先の台詞を言う事はできなかった。亜矢の手が唇をぎゅっと押さえ、そして見上げた目が、それ以上言う事を押し止めたから。
「・・・嵌めてくれる?」
 うっすらと紅潮した左手が、細い薬指を突き出すようにして目の前に差し出された。
 その場所にリングを通す意味は、いくら俺にでもわかっていた。でも、少しも躊躇はない。
 リングの中には、「To Aya with Eternal Love from Takeshi」の文字が彫られていたから。
 俺達はもう一度唇を合わせた。首に回された亜矢の手が強く俺の身体を引き寄せ、腰に回された俺の手にも、力がこもる。
 そして、夜が始まった。
 辿り着いた俺の部屋、本当に久しぶりにベッドの上で身体を合わせた。
 亜矢の身体は既に二度、頂きを越え、俺も堪えきれずに精を放ったばかりだった。
 大きなうねりが身体から引いて行くのを感じながら身体を離そうとした時、亜矢の手が、俺の腰を押さえた。
「・・・そのままでいて。」
 横臥して後ろから交わる形のまま、腰の動きを止めた。解けた髪に顔を埋めると、脇の下から両手を回して柔らかく抱き締めた。
 まだ固さの残る俺に、亜矢の温かさがじんわりと包み込んで来る。
 うなじの後れ毛に、うっすらと汗が滲んでいた。
 さっきまでの激しい動きを物語るように、白い肌も紅潮して、熱を帯びていた。
「武史君の、ドキドキしてる。」
 回した俺の腕に手を添えると、亜矢は呟いた。
「亜矢の中も、暖かいよ。」
「いっぱい、感じちゃった・・・。」
「気持ち良かった?」
「うん。」
 少し照れたような調子で言う。その瞬間、包み込まれていた緩やかな感触が、少しキュッと締め付けるような感じで動いた。
「・・・あ。」
「へへ、わかった?」
 そしてもう一度、それほど強くない蠢き。
「ちょっと、お尻に力を入れる感じにすると、いいみたい。」
「亜矢のエッチ。」
「・・・嫌だった?」
 俺は首を振った。互いが感じ合えるなら、どんなに淫らになったっていい。
 身体に回していた手を、合わさった身体の間に差し込むと、形のいいお尻を撫でるようにする。そして、双丘の間の奥まった場所に潜り込ませると、軽くつぼみの周辺に触れた。
「ここに、力入れるの?」
 小さなため息が漏れると、少し戸惑ったように言う。
「・・・そんなとこ、触っちゃだめ。」
 指を谷間に沿って前へ滑らすと、身体の合わさった場所から、新たな滑りが生まれ始めているのがわかった。
「でも、この間学校でした時、ちょっといい感じみたいだったけどなあ。」
 言って、少し滑りのよくなった中指で、一番奥深い場所の周辺をゆっくりと撫でた。
「・・・もう。意地悪。」
 首だけを回して見上げた潤み始めた瞳に、腰の奥で再び蘇るものがあった。
「ごめんごめん。・・・でも、亜矢、またいい感じみたい。」
 お尻から手を離すと、横向きでもドーム状の形を保った乳房に、柔らかく手を添えた。手の平で乳首を押すと、少し固さを増して押し返して来るのがわかった。
「なんか、身体が勝手に動いちゃってるみたい・・・。今度は、武史君も一緒にイッて。」
「ああ。」
 手を身体に沿って下げると、腰骨をなぞるように足の合わせ目へと忍び込ませて行く。草むらの端に触れると、少し足を開きぎみにする亜矢。もう一方の手を膝にかけて更に開かせると、二本の指でなぞるように尖り出した根元に触れた。
 後ろから、耳元に唇を這わせる。そして、二人の繋がった部分へ指を伸ばすと、零れ落ちた潤いを掬い取って、再び真珠の頂点へと指を滑らす。
 亜矢のクリトリス、すごく大きくなってる。
 目が合うと、荒い息を吐き続けている亜矢の瞳は、焦点を散らして、官能の波が打ち寄せ始めたことを告げていた。
 腰を少し打ちつける。そして、二本の指の間で、自己主張をする敏感な場所を、優しくつまむようにしながら、少しだけ擦るようにした。
「・・・やだ、そんなにされたら・・・。」
 ちいさな声が漏れた。それでも俺は、その動きを繰り返す。開いた足の間に、後ろから細かく突き入れ、そして、敏感な場所を指先で刺激し続け・・・。
 愛撫に身を任せていた亜矢が、腰を押し付けるように身体を起こす。そして、俺が下になると、お尻をこちらに向けて亜矢が跨る形になった。
 すっかり勢いを取り戻した剛直が、前に捻じ曲げられるようで、少し痛かった。
 それでも、俺の太腿に手を突いた亜矢が、腰を動かし出すと、痛みを伴った刺激が次第に快美感へと変化し、腰が自然に動き出す。
「あ、あ、あ・・。」
 小さな声を漏らす亜矢の背中へ身体を起こすと、胸と太腿に手を添えて、腰を突き上げた。  一度過ぎ去ったはずの波が、再び身体の奥からはっきりと湧き上がる。
「い、イイ、感じ・・。」
 髪を乱しながら、顎を反らして目を閉じる亜矢の表情が更に奥底を揺さぶる。そのまま仰向けに引き倒すと、俺が下になって突き上げる。
「や、やだ。」
 亜矢の方からは、ほとんど動くことができない体位。仰向けになって重なったまま、両方の手を乳房の上に添えて、少し腰を浮かすようにして更に突き上げる。
 せり上がった亜矢の身体から、頭が肩口に落ちた。苦しい形のままで舌を絡めあった瞬間、小さな締め付けが極限に迫った肉棒を包み込んだ。
「・・・亜矢・・。」
 一気に追いつめられて、達しそうになる。でも、亜矢がまだだった。
 俺の状態を感じ取ると、彼女は荒い息の間で言う。
その言葉が、さらに頭の中の官能を揺さぶった。
「触って、クリちゃんに。そしたら、わたしも・・・。一緒にイコ。一緒に・・・。」
 右手を下ろして濡れそぼった中に浮かぶ突起に指を伸ばす。反り上がった下腹部で、はちきれそうに充血したそこに、素早い動きで刺激を送った。
 そして、最大の勢いで突き上げる。もう、制御することは不可能だった。
「あ、あああああ・・・・。」
「亜矢!」
 ううううう、と掠れた声が耳元で響いた時、俺は精を放出していた。亜矢の中が、幾度か痙攣するように締め付け、少し間があった後、もう一度ゆっくりと包み込むように動いた。
 そして、しばらくの間、息を吐く音だけが薄暗い部屋の中に残り続ける。
 俺は、足の間の手を離すと、亜矢の身体を静かに抱き締めた。
 亜矢が大きな息を一つ吐くと、小さな声で言った。
「・・・3回も感じちゃった。ちょっと、ヘンタイかも。」
「いいんじゃない?Hって、変態の頭文字だろ。」
「若いんだもんね、わたしも、武史君も。」
 言い訳する感じでもなく、身体を離した亜矢が、胸の上に身体を預ける。
 俺は亜矢の頭を抱くと、汗で濡れた髪に指を絡め、優しくキスをした。


 模試の結果が発表になったのは、次の週だった。
 担任の矢島から薄っぺらな結果通知の用紙を受け取ると、自分の席に戻ってのぞき込んだ。いつも通りの『E』を見るのは気が重いが、実力である以上はしょうがない。
 国語、偏差値49。世界史、偏差値51・・・。あれ?
 偏差値がいつもより高い気がした。
 緑色の線が入った表の下に目を落とす。東京大学、E。東京外語大学、E。冗談で書いた志望校が並んだ一番下。
 ・・・・C?
 印刷ミスかと思った。しかし、志望者数5000人中787位。間違いない。以前より、ずっと上に上がっている。
 反射的に後ろを振り向くと、離れた席に座る亜矢を見た。そして、小さくガッツポーズを作る。
 亜矢の大きな目が、一段と見開かれると、口の形が、『D?』と問い掛ける。首を振って、大きく手で『C』の文字を作ると、机の上で小さく拍手する亜矢。
「・・・いちゃつくな!」
 斜め横の寛史が、丸めたノートで頭を叩いたが、まったく気にならなかった。
 これなら、なんとかなるかもしれない。
 亜矢と共に歩く、緑の木に覆われたキャンパスの眺めが不意に脳裏に浮かんだ。
 あと2ヶ月ちょっと。何度も吐いたあの練習の苦しさを思えば、絶対に乗り越えられる。
 そして、春は、亜矢と一緒に・・・。
 未来は、限りなく輝いているように思えた。

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